201【中編】子供だけ奪って捨てると?前世の記憶が戻ったのであなた達の家門ごと破滅させるために生かさず殺さず飼い殺させていただきます。夜会で公開処刑をしながらもおもちゃとしては脆い夫と愛人に嘲笑う
雲間から差し込む月光が、エリツィアの背中を神々しく、そして禍々しく照らし出す。
「お掃除の時間よ。腐りきった家を更地にするための」
残された三人は絶望に打ちひしがれて動くことすらできなかった。死ぬことすら許されない、生き地獄の始まり。
王都の社交シーズン幕開けを告げる王主催の夜会。シャンデリアが煌めき、楽団の優雅な調べが流れる会場にベネヘビウ侯爵一家が現れた。
「……いいこと?粗相のないようにね。犬のように利口になさい」
馬車を降りる直前、エリツィアは扇子で口元を隠しながら冷徹な声で囁いた。一言だけでベネヘビウとラシエラの肩がビクリと跳ねる。
「は、はい……」
「わかっておりますわ……」
今日のラシエラは侯爵家の遠縁の娘という設定で同伴していた。本来なら愛人が堂々と王主催の夜会に出るなど許されないが、ベネヘビウが無理を通して連れてきていたのだ。
ラシエラは胸元が大きく開いた派手な真紅のドレスを纏い、首には大粒の宝石が輝くネックレスを下げている。侯爵家の金庫から勝手に持ち出した一級品の魔石竜の涙のはず、だった。
会場に入ると貴族たちの視線が集まる。これまでは冴えないと嘲笑されていたエリツィアだが、今日の彼女は違う。
漆黒のベルベットのドレスに身を包み、装飾は最小限。内側から溢れ出る圧倒的な気品と魔女特有の妖艶なオーラが、周囲を惹きつけて離さない。
「ベネヘビウ様。あちらに公爵夫人がいらっしゃいますわ。挨拶に行きましょう」
エリツィアは優雅に夫のエスコートを促す。実際は腕を掴んで操っているのだが)。
ラシエラは悔しげに唇を噛んだ。今までは自分が主役だったのに、エリツィアの後ろを歩かされる屈辱。
(見てなさいよ。ネックレスを見れば誰が一番輝いているかわかるはずよ!)
ラシエラは承認欲求を抑えきれず、わざとらしく胸を張って令嬢たちの輪に割って入った。
「ごきげんよう皆様!今日の夜会は素敵ですわね」
「あら、ラシエラ様。……随分と立派なネックレスですこと」
一人の令嬢が目を留めた。ラシエラは待ってましたとばかりに鼻を鳴らす。
「お目が高いですわ!ベネヘビウ様が私のために用意してくださった伝説の宝石竜の涙ですのよ」
周囲がざわめく。竜の涙といえば国宝級の魔石だ。ラシエラは勝ち誇った顔でエリツィアを一瞥する。どうだ、羨ましいだろう、と言わんばかりに。
しかし、エリツィアは困ったように眉を下げ、ふふっと小さく笑った。世間知らずの子供を見るような、慈悲深くも残酷な笑みだ。
「ラシエラさんは冗談がお上手ですこと」
「は……?何がおかしいのですか、エリツィア様」
「だってそれガラス玉でしょう?」
エリツィアの声は大きくはなかったが、静まり返ったその場にはよく響いた。
「なっ……!?失礼な!これは本物ですわ!ねぇ、ベネヘビウ様!?」
ラシエラが助けを求めるがベネヘビウは真っ青な顔で視線を逸らす。彼は知っていたのだ。本物は借金のカタに売り払ってしまい、金庫には精巧な偽物のレプリカを入れて誤魔化していたことを。
そして今、エリツィアの魔術による強制的な沈黙で弁解すらできない。エリツィアは扇子を閉じ、ラシエラの首元に指を近づけた。
「鑑定」
彼女が短く唱えるとネックレスがボゥッと赤く光り、空中に鑑定結果の文字が浮かび上がった。
品名:模造品の首飾り(素材:着色ガラス)
製作者:下町の露店商
推定価格:銅貨3枚
「ぷっ……」
誰かが吹き出したのを皮切りに会場中から失笑が漏れ始めた。
「銅貨3枚ですって?」
「ガラス玉を竜の涙だなんて自慢して……?」
「やっぱり、素性の知れない女は見る目がないのね」
嘲笑のさざ波が襲う。顔が熱い。恥ずかしい。穴があったら入りたい。ラシエラの顔はドレスと同じくらい真っ赤に染まり、わなわなと震えだした。
「ち、違う……騙されたのよ!ベネヘビウ様が本物だと言って……!」
「おやめなさいラシエラさん」
エリツィアが冷ややかに遮る。
「模造品を身につけること自体は罪ではありません。けれど、本物と偽り、皆様を欺こうとするのは……侯爵家の縁者として品位に欠ける振る舞いですね」
正論のナイフが突き刺さる。エリツィアはさらに、トドメとばかりに微笑んだ。
「それに、あなたのドレス。先シーズンの売れ残り……流行遅れのデザインをリメイクしたものです。物を大切にする心は素晴らしいですが、王家主催の夜会には少々カジュアルすぎてよ」
