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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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181/246

181 汚い土魔法と追放された泥だらけの令嬢は前世の科学知識で荒野を楽園に変える。光り輝く偽物姉様と王子は地盤沈下した傾く王城で泣いててね

 王立学園の卒業パーティー会場は、凍りつくような静寂に包まれていた。


 シャンデリアの光が反射する大理石の床。着飾った貴族たち。その中心で、私は婚約者である第一王子から指を突きつけられている。


「テラ・アースグリム!貴様との婚約を破棄する!そして、ここにいる聖女ユルリスを新たな婚約者とする!」


 隣にいるのは異母妹。ユルリスは勝ち誇った顔で王子の腕に絡みつき、見下ろしていた。

 姉妹の格差。国では日常茶飯事。ユルリスは稀少な光のスキルを持つ聖女として崇められ、不人気極まりない土のスキルを持つ泥被りの令嬢として蔑まれている。


「テラ、君の魔法は薄汚い。土いじりなど、農民かドワーフにでもさせておけばいいのだ。それに比べてユルリスの光魔法はどうだ。美しく神々しいなぁ」


 王子の言葉に、周囲の取り巻きたちも嘲笑をもらす。ため息を噛み殺した。何もわかっていない。世界の魔法教育が遅れているせいもあるが想像力が欠如している。


「……殿下。土魔法による地盤硬化と構造補強がなければ、城の地下水脈による浸食は防げないのですが」


 努めて冷静に事実を告げたこれは脅しではない物理的な事実。王都は巨大なカルデラ湖の埋め立て地の上にあり、スキルで地盤を維持しなければ液状化現象でズブズブに沈む。


「黙れ口答えするな!お前のやっていることなど、ユルリスの祈りでどうとでもなる!」


「お姉様諦めてくださいな。地味で暗いお姉様には辺境の荒地がお似合いです」


 ユルリスがクスクスと笑うが彼女は知らないのだ。普通の令嬢ではなく、前世で土木工学と農業化学」さを学んだ日本人のリケジョであることを。

 土のスキルは土塊つちくれを飛ばすだけの地味な魔法とされているが、前世の知識を持つこちらにとっては違う。


 土とはケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウムなどの元素の集合体。スキルは土壌の成分を解析、アナライズし、分子レベルで結合を操作できる。

 コンクリートの生成、レアメタルの抽出、窒素・リン・カリウム(NPK)の最適化による超効率農業。


 これらがすべて可能だというのに国は見た目の綺麗さだけで光魔法を優遇しすぎた。


「わかりました。婚約破棄を謹んでお受けいたします」


 カーテシー。ドレスの裾についた泥を払うふりをして、こっそりと発動していた城の基礎部分への魔力供給のメンテナンスをOFFにする。


「その代わり、後悔なさいませんように」


「後悔などするものか!さっさと出て行け!」


 背を向けこれから向かうのはユルリスが言った辺境の荒地。北の大地、魔物が蔓延ると言われる不毛地帯。


(ちょうどいい。あそこなら、レアメタルの一種であるミスリルが埋蔵されている可能性が高いし)


 頭の中にはすでに新たな国土計画が広がっている。追放?とんでもない。これは独立とスタートアップのチャンス。

 会場を出ると同時に微かにミシッという音が床下から響いた気がしたが、ダンスに興じる彼らの耳には届かなかったようだ。


 彼らが気づくのは数ヶ月後。城の床が傾き、下水道が逆流し、農作物が育たなくなってからだろう。その頃には北の地で最強の要塞都市を築き上げているはず。にこりと笑う


 テラが去ってから三ヶ月。王都の栄華は、文字通り足元から崩れ去ろうとしていた。

 事態はお茶会の席で露見した。王城のテラスでユルリスと第一王子は、優雅に午後の紅茶を楽しんでいる……はずだった。


「……おいユルリス。テーブルが傾いていないか?」


 王子が不機嫌そうに尋ねる。ティーカップの中身が勝手に縁からこぼれ落ちていたからだ。


 ユルリスは首を傾げ、可愛らしく微笑む。


「まさか。殿下の座り方が悪いのです。私の光の加護がある限り、城は永遠に不滅ですもの」


 直後だった。ズズズ、という不気味な地鳴りと共にテラスの柱に亀裂が走った。悲鳴を上げて抱きつくユルリス。

 しかし、本当に恐ろしいのはその後。庭園の噴水が止まり、代わりにマンホールからドス黒い水が噴き出したのだ。


 ドワアアア!


