180 魔力指数たったの五であるお前は我が公爵家の恥だ。よって北の人食い辺境伯に嫁いでもらう。あちらならお前のような出来損ないでもせいぜい家畜の世話役くらいには使えるだろう
「テスラ。魔力指数たったの五であるお前は我が公爵家の恥だ。よって北の人食い辺境伯に嫁いでもらう。あちらならお前のような出来損ないでも、せいぜい家畜の世話役くらいには使えるだろう」
眩い魔力に包まれた豪華な広間で父である公爵が冷酷に言い放った。隣では国一番の聖女と称えられる妹のナハラーランが勝ち誇ったような笑みを浮かべて手を取り、わざとらしく嘆いてみせる。
「可哀想なお姉様。私のように光の魔法に選ばれなかったばかりに……でも安心して。辺境伯様は魔力を持たない野蛮な獣のような方だと聞きます。お姉様にはお似合いですこと」
俯き、震える唇を噛みしめた。歓喜を必死に堪えるために。
(……きた、きたわ!筋肉とパワーが否定され、魔力こそが正義とされる狂った世界からの脱出ルート)
私は転生者。前世では最先端のスポーツ医学と解剖学を修めた理学療法士。魔法至上主義の世界で魔法の練習を全てサボり、ドレスの下で機能美の極致を目指して肉体を練り上げてきたのだ。
公爵家を追放され、馬車に揺られること三日。辿り着いた北の最果てで待っていたのは噂通りの怪物だった。
「貴様が王都から売られてきた令嬢か」
城の重厚な門を潜った瞬間、巨大な影が覆った。見上げた先にいたのは辺境伯ルミアン。身長は二メートルを優に超え、厚い毛皮の外套の上からでも分かる岩盤のような大胸筋。
丸太のように太い腕には、幾多の戦場を潜り抜けたであろう深い傷跡が刻まれている彼は魔法が一切使えない代わりに、異常なまでの身体能力のみで魔獣を屠り続けてきた異端の武人。
王都のひょろひょろした魔導貴族たちが野蛮な肉の塊と蔑む姿は、神々しいまでの黄金比ゴールデン・レシオに見えた。
「……何だその目は。怯えて命乞いでもするか」
低く唸るような声で威圧する。大きな手が細い首筋に伸びてきた。指一本で頸椎を粉砕できそうなほどの圧倒的な体格差。思わず分厚い手のひらを両手で掴み、うっとりと頬を寄せた。
「素晴らしい……!前腕筋のキレ、皮膚の温度……重度のオーバーワークに陥っていますね?今日から筋肉の神になります」
「……は?」
奇妙な共同生活が始まった。辺境伯夫人という立場を利用し、領内の潤沢な資金をすべて最高級のタンパク質と特注の重力トレーニング器具に注ぎ込んだ。
最新の筋膜リリースを施し、魔法以上の効果を発揮する独自の呼吸法を伝授する。
「背中の広背筋が甘い!あと十回体重を負荷にして懸垂を」
「……テスラ、お前を乗せてのトレーニングは負荷というよりご褒美に近いのだが」
巨躯が小さな身体を背中に乗せ、軽々と腕を曲げる。私を包み込む彼の肉体は日に日に密度を増し、鋼鉄をも素手で引き裂くほどの物理の極致へと近づいていく。
数ヶ月後に王都から悲鳴のような救援要請が届いた。
魔力を喰らう古龍が復活し、魔法を主力とする王都の軍が全滅したというのだ。父や妹のナハラーランが泣き喚きながら、私たちを盾にするために辺境へと逃げ込んできた。
「テスラ化け物を止めて!早く野蛮な男を戦わせなさい」
逃げ惑うナハラーランの背後から魔法を無効化する古龍の巨体が迫る。ルミアン様は合図を待つように立ち上がった。
「ルミアン様。魔法なんていう不安定な力に頼らなくても世界は変えられると教えて差し上げて」
「承知した我が妻よ」
ルミアン様が一歩踏み出す衝撃だけで城の床が粉砕された。魔法を一切使わず跳躍で空飛ぶ古龍の頭上へと肉薄した。
「ぬんっ!」
爆音。彼が放った一撃。魔法でも呪いでもない、純粋な質量と速度による拳が古龍の強固な鱗を粉々に打ち砕いた。
王都の精鋭たちが束になっても傷一つつけられなかった伝説の怪物が、ルミアン様の拳一発で文字通り消し飛んだのだ。
呆然と立ち尽くす父と妹。魔力を失い、無力な人間となった彼らの前で優雅にここへ着地。
「終わったぞテスラ。少し、筋が張っている。後で揉んでくれるか」
「ええもちろん。極上のオイルマッサージを用意しています」
這いつくばる家族を一顧だにせず、温かな寝室へと戻る。魔法の時代は終わり、物理が支配する新しい時代の幕開け。
「最高に仕上げて差し上げます」




