187 天上の檻、琥珀の枷。二十年目の飼育。本音は愛しているから意外にない。慈悲深くなんてないから
ざまぁなし
雲の上にある特権階級の都市アヴァロン。その治安維持組織の頂点に君臨する男、モーバス。誰かを彷彿とさせる奔放さと、一瞥で人を屈服させる圧を併せ持つ男だ。地上のゴミ捨て場から彼に拾われた。以来二十年。彼は妹として時には所有物として自分の羽翼の下から一歩も出ずに育ててきた。
「また地上を見ているのか。あんな薄汚れた場所に何があるっていうんだ?」
後ろから回された腕が喉元を緩やかに、確実に逃げ場を奪うように絞める。モーバスの低い声。彼はうなじに顔を寄せ深く息を吸い込んだ。
「……ギル、離して。今日は仕事があるんでしょ」
「お前を置いていく仕事なんて、ちっとも乗り気になれないな。いっそ、このまま部屋に閉じ込めて帰りを待たせておこうか」
冗談のように聞こえて瞳は一切笑っていない。外の世界へ、あるいは自分の手の届かない場所へ行くことを極端に嫌う。しかし、知ってしまった。モーバスが地上の人々を抹殺してアヴァロンの永遠の繁栄を維持しようとする計画の首謀者であることを。
彼が私を拾ったのは慈悲ではなく、地上で失った何かの代わりとして、完璧な人形を作るためだったのではないか。
「……行かなきゃ。死なせたくない」
二十年の沈黙を破り、彼が眠る深夜、空中都市からの脱出を試みた。プレッシャーを避け、警備の裏をかき地上へと続く貨物シュートに飛び込む。
地上の冷たい空気に触れ、自由を感じたのも束の間。荒野の先に待っていたのは数千の兵を従え、一人優雅にソファに腰掛けるモーバスの姿。
「遅かったな。お前の足ならあと五分は早く着くと思っていた」
立ち上がり、土埃にまみれた私にゆっくりと歩み寄る。逃げようとした足元が彼の放つ圧倒的な威圧感で縫い止められた。一歩も動けない。
「二十年、好きにさせてやった。我儘も小さな嘘もすべて愛嬌だと思って見逃してきた。だが」
「ぐ!」
モーバスは髪を強引に掴み、無理やり自分を見上げさせた。瞳に宿るのは底知れない執着と裏切られたことへの愉悦。
「手を振り払ってまで誰かを救いたいなんて……お前がそんなに慈悲深い女だったとはな。教育し直しだ」
「ギル」
「ん?」
「ギル、お願い彼らを助けて……っ!」
「……はは。いいだろう。お前の願いだ。その代わり、今日からお前の足には持っている合鍵以外のどんな手段でも外れない鎖を繋ぐ。死ぬまで傍で、罪を見届けていろ」
「わか、った」
「いい子だ」
軽々と抱き上げ、再び空中都市への帰路につく。逃げ出したはずの場所は、今や一生出ることのできない檻へと変わっていた。構わない。彼のことを愛しているから。
「バカなやつ」
「うん」
彼は自分が命を消してほしくないからと思っているのだろうが、本音は彼の手を汚してほしくないというエゴ。それでも構わない。にこりと笑うと彼は苦しそうな顔で抱きしめた。




