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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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189/232

189水は生命の源だが同時にあらゆる物質を削り取る最強の溶媒でもある

 王宮の噴水広場。婚約者である第二王子ゼッノスは、隣に寄り添う火の魔法使いの令嬢と共に見下したような笑みを浮かべ、水魔導技師のケティーに対し、婚約破棄を突きつけた。


「ケティー、地味で冷たいやつだ。だからこそ、婚約を破棄する。お前のような水の魔法は、コップに水を注ぐか火を消す程度しか能がない退屈な魔法だしな。私は彼女が放つ太陽のような炎こそが、王者に相応しい力だと確信したんだよ」


「なら、独自に展開していた王宮全体の熱交換冷却システムと、王族専用の不純物除去水流の維持を今すぐ停止するけれど、構わない?」


「ハァッ!ハハ!そんなもの、彼女の火の魔法で温めれば済む話だ。湿っぽい理屈はもう聞き飽きた」


 魔導杖を収め、冷徹に告げた。流体は常に高い場所から低い場所へ流れる。管理を失った水という名のエネルギーが王宮を内部から腐食させることもまた、物理的な必然。


「退屈と笑った水の性質は分子レベルで物質を結合し、引き裂く力。あと十分、支えていた水の表面張力が失われれば王宮の地下水脈は暴走して自慢する豪華な火の装飾も、蒸気爆発の引き金になる……お熱い愛で爆発する熱量を計算できるといいね」


 言い残した十分後。広場で盛大に火を灯そうとしたゼッノスの魔法が、逆流した地下水の圧力に接触した。

 適切に排熱されなくなった王宮の魔導炉が過熱、オーバーヒートし、巨大な水蒸気爆発が発生。ゼッノスの豪華な衣装はボロ雑巾のように濡れ鼠となり、自慢の火の魔法は一瞬でかき消され、広場は泥沼と化した。


 王者の力を見せつけるはずが、無様な敗北者として民衆の前に晒し出されたのだ。


 女は混乱する王都を去り、港で待っていた男に視線を送った。氷と結晶の魔導物理学者。流体理論を誰よりも高く評価するフラート。


「完璧な水圧破砕だったね。彼は水がどれほど恐ろしい溶媒か、一生忘れないだろう」


「当然。フラート、私たちの移動式海洋研究所へ行こう。こんな澱んだ場所ではなく、自由な海で流体力学の極致を追求するために」


「水の流れを氷で結晶化し、永遠の形にしていこう。不変になるな」


「うん。研究所が暑くなったら氷の魔法で冷やして抱きしめたい」


「クールだ。溶けてしまわないよう、冷やし続ける」


 背後で散々「水が止まらない!」と泥水の中で叫ぶゼッノスの声が聞こえるが、浄化されるべき不純物なだけ。


 水の支配権を放棄し、王宮を泥沼へと沈めてから三ヶ月。

 作り上げた移動式海洋研究所フローティング・ラボは世界の海流を自在に操り、不毛の地を緑に変える生命の舵取り役として君臨していた。

 海流を設計し、フラートが氷の魔法で熱源を管理する完璧なサイクルこそが感情に左右されない真の恵み。


「海域の塩分濃度調整は完了したよ。それと、観測ドームの排水ダストシュートに汚濁したゴミが詰まっているらしいが」


 フラートが凍りついたものを操作しながら、視線を足元へ向けた。なにかあるのか。同じく向けると元婚約者ゼッノスの無惨な姿があった。

 王宮の設備がすべて腐食して財政破綻し、一族共々追放された彼は喉を枯らして這いつくばっている。


「ケティーお願いだ、水を……っ!王宮の井戸はすべて毒に変わり、喉は砂を焼くように痛い!昔のように僕のために清らかな水を出してくれ!」


「……識別不能な汚染物質。濾過ろかする価値があるか判断してみてもいいけど」


 水球を掌で転がしながら、無機質な声で言う。


 彼の細胞は慢心と傲慢によって変質しており、純粋な水を与えても即座に体内で腐敗する。救うためのエネルギーは、一万人の民を潤す灌漑かんがいを停止させることに相当。論理的妥当性は皆無なのだと教えてくれる。


 水流を操作し、ドームの防護壁越しに絶望する彼へ最後通告を突きつけた。


「ゼッノス。やる水は研究所の冷却廃水すらもったいない。退屈だと笑った私の水は、今やこの世界の循環を支える血液。循環を乱し人は干からびて土に還るのが、自然界の正しい摂理なの」


「待ってくれ僕は王子だ!水を支配するのは僕のはずだ!」


「支配?水に選ばれなかった奴が、王を名乗る資格はない。……フラート、システムを洗浄フラッシュしろ。不純物が視界に入るだけで水質が悪化する」


 高圧の水流がゼッノスをゴミのように押し流し、乾いた荒野の彼方へと消えていった。一度失われた透明度は、二度と元には戻らない。


「……終わったよケティー。今日の熱交換実験の続きをしようか」


 フラートが肩を抱き寄せ、冷気を含んだ吐息を耳元に吹きかけた。冷たさは熱くなった思考回路を優しくなぎの状態へと戻してくれる。


「結界の中で流体をじっくり観察させてもらいたい。鼓動が激しくなるたびに、氷の魔法で君を閉じ込め、逃げられないように固めてしまう設計」


「凍えそうになったら体温ですぐに融解させて」


「……最高に熱い契約。望む温度まで何度でも溶かしてあげる」


 恵みを軽視し、傲慢に溺れた者は一滴の潤いもない絶望の中で消えていく。残ったのは流体力学と互いを生存条件と定めた二人の静かな海。水の結晶を重ねるように視線を重ねた。

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