184【前編】元社畜監査員の私は不良債権の婚約者を損切りさせていただきます〜取り潰すってどうやってですか?貴方たちの栄華は全部こちらの残業代になるので無一文ですよ〜
「クラリエラ・ベルジュラック! 貴様のような性根の腐った女との婚約は、今この時をもって破棄する!」
王立学園の卒業パーティー。シャンデリアが煌めく大広間で、第一王子ジェラルドの高らかな宣言が響き渡った。
隣には桃色の髪をした小柄な男爵令嬢、サフディアが震えるように身を寄せている。頭がズキズキする光景であった。
「ジェラルド様、怖いですぅ……」
「あぁ、心配ないよサフディア。僕が君を守る。クラリエラ、貴様がサフディアに行った数々の嫌がらせ、もはや看過できん!」
周囲の貴族たちがざわめく中、クラリエラは扇子で口元を隠しながら内心でガッツポーズをしていた。
(き、きたぁぁぁぁぁッ!! ついに来た! この瞬間を待っていたのよ!)
このアホの婚約者であるクラリエラには、前世の記憶がある。異世界の国で、ブラック企業の内部監査室に勤めていた記憶。
過労死してこの乙女ゲームのような世界に転生し望んだのは、スローライフ。
しかし、生家であるベルジュラック伯爵家を救うため王命により、無能王子ジェラルドの婚約者として馬車馬のように働かされてきたのだ。
ジェラルドは顔だけは良いが頭の中身は空っぽ。両親である国王夫妻も実務能力(前世の会計と経営知識)に漬け込み、王家の財政立て直しを少女一人に丸投げしていた。
「殿下。婚約破棄、確かに承りました」
静かに扇子を閉じた。泣き崩れることも縋り付くこともしない。あまりにあっさりとした反応にジェラルドの方が、戸惑いの表情を見せる。
「な、なんだその態度は! 自分が何をしたか分かっているのか? サフディアの教科書を隠したり、階段から突き落とそうとしたり……」
「証拠はございますか?」
「証拠だと!? サフディアがそう言っているのだから間違いない!」
出た。証拠なき断罪。懐から分厚い羊皮紙の束を取り出した。
「では、こちらも手続きを進めさせていただきますね。こちらは殿下の署名入りの婚約に関する特約条項です」
「な、なんだそれは」
「三年前、殿下が遊興費欲しさにサインされた書類ですよ。もし、ジェラルド殿下側の有責、および一方的な都合により婚約破棄がなされた場合、ベルジュラック家が王家に貸与していた全資材、人材や知的財産権を即時返還する……覚えておいでですか?」
婚約者は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。覚えていないだろう。書類など読まずにサインする癖があるから。
「そ、そんな紙切れ! 王である父上が許すものか!」
「国王陛下の承認印も、ここに」
「は、なっ……なにい!?」
冷徹な監査員の目で彼を見据えた。
「では、これにて業務提携は解消です。以後王家運営は、どうぞその愛らしいサフディア様とご一緒にお励みください。さようなら、二度とお会いすることはないでしょう」
優雅にカーテシーで礼をすると、踵を返した。背後で「ま、待て! 話は終わっていない!」と叫ぶ声が聞こえたが、会場に控えていた自家の護衛騎士に目配せをする。
騎士たちは即座に女の子の周りを固め、王子をブロック。
会場を出た瞬間、夜空に向かって大きく息を吐いた。
「よっしゃああああ! 自由だああああ!」
さあ、ここからが本番。徹底的な資産回収の始まりよ。
翌日から王城と王都は大混乱に陥った。発動した特約条項の効果は、ジェラルドたちが想像するより遥かにえげつないものだから。
まず、王城の使用人の七割が消えた。彼らはこちらが私費で雇い、教育し派遣していたベルジュラック家の人材だったから。
残ったのは昔からいる、高慢で働かない古参の侍女や執事だけ。
「おい! 朝食はまだか! なぜ部屋が掃除されていない!」
ジェラルドが怒鳴り散らすが誰も来ない。
ようやく来たのは着付けもままならない新人メイド。サフディアが「友達だから」と縁故採用した平民の娘だけで、冷めたスープをこぼしてジェラルドの服を汚す始末。派手にばら撒く。
「きゃっ! ご、ごめんなさい!」
「ええい、何をやっている! ……クソッ、クラリエラがいた時はこんなことはなかったのに!」
そして、もっと深刻なのは執務だ。執務室に入ったジェラルドと補佐として呼び出されたサフディアは、机の上に積み上がった書類の山を見て絶句する。
「な、なんだこの量は……」
「ジェラルド様、これ全部読むんですかぁ? 私、難しい字はちょっと……あー」
今まで婚約者が全て処理し、ジェラルドには「ここにサインを」と言うだけの状態に仕上げていた決裁書類。それらが手つかずのまま放置されている。
しかも、内容は複雑怪奇な税務処理、治水工事の進捗管理、外交文書の草案。
複式簿記と業務効率化魔法で回していたシステムを、引き上げた瞬間に全てがブラックボックス化したのだ。そういうふうに仕掛けておいた。
「こ、国庫の残高が……合わない?」
ジェラルドが青ざめる。王家の贅沢な暮らしは、こちらが運用して生み出した利益で賄われていたのだ。
運用システムである、魔導具を使った高頻度取引のようなものは解除コードを入力して停止させておいた。
今、王家の財布には穴が空いている。
「なぁサフディア! 君は癒やしの聖女と呼ばれているんだろう!? なんとかしてくれ!」
「ええっ!? 私の力はちょっとした切り傷を治したり、お花を元気にすることくらいしか……お金を増やすなんて無理ですぅ!」
サフディアの聖女という評判も実はこっちが裏で根回しをして、起こした小さな奇跡を大げさに広めてあげていただけだ。ジェラルドが喜ぶと思って。メッキが剥がれるのは一瞬だ。
婚約破棄から1週間。ジェラルドとサフディアの関係は急速に冷え込んでいた。金がない。服がない。美味しい食事がない。
「ねえジェラルド様、ドレス買ってくれるって約束でしたよね?」
「うるさいな! 今はそれどころじゃないんだ! 父上からもどうなっているんだと叱責されている!」
「ひどい! 私のこと愛してない
んですか!?」
「うるさいっ。愛しているからこそ我慢してくれと言っているだろう!」
王城の廊下で繰り広げられる痴話喧嘩。使用人たちが減ったため、声は筒抜け。サフディアの本性も露呈し始めていた。