「ひっ……ううぅ……うわぁあ!」
ラシエラは耐えきれず両手で顔を覆って走り去った。残されたベネヘビウには周囲から「愛人にガラス玉を与えて恥をかかせた甲斐性なし」「妻をないがしろにする愚か者」という冷ややかな視線が突き刺さるとエリツィアは優雅にシャンパングラスを手に取り、青ざめる夫の耳元で甘く囁いた。
「ふふ、素敵な夜ですわねあなた。次はあなたの番よ」
その時、騒ぎの一部始終を見ていた人物が群衆を割ってエリツィアに近づいてきた。身に纏う高貴な紫の衣と圧倒的な魔力の気配。
「……見事な鑑定眼だ。隠しきれない魔力の波動。君、普通の夫人ではないな」
声をかけてきたのは国王の弟であり、国一番の魔導師でもあるグラン・フエルラーン公爵。鋭い視線がエリツィアを射抜く。隣でエスコート役を強制されているベネヘビウは公爵のただならぬ気迫に顔面蒼白で震えている。
「どうだ?」
公爵は瞳を覗き込むように言った。彼の背後には、彼が放つ圧倒的な魔力が渦巻いているのが見える。エリツィアもまた、並々ならぬ魔力量と制御する技術に感心していた。
「お見通しのようですわね公爵様」
エリツィアは扇子を閉じ、優雅に頭を下げた。ベネヘビウは内心で絶叫していた。
(魔力だと?やはり、嘘をついていたのか!?いや、そんなはずは……)
「ふむ面白い。この国で私ほどの魔導師は数えるほどしかいない。夫人がそれほどの器だったとは」
公爵はニヤリと笑ったそれは、獲物を見つけた猛獣のような獰猛な笑みだ。
「……ベネヘビウ侯爵。貴殿はとんでもない女性を妻にしたものだな」
「は、はは……滅相もございません」
ベネヘビウは冷や汗を拭う。彼には公爵の言葉の真意が全く理解できていなかった。
「さて、エリツィア夫人」
公爵はベネヘビウを無視し、エリツィアへと向き直った。
「失礼を承知で問うが、君の今の身分に満足しているのかね?あの愚か者(夫)に虐げられ、愛人に虚仮にされるようなそんな人生に」
公爵の言葉は社交界の暗黙の了解を完全に無視したものだった。本来なら、他家の夫婦関係に口を出すなど言語道断。公爵はそんな常識などどうでもいいとばかりに、エリツィアを真っ直ぐに見つめる。
エリツィアは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに妖艶な笑みを浮かべた。
「ふふ?さあ、どうでしょう?今はまだ現状を楽しんでいるところですもの」
「楽しんでいる、か。良いな、悪辣なまでの強かさ」
公爵は満足げに頷くと周囲の視線も気にせず、エリツィアの手を取ってから甲に口づけを落とす。
「エリツィア夫人。君に求愛しよう」
その瞬間、会場の時間が止まったかのような錯覚に陥った。
侯爵夫人への求愛?しかも王弟公爵が、夫の目の前で!?
ベネヘビウは顔から血の気が引いていくのを感じた。
「な……ななな、何を仰せでございますか!公爵様!」
ベネヘビウは必死に声を絞り出すが、公爵は彼を一瞥すらしない。
「君の夫は、君という宝石の価値に気づいていない愚か者だ。私ならば君を国で一番大切にする。欲しいものは全て与えよう。望むなら王の座さえも……」
公爵の言葉は周囲の貴族たちの耳にもはっきりと届いていた。ざわめきが起こり、侯爵夫妻に突き刺さる視線は好奇と嘲笑に満ちたものに変わるとエリツィアは公爵の手をそっと引いた。
「光栄ですわ公爵様。しかし、まだこの侯爵夫人という立場をもう少し堪能したいと存じます」
「ふむ、そうか……残念だ」
公爵は惜しむように呟いたが表情を変え、エリツィアの耳元に囁いたが周囲には聞こえないよう、魔術で遮断されていた。
「だが、君が何か事を起こす時、いつでも力になろう。君の求めるものは何だ?復讐か?権力か?それとも、国をひっくり返すほどの混沌?」
挑戦的な視線を受け止め、悪戯っぽく微笑んだ。
「……そうですね。まずは、侯爵家が隠している汚物の掃除を手伝ってくださいますか?彼らが溜め込んでいる不正の証拠、裏帳簿、税の横領……隠し場所をご存知でしたらこっそりと教えていただけると助かります」
公爵は一瞬驚いたような顔をした後、楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「なるほど、それは良い!腐りきった侯爵家を掃除するとは、いかにもな企みだ……いいだろう。協力しよう。国王にも内緒で掃除に加担するとしよう」
公爵は愉快そうにウインクし、その場を去っていった。




