205神の器として疎まれながらも国を詰ませる令嬢。嘲笑の供物であり生贄令嬢は国が燃えるのを待っている
「……というわけだ。神和の血筋でありながら、霊力の一つも見せぬ役立たずの蘭華よ。貴様との婚約を白紙とし、真の聖女である妹の翠を正妃に迎える!」
龍華国の後宮、観月の宴。皇太子の蒼蓮は、満座の臣下を前に許嫁である蘭華を指差した。蘭華の妹翠は「お姉様、ごめんなさい……」と殊勝に俯いているが口元は勝利の悦びに歪んでいる。
国の守り手として期待された蘭華だったが、最近の彼女は修行もせず締まりのない笑みを浮かべて後宮を徘徊するばかり。誰もが彼女を壊れた器だと蔑んでいた。
「皇太子殿下、わざわざ宴の席でありがとうございます。準備大変でしたでしょう?」
蘭華は拍手さえしながら、いつものように力なく笑う不気味なほど楽しげな様子に蒼蓮は不快感を露わにした。
「……何がおかしい。貴様は今日この時を以て、北の果ての捨てられた離宮へ追放だ。二度と卑しい顔を見せるな」
「ええ、喜んで。でも、一つだけ確認していいですか〜?私を白紙にするということは、私と国の間に結ばれていた契約もすべて白紙にする、ということで間違いないですよねぇ?」
「契約?貴様のような無能と国が何を契約するというのだ」
「あら〜、ご存知なかったんですか?笑っていないと……お腹の中の龍が国を全部食べちゃうんですよ。うふふ!」
蘭華が言った瞬間、空を覆っていた雲が渦を巻き大地が不気味に震え始めた。
「なっ、この地響きは!翠、早く鎮めの祈りを……!」
「い、嫌っ!何か……地下から恐ろしいモノが這い上がってくる……!」
聖女ともてはやされた妹が腰を抜かす中、蘭華は軽やかな足取りで蒼蓮に近づいた。
「十六年、私が笑って過ごすことで国に溜まった汚れを私の体で中和してあげていたのに。……自由にしてくれて、本当に感謝します。あはは!これでやっとお腹が空きましたよぉ」
蘭華の瞳が人のそれではない黄金の縦長へと変化する。笑いながら去っていく背後で王都の中心にそびえる龍神の石像が、音を立てて崩壊していった。
追放されたはずの蘭華は北の禁域と呼ばれる敵国の廃墟にいた。周囲には黒い霧のような影がうごめき、国を脅かした魔物たちが飼い犬のように平伏している。
「……お嬢様、我が主。王都はすでに火の海。蒼蓮皇太子は妹君を身代わりに差し出そうとして民衆に引きずり下ろされたとのことです」
「あらあらまぁまぁ。ひどい話。ねえ、もっと笑える報告はないの〜?たとえば代わりに聖女になったあの子が魔物の餌になったお話とかぁあ」
蘭華は相変わらず笑いながら、手元の古い地図を塗りつぶしていく。次に食べるのは捨てたあの国かそれとも世界そのものか。
「さて、お腹が膨れるまで……たっぷり遊んであげましょう。うふふ。あはっ」
彼女の笑い声に呼応するように、空からは赤い雪が降り始めた。




