195 派手なご馳走を作る姉と地味な出汁や塩しか出せない妹。黄金のステーキと琥珀色のスープ。片や王城の壁はベタベタのキャラメルになり、噴水からはどろどろの練乳が溢れ出してく
キヌアーヌの魔法はとても地味だった。指先から出るのは、ほんの少しの塩や昆布の旨味。そんなキヌアーヌを見て、姉のシフォーヌはいつも鼻で笑っていた。
「魔法を見てごらんなさい。最高級のトリュフの香りと、黄金のソースよ」
シフォーヌが手を振ればパンが豪華なフォアグラの味に変わる。王様も貴族もシフォーヌを美食の聖女と呼び、もてはやした。
反対にキヌアーヌは貧乏くさい魔法だと馬鹿にされて、ついには国を追い出されてしまう。キヌアーヌがいなくなって半年。王宮では異変が起きていた。
毎日シフォーヌの黄金の味を食べ続けた王様や兵士たちが、みんな動けなくなってしまったのだ。
「うう……、もう脂っこいものは見たくない……」
「口の中が甘すぎて喉が焼けるようだ……」
シフォーヌの魔法は見た目と味を派手にするだけ。栄養もなければ、体を休める力もない。人は普通のご飯が食べたかったけれど国中の料理人はシフォーヌの魔法に頼り切りで、本当の料理の仕方を忘れてしまっていた。
その頃、キヌアーヌは遠く離れた北の村にいた。寒さが厳しく食べ物も少ない場所だ。村人たちが持ってきた硬い干し肉や、凍った野菜を鍋に入れた。
魔法をひと振りする。黄金の輝きはないけれどじんわりと心に染みる旨味と、体を芯から温める塩分。
「ああ……生き返るようだ……」
村人たちは涙を流してスープを飲んだ。魔法は素材の味を引き出し、体に活力を与える命の味付け。スープを作るたび、村人たちの顔には赤みが差し、凍土からは不思議と新しい芽が吹き出した。
ある日、ボロボロになった王宮の使いがキヌアーヌのもとを訪れた。後ろには魔法の力が暴走して、自分自身が砂糖菓子のようにベタベタになったシフォーヌが立っている。
「キヌアーヌ!お願いだ戻ってきてくれ。みんな君の普通の味を求めているんだ!」
「お姉様助けて……私、甘い匂いが鼻について、何も食べられないの……」
二人はキヌアーヌの前にひざまずいたけれど、静かに首を振った。
「私はもう、ここのみんなと生きていくって決めたの。お姉様の豪華な料理があれば私なんて必要ないでしょ」
作ったスープの香りがふわりと風に乗る。贅沢に慣れきった二人にとっては、どんな宝石よりも価値があるのに、決して手が届かない幸せの味。
キヌアーヌに断られた王宮の使いとシフォーヌはトボトボと自分たちの国へ帰っていった。待っていたのは地獄。
シフォーヌの魔法は彼女自身にも止められなくなっていた。王城の壁はベタベタのキャラメルになり、噴水からはどろどろの練乳が溢れ出している。
「甘い……甘いのは嫌だ……!」
王様は砂糖細工のように固まった玉座で泣いていた。シフォーヌの魔法で作られた食べ物は、見た目こそ豪華だけど食べれば食べるほど喉が渇き、体から力が抜けていく。
兵士たちは虫歯と肥満で動けず、国中の料理人は甘い香りに酔って倒れてしまった。そこへ追い打ちをかけるように隣国から借金の取り立てがやってくる。
豪華な食事で着飾っていた王宮には支払えるだけのお金も、戦えるだけの体力も残っていない。
「シフォーヌ!魔法で隣国の軍隊を黙らせろ!」
王様に命令されたシフォーヌは必死に手を振った。出てきたのは黄金のソースじゃなく、真っ黒に焦げ付いた砂糖の塊。
「ひっ、手が……手が動かない!」
シフォーヌの指先は、使いすぎた魔法の代償で、飴のようにカチカチに固まる。必死に媚を売っていた王子もシフォーヌのことを「ベタベタしてて、そばに寄るだけで吐き気がする」と罵り、真っ先に逃げ出した。
一方、キヌアーヌのいる雪国は信じられないほど豊かになっていた。作る出汁の魔法は、大地の精霊たちを元気にする力がある。
ひと振り魔法を使えば冷たい土の中から栄養たっぷりの野菜がニョキニョキと育つ。助けた銀色の瞳の青年、精霊王は彼女の隣で嬉しそうにスープを飲んでいる。
「君の味には命の根源が詰まっている。甘すぎる魔法のせいでバランスを崩している。僕と一緒に世界を調律する旅に出ないかい?」
遠くで甘い香りの霧に包まれて沈んでいく故郷の空を一度だけ見て、それから青年に微笑んだ。
「ええ、行きましょう。お腹を空かせている人たちのために、本当においしいものを届けたいから」




