203天命の気象予報。龍の加護が自分を選んだと盲信しているらしいが科学と数字で割り出したので魔法でもなんでもないので追い出したら当てることはできなくなると思うのですがね
極彩色の後宮。最上位の側室の麗華妃は跪く下っ端の女官である鳳に対し、扇子を突きつけて高笑いした。
「鳳、お前を即刻極寒の北領へ追放する。奏上する農耕計画は情緒がなく、祈祷による雨乞いを侮辱するもの。陛下も舞で雨が降ると信じておいでよ」
「承知いたしました。儀礼典範に基づき、管理している霊山観測所の記録と天候予測の数理をすべて破棄いたします」
「また数字遊び!?天の龍がついておられるからいらないのよ!」
頭を下げ、冷ややかな視線を床に落とした。怒りを感じる時間は湿度の計算を狂わせる。後宮という名の巨大な温室が、今日この瞬間をもって制御不能な暴走に陥ったことを分析官として確認した。
麗華妃は知らない。雨乞いの舞を舞った後に雨が降っていたのは徳ではなく雲の動きと気圧の変化を数日前から計算し、舞の予定日を雨天の確率が最も高い日へ誘導していたからだということを。
「妃殿下。貴方が天命と呼んだ慈雨は近隣の山々で行った銀焼成による人工降雨の副産物。追放の前に一言だけ。あと三日でこの地には十年に一度の大干ばつを告げる乾燥した下降気流が到達します」
「デタラメを!祈れば空は龍の涙で満たされるわ!」
「いいえ。湿度は既パーセントを切っています。貴方が舞えば舞うほど乾燥した空気が摩擦で帯電し、雨ではなく落雷を招く確率が上昇します」
三日後。麗華妃が民の前で派手な雨乞いの舞を開始した瞬間、空には雲一つないにも関わらず轟音と共に落雷が彼女の豪華な天蓋を焼き払った。
民はこれを龍の怒りと呼び、偽りの権威は一瞬で灰になった。荷物をまとめてから、城門の外で待機していた一人の青年に歩み寄る。
後宮の警備兵だが、実は禁じられた西洋の科学技術に精通し、観測機器を提供してくれていた協力者レーレン。
「……お疲れ様鳳。完璧な落雷誘導だったね」
「ええ。計算外に衣装がよく燃えてくれました。レーレン、新しく設立する私設気象観測局の運営担当として、貴方を正式に迎えたいのですが。予算は中華帝国の国庫を一年で追い越す計画です」
レーレンは楽しそうに微笑み、重い天球儀を何よりも大切なもののように受け取った。
「君が導き出す確かな未来のためなら地果てまで計算機を運ぶよ」
「……受理します。では行きましょう。……空の機嫌も読めない者たちに教えることはありません」
背後では焼けた宮殿の中で「龍よ、なぜだ!」と叫ぶ麗華妃の声が響いているがそれはもう、気流に流されて消える不快なノイズに過ぎない。
後宮を去り、隣国の交易都市に拠点を構えてから一年。私とレーレンが設立した天候情報商会ウェザーは、今や大陸全土の相場を支配していた。
どの時期に種を撒き、どの航路に嵐が来るかを売る正確な未来は、皇帝が持っていたどんな権力よりも巨大な富をにもたらしていた。
「鳳、今日の風読みの結果をギルドに送信し終えたよ。入口にまた予測可能な不純物が迷い込んでいるけれど」
レーレンがお気に入りの観測用望遠鏡を調整しながら、苦笑いを浮かべたそこには栄華の欠片も残っていない麗華の姿があった。
焦げた衣装は襤褸となり、自慢だった黒髪はバサバサに乾いている。彼女は門番の足元で「鳳様、どうか教えて!村にいつ雨が降るのか!このままでは飢え死にしてしまう!」と地面を叩いて泣き叫んでいる。
「……不純物、ですね。レーレン、現在の情報受取資格を再度確認してください」
手元の算盤を弾く手を止めず、冷徹にモニターの魔導投影機を指差した。
「クレジットは零。麗華様。貴方が計算を情緒がないと切り捨てた時、自分自身の未来を捨てたのです。情報の対価を支払えない者に一滴の雨の予報も与えるものは存在しません」
通信用の拡声管を使い、門の外へ事務的な声を届けた。
「故郷に雨が降る確率、貴方がこのまま餓死する確率は統計上既に確定しています。知りたいのであれば、一秒一金貨のレートで相談料を申し受けますが支払えます?」
「鳳……っ、お願い、昔の情けを!は同じ後宮で——」
「情け。生存に必要なものを共有する際の投資判断の一種です。未来のない貴方に貴重な情けを割くことは、経済的な損失でしかありません。……警備員排除を。風向きが変わり、絶望の匂いがこちらへ流れてきます」
突風が吹き荒れ、麗華は自分の叫び声と共に砂塵の彼方へと押し流され信じていた天の加護は、ついに一度も彼女を助けることはなかった。
「……終わったよ鳳。今日はもう閉店。屋上で最高の観測日和が待っている」
レーレンが肩を抱き寄せ、冷え始めた指を包み込んだ。体温だけは、どんな気象学的計算を持ってしても予測しきれない、心地よい揺らぎ(ゆらぎ)を与える。
「今夜は西から流れてくる女神の気流を二人で独占する契約……有効?」
「もちろん。予測する未来がどんなものでも、僕だけは君の隣で誰よりも温かな今を作ってみせる」
「レーレン特約事項として天体観測の途中で眠ってしまったら、貴方の腕の中で朝を迎える権利を行使させていただきます」
「……最高に美味しい特約。喜んで履行させてもらうよ」
不確かな祈りに縋った者は乾いた大地と共に朽ち果て残ったのは、確かな観測に基づいた二人の楽園。流れる星を数えるように深く抱き合った。




