190 透明令嬢の沈黙の祝宴〜見えない私が全てを奪う。色を失った日は楽しい日になった〜
「ゼルリス、不吉な女は我が公爵家には不要だ。家から出て行け」
冷徹な父の声が豪奢な広間に響いた。ゼルリスは膝をついたまま震える手で自分の髪を見た。生まれつき色素の薄い、透き通るような白銀の髪。それがこの国では精霊の呪いと呼ばれ、虐げられる理由だった。
隣では美しい金髪を持つ妹のリシャルルーが、ゼルリスの元婚約者である第二王子ハイグレの腕に抱かれ、勝ち誇った笑みを浮かべている。
「お姉様ごめんなさい。ハイグレ様は光り輝く女性がふさわしいとおっしゃるの」
「ゼルリスとの婚約は、今この瞬間をもって破棄する。明日俺とリシャルルーの成婚の儀を行う。お前はその場に立ち入ることすら許さんがな」
ハイグレ王子の冷たい視線は、路傍の石ころを見る目だった。ゼルリスの胸の奥で何かが音を立てて壊れた。
(……見なくていい見られたくない。いっそこの世から消えてしまいたい)
激しい拒絶の感情が魔力を爆発させた。視界が歪み世界から音が消える。ゼルリスが顔を上げると驚くべき光景が広がっていた。ハイグレも父もリシャルルーも、目の前にいるはずのゼルリスを探してキョロキョロと視線を彷徨わせている。
「……消えた?ゼルリスはどこへ行った!」
「衛兵!逃げ出したぞ捕まえろ!」
目の前で怒鳴り散らす父の鼻先をゼルリスは静かに通り抜けた。自分の手を見ると服も肌も完全に背景に溶け込み、一筋の影すら落としていない。
(消えたんだ……なら、あなたたちが一番輝く瞬間に一番深い絶望を教えてあげるからね?)
翌日。王都の聖堂はハイグレ王子とリシャルルーの結婚式を一目見ようとする群衆で溢れかえっていた。厳かな音楽が流れ、新郎新婦が祭壇へと歩むが、誰も気づいていない。新婦の長いベールの端を透明な手がしっかりと掴んでいることに。
「誓いのキスを」
司祭が告げた瞬間、惨劇は始まった。リシャルルーがハイグレに唇を寄せようとしたその時、ゼルリスはリシャルルーの足を思い切り引っ掛けた。
「きゃああっ!?」
派手に転倒するリシャルルー。それだけでは終わらない。ゼルリスは隠し持っていた真実を映す魔導具を透明なまま祭壇の鏡に叩きつけた。
鏡から溢れ出したのは昨夜、リシャルルーとハイグレがゼルリスを暗殺して財産を奪う計画を楽しげに語り合っていた映像だ。聖堂内が凍りついたような静寂に包まれる。
「な、なんだこれは!?誰だ、誰が仕組んだ!」
逆上するハイグレ。しかし、背後では冷ややかに微笑む。透明なままハイグレの耳元で囁いた。
「ねえ、呪いの子の姿見えなくて残念ね?」
「ひっ……!?」
ハイグレが恐怖に顔を歪めた瞬間、ゼルリスは彼の手から王家の証である指輪を抜き取り、そのまま聖堂の天井高くへと放り投げた。宙を舞う指輪。そして、誰もいない空間から響く鈴を転がすような笑い声はいつまでも響き渡っていた。