「な、なんだこの臭いは!?」


 鼻を突く悪臭。硫化水素とメタンガスの臭い。下水処理システムが機能を停止し、逆流を始めたのである。

 緊急会議が開かれた玉座の間もすでに床が五度ほど傾いていた。平衡感覚がおかしくなり、立っているだけで気分が悪くなる。


「どういうことだ!なぜ城が沈んでいる!?」


 国王の怒声に王室専属の建築士が青ざめた顔で報告する。


「へ、陛下……液状化現象でございます」


「エキジョウカ?なんだそれは!」


「地盤が水分を含んでドロドロになり、建物を支えきれなくなる現象です。これまではテラ様の土魔法が地下水を排除し、土の粒子を固めて防いでいたのですが……」


 テラがいなくなったことで、人為的に維持されていた地盤が元の湿地帯に戻ろうとしているのだ。さらに悪い報告は続く。


「農務大臣より報告!王都周辺の農地で、作物が全滅しました!」


「なんだと!?聖女の祈りがあるだろう!」


 全員の視線がユルリスに集まる。ユルリスは新しいドレスを汚さないよう、スカートをつまみ上げながら震えていた。


「わ、私は祈りました!毎日キラキラして!」


「……で、効果は?」


「葉っぱがピカピカ光るようになりました」


 沈黙が場を支配する。作物が求めているのは過剰な光合成ではない。窒素、リン、カリウムといった栄養素と適切なpHバランスの土壌。

 テラは土の中の微生物をコントロールし、肥料を最適化していた。ユルリスの光魔法は植物を照らすだけで、土壌の栄養枯渇を加速させたに過ぎない。


「え、ええと……でも、夜は街灯がいらないくらい明るいですよ?」


 ユルリスの言い訳に宰相が頭を抱えた。ようやく彼らは気づき始めたのだ。


「見た目が綺麗なだけのライト聖女と、国家のインフラを支える土木作業員テラのどちらが重要だったのかを。


 一方、北の辺境。そこには王都とは比べ物にならないほど近代的な都市が誕生していた。


「地盤沈下?ああ、あそこは埋立地だから」


 測量機のような魔道具を覗き込みながら、淡々と呟く隣では元騎士団長が呆れた顔で報告書を読んでいた。


「王都から緊急支援要請が来ているぞ。食料と、何よりお前を返せと書いてある」


「お断り。こっちの都市計画で忙しい」


 目の前には、幾何学的に整備された農地と、強固なコンクリート要塞が広がっている。やったのは単純なこと。土魔法で焼成を行い、石灰石と粘土からセメントを作った。


 砂利と水を混ぜれば、高強度のコンクリートができる。王都の城壁がレンガ積みで崩れやすかったのに対し、都市は地震にも耐える一体構造。さらに、地下から湧き出る温泉を利用した床暖房システムも完備している。


「向こうには聖女がいるでしょ?精神論でなんとかすれば」


「辛辣だが、民衆が国境を越えてこちらへ流れてきている。どうする」


 ニヤリと笑った。労働力は大歓迎だ。


「受け入れるけど入国審査は厳しくする。特に貴族と神官は、現場作業員からのスタート」


 姉妹は逆転したのではない。最初から圧倒的に上だったのだ。向こうが勝手に価値を低く見積もっていただけで、市場価値は正直。


 王都が汚水と飢餓にまみれ、傾いた城で互いに責任をなすりつけ合っている頃。快適な温水プールと温泉に浸かりながら、次なる計画を練っていた。国を見限った独立宣言の準備だ。


 拠点ネオ・テラの正門前に、見窄らしい馬車が到着した金箔で飾られていたはずの王室専用馬車だが、今は跳ね返った泥と例の下水の逆流による悪臭が染み付いている。

 馬車から降りてきたのは王子と聖女。彼らの足元を見て、思わず吹き出しそうになった。


 最高級のシルクで作られた靴が街の整備されたコンクリート舗装の上で、惨めに汚れている。


「……テラ!やっと見つけたぞ!すぐに王都へ戻るのだ!」


 王子が開口一番に叫ぶ。やつれた頬、充血した目。どうやら地盤沈下で城が傾き、まともに眠れていないらしい。


「お姉様酷いです、自分だけこんな綺麗な場所に住むなんて!早くユルリスをふわふわのベッドがあるお城へ連れて行って!」


 ユルリスも涙目で訴えかけてくるが、目には相変わらず見下す色が混ざっている。門の屋上から冷ややかに二人を見下ろした。


「お断りしますと言ったはずですが。ここは私の領地。入国許可のない方の立ち入りは禁止です」


「黙れ!私は王子だぞ!国家反逆罪で処刑されたいのか!」


「今はもう元王子でしょう?財政破綻し、国民の半分が逃げ出した国の王室に何の権限があるの」


 指先を動かし、地面の分子構造を少しだけ操作した。王子の足元の地面が局所的に流砂状態になる。


「うわあああ!?足が、足が沈む!」


「助けてお姉様!光魔法シャイン!」


 ユルリスが慌てて魔法を放つが辺りが明るくなるだけだ。土の物理的な結合を解いているのに光の粒子が干渉できるはずもない。


「言ったでしょユルリス。あなたの魔法は照明にはなっても、土台にはならないって。含水比の増大によるせん断強度の低下……つまり、あなたがバカにしていた泥遊びの応用よ」


