194 美しさを偽る力と醜悪な真実を暴く力。偽りの残像、真実の鏡面。鏡が国の存在を虚偽と断じたため、地図からも人々の記憶からも消滅する
この国には、世界の歪みを直す鏡の聖女が必要だ。姉のクユーヌは、あらゆるものを美しく光り輝くように修正する装飾鏡の力を持ち、国中の羨望を一身に集めていた。
対して妹のセフィミーが持つのは触れるもの全ての内実をそのまま映し出す真実鏡。
「セフィミー、お前の鏡はなんて忌々しい。美しいドレスの裾が鏡に映ると糸の束に見えるじゃない」
クユーヌは自らの光で王宮のひび割れた壁も、老いた大臣の皺も全てなかったことにして覆い隠した。王も国民も心地よい嘘に酔いしれた。
「真実など誰も求めていない。消えなさい薄汚い現実を突きつける偽物の聖女」
セフィミーは実の姉と婚約者に裏切られ、魔物が巣食う忘却の監獄へと幽閉された。一年。王国は美しさに包まれていた……表面上は。
しかし、クユーヌの装飾はあくまで上書きに過ぎない。修復されたはずの城壁は内側で石材が砂状に腐食していた。
病を治したと言い張るクユーヌの光の下で、患者の体は腐敗を隠したまま生きた屍と化していた。
そしてついに限界が訪れる。王の誕生祭の最中、クユーヌの魔力が一瞬揺らいだ。
その瞬間、王宮の柱が飴細工のように折れ、参列者たちの美しい顔が隠されていた病によって剥がれ落ちた。
「ひ、ひぃっ!?私の顔が……!腕が腐っている!?」
「クユーヌどういうことだ、浄化していたのではなかったのか!」
「知るわけない!綺麗に見えるように上書きし続けただけなんだから!」
叫ぶクユーヌの足元から城が音を立てて崩れ落ちていくそこへ、一人の女が悠然と歩いてきた。
監獄にいたはずのセフィミー。傍らには見たこともない漆黒の鎧を纏った男が控えている。
「素敵な装飾が剥げましたね、お姉様」
「セフィミー!早く、早く汚れを隠しなさい!お前の鏡で何とかして!」
クユーヌが縋り付くがセフィミーは冷たく微笑んで、手鏡を向けた。そこに映し出されたのはクユーヌの醜い欲望と使い潰してきた民たちの怨念が形を成した、異形の怪物。
「鏡は隠すためのものではありません。現実を確定させるためのもの」
セフィミーが鏡を指先で弾くとカラン、と硬質な音が響く。次の瞬間、クユーヌの装飾によって維持されていた全ての虚飾が粉々に砕け散った。
王宮は瓦礫の山となり、腐敗していた大臣たちは身を維持できずに土へと還る。
唯一、セフィミーの鏡の光が及ぶ範囲だけが健全な真実の肉体を取り戻して生き残った。
「助けて……リースターン、私を公爵家を捨てないでくれ!」
「聖女セフィミー!次の王妃は君だ、結婚してくれ!」
瓦礫の中で這いつくばる父や王子をセフィミーはゴミを見るような目で見下ろした。
「お断りします。私は私の鏡に映る価値のあるものしか救いません。ここには塵一つ残っていない」
隣に立つ黒鎧の男に頷いた。隣国の死者の王。セフィミーの鏡が彼の失われた魂を映し出したことで二人は契約を交わしていたのだ。
「行きましょう。国は鏡を覗く価値もありません」
去った後の王国は、文字通り存在しない。彼女の鏡が国の存在を虚偽と断じたため、地図からも人々の記憶からも消滅することになった。




