185【後編】元社畜監査員の私は不良債権の婚約者を損切りさせていただきます〜取り潰すってどうやってですか?貴方たちの栄華は全部こちらの残業代になるので無一文ですよ〜
贅沢がしたくて王子に近づいたのだ。泥船とわかった瞬間、次のターゲットを探し始めたがそうはいかない。
「……あの、サフディア様。城下町の宝石店から請求書が届いておりますが」
「えっ? ジェラルド様につけておいてって言ったのに!」
「王子の個人口座は凍結されております。このままでは、サフディア様のご実家に請求がいきますが」
「いやぁっ! パパに怒られるぅ!」
実は去り際に王族の個人信用調査に関する情報を、商業ギルドに流していた。
現在、王家の支払い能力には重大な疑義あり。掛け売りは推奨しないと。
商売人たちは敏感だ。今や、王子とサフディアにツケで物を売る店は一軒もない。
しかし、真の悪はジェラルドではない。彼を甘やかし、自分を搾取し続けた国王と王妃。呼び出しがかかった。場所は謁見の間。
国王と王妃、やつれ果てたジェラルドとサフディアが並んでいる。対するこちら。ベルジュラック伯爵の父と共に堂々と入場した。
「クラリエラ! これは一体どういうことだ! 嫌がらせにも程があるぞ!」
国王が玉座から怒鳴る。王妃もヒステリックに叫ぶ。
「すぐに戻ってきなさい! そして城を元通りにするのよ! あと、私の新しいドレスが届かないのだけどどうなっているの!?」
呆れてため息をついた。まだ、自分たちが命令できる立場だと思っている。
「陛下。嫌がらせなど滅相もございません。私は契約に基づき撤退しただけです」
「黙れ! 王命に逆らう気か! ベルジュラック家を取り潰すこともできるのだぞ!」
「……取り潰す? 誰のお金で、ですか?」
冷ややかに言い放つと父が合図を送った。
扉が開き入ってきたのは隣国の皇帝の使者と、大陸中央銀行の頭取であるドワーフ。
「なっ……なぜ、帝国の使者がここに!?」
「ご紹介します。私が再就職した、ガルド帝国財務省の皆様です」
場が凍りついた。懐からまたしても書類を取り出した。今度は監査報告書。
「陛下。貴方達は私が管理していた王家の裏帳簿を使って、巨額の横領をしていましたね? 国の予算を王妃様の宝石代や、陛下の愛人の別荘建設費に流用していた証拠、すべてここにあります」
「な、な、何を……」
「この事実はすでに債権国であるガルド帝国、および融資元のドワーフ銀行に報告済みです。ねえ、頭取?」
ドワーフの頭取が葉巻を噛みながら獰猛に笑った。
「ああ。クラリエラ嬢の精査は見事だったぞ。まさか、担保になっていた鉱山すら、王が勝手に売却して着服していたとはな。契約違反だ。貸付金、今すぐ一括で返済してもらおうか。利息込みで国家予算の約五十年分だがな」
「ご、五十年……!?」
国王が泡を吹いて倒れそうになる。王妃は「嘘よ! 私は王妃よ!」と喚いてるがもう遅い。
「あ、クラリエラ! 助けてくれ! 私はお前の義理の父になるはずだった男だぞ!なあ!?」
「ジェラルド! お前がクラリエラに謝れ! 土下座しろ!」
醜い責任のなすりつけ合いが始まったその様子を、特等席で見下ろす。
「残念ですが、私はもう帝国籍の人間です。有能な監査官として高待遇でヘッドハンティングされましたの……ああ、そうだジェラルド様」
呆然としている元婚約者に歩み寄った。
「サフディア様との真実の愛、どうぞ牢獄でも貫いてくださいね。借金返済のための強制労働施設では、男女の会話は禁止されていますが……心は繋がっていると信じていますわ」
「そ、そんな……嘘だ……クラリエラ、僕は……」
ジェラルドがこちらへ、無作法に手を伸ばそうとしたが帝国の屈強な騎士がそれを遮った。
「触れるな、汚らわしい。彼女は未来の帝国宰相候補だぞ」
その言葉にジェラルドの顔から、完全に色が失われた。捨てたのは便利な婚約者ではなく、国の命運そのものだったのだとようやく理解したのだ。
その後、王国は事実上解体された。王族は全員、借金返済のために鉱山送り。皮肉にも彼らが横領した鉱山だ。
浮気相手のサフディアは実家の男爵家からも絶縁され、平民以下の扱いとなり、酒場の皿洗いとして一生を終えることになったと聞く。
こんなはずじゃなかった!と毎日泣いているらしいが、知ったことではない。そして。
「クラリエラ監査官、今月の決算報告ですが」
「ありがとう。……うん、完璧ね。さすが帝国、優秀な人材が多くて助かるわ」
ガルド帝国の執務室。窓からは活気あふれる、帝都の街並みが見える。
ブラックすぎるようなワンオペではなく優秀な部下たちに囲まれ、正当な評価と報酬を得られる職場。定時になれば帰れるし、残業代もしっかり出る。
「クラリエラ」
ふと、背後から声をかけられた。振り返ると銀髪の美丈夫、帝国の若き皇太子アレクセイ殿下が立っていた。
「仕事は終わったか? 約束通り、街へ夕食に行こう」
「アレクセイ殿下……ええ、定時ですので」
ジェラルドと違いの能力を認め尊敬してくれる。一人の女性として大切にしてくれる人。最初はビジネスパートナーとしての関係だったが最近は少し、雲行きが変わってきた。
「今日は君の好きな店を予約しておいた。……その、なんだ。君が笑っていると私も嬉しい」
「……ふふ。殿下、顔が赤いですわよ?」
書類を片付け席を立った。窓の外ではきっと、破滅した元婚約者たちが地獄を見ている頃だろう。けれど、もう彼らに興味はない。目の前には明るい未来と美味しい夕食、素敵なパートナーが待っているのだから。
「さあ、行きましょう。今日は一番高いワインを開けさせていただきますよ?」
「望むところだ。君の働きに比べれば安いものだ」
ここからが本当のスタートだ。完了し、不良債権も処理済み。今自身の帳簿には、幸福という名の黒字が積み上がっていくばかりである。