 ゆっくりと階段を下り、目の前まで歩み寄った。泥にまみれた二人と、最新の防汚加工を施したドレスを着たこちら。どちらが聖女か一目瞭然だ。


「テラ頼む……!街を直してくれ!民衆が暴動を起こしているんだ。魔法で液状化とかいうのを止めてくれれば……」


 王子がプライドを捨て、地面に膝をつくが答えは決まっている。


「無理です。王都の崩壊は地盤の問題じゃない。下水処理を無視し、農地を使い潰した、あなたたちの無能が招いた」


 ポケットから一枚のグラフを取り出して見せつけた。


「これは王都の土壌分析データ。過剰な光魔法による強制成長で、土の中のミネラルは空っぽ。今の王都の土は砂質のゴミ。復活させるには、最低でも十年の休耕と徹底的な有機肥料の投入が必要」


「じ、十年だと!?それまで我々はどうすれば!」


「働けばいい。街の建設現場で。土を運び、石を積み、自分の足元を固めることがどれだけ大変か身をもって学んで」


「そんな……私が泥仕事なんて……」


 ユルリスが絶望したように座り込む。彼女の耳元で優しく、氷のように冷たい声で囁いた。


「自分の力で国を造り替える力を得られたの。さようなら光だけの偽物」


 門番に命じて、二人を街の外へつまみ出させた。残された道は荒野を彷徨うか、街の最底辺労働者として登録するかの二つに一つ。一段落ついたところで背後から元騎士団長のイヌアも近づいてきた。


 ネオ・テラの外郭。そこには王都から逃げてきた難民や、没落した貴族たちが働く開拓区がある。ユルリスは今そこでスコップを握らされていた。


「……っ、なんで私がこんなことをっ!お姉様、見てるんでしょう!出して、ここから出して!」


 ユルリスの叫びは冷たい風にかき消される。

 与えられた任務は農地の排水溝を掘ること。

 ドレスはボロボロの作業着に替わり、白く細かった指先は泥で黒ずみ、ひび割れている。


「おいそこ!手を休めるな。日が暮れるまでに掘り終えないと明日の雨で種が流される!」


 監視役の亜人ドワーフが怒鳴る。ユルリスが睨むだけで騎士たちが跪いたものだが、ここでは働かない者に価値はない。


「うるさいわね!私は聖女よ!光で泥を全部消し飛ばす」


 ユルリスはヤケクソ気味に杖を振るい、最大出力の光魔法を放った。目も眩むような閃光が周囲を包む。だが、光が収まった後の景色は期待とは裏腹に最悪なもの。


「……あ、あれ?」


 泥は消えるどころか急激な熱で水分が蒸発し、カチカチのレンガ状に固まってしまったのだ。

 それだけではない。土の中の水分が失われたことで、周囲の土壌から水分が吸い上げられる毛細管現象が加速し、ユルリスの足元が逆にズブズブと沈み始めた。


「うわああ!なんでなんで沈むの!」


「バカ者が!土を加熱してどうする!」


 ドワーフが呆れたように固まった地面をツルハシで叩き割る。


「いいか小娘。土ってのはな、汚れじゃない。水分と空気、有機物が絶妙なバランスで混ざり合っている。お前の魔法はバランスを破壊して、土を死んだ砂に変えちまったんだ」


 高台から様子を双眼鏡で観察していた女はため息を吐く。物理学で言えば光はエネルギーの放射。物質土に無秩序なエネルギーを叩きつければ水分は気化し、土壌粒子は熱で変質する。

 洗浄ではなく焼成……つまり、ユルリスがやったのは農地を陶器の破片に変える行為に等しい。


「お姉様……お姉様お願い助けて……助けて」


 地面に這いつくばり、涙と泥で顔をぐちゃぐちゃにしたユルリスはようやく理解し始めていた。自分が誇っていた聖女の光が、生きていくための生産においては破壊の力とエネルギーの暴力でしかなかったことを。


 土魔法はイオン結合の調整や水素イオン指数の管理。ミクロの視点から生命のゆりかごを整える、高度なエンジニアリングだ。


「ユルリス。バカにしていた泥が実はどれほど精密な化学物質の集合体だったか、少しは分かった?」


 拡声魔法で声を届けるとユルリスはガタガタと震えながら仰ぎ見た。文明の格差として決定的なものになったのだとわからされただけだ。

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