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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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179/247

179豪華な書斎を自由の遊び場だと勘違いしているらしい遺言執行人の義務を果たす

 亡き先代会長の四十九日が明けたばかりの席で、跡取り息子——一樹かずきは愛人を立たせて不敵に笑った。


真理まり、親父が死んだ以上、お前との婚約という名の呪縛は終わりだ。これからは愛する彼女が家の主になる。お前のような、六法全書を詰め込んだだけの冷血な女は事務員としてなら雇ってやってもいいが?」


「はぁ?確認ですが生前契約と遺言信託の内容をすべて破棄するという宣戦布告ですか?」


「言葉が硬いんだ!親父はもういないぞ。遺言なんて紙切れだろうが!」


 手にしていた万年筆を置き、眼鏡のブリッジを押し上げた。

 感情を動かす価値もない目の前の男が、自分が座っている椅子の足が既に切り落とされていることに気づいていない事実を、哀れむ。

 一樹は屋敷や商社が自分の血筋に付随するものだと信じているが、先代会長が放蕩息子である彼にすべてを渡すほど愚かだったとでも思っているのだろうか。そんなわけあるか。


「一樹様。貴方が紙切れと呼んだ遺言書の第十四条。私が管理している信託統治契約の条項を一度でも精読されましたか?」


「ふん、そんなもの弁護士に任せてある」


「弁護士とは私のことです。正確には先代から指名された遺言執行人兼全資産の管理受託者ですよ。この家も、会社の発行済み株式の五十一パーセントも。現在は私が代表を務める資産管理会社が保有しているのです」


 一樹様の顔から勝ち誇ったような笑みが剥がれ落ちていく。


「婚約が継続されている間は貴方に使用権と役員報酬が与えられていました。ですが、公衆の面前で婚約を一方的に破棄された。契約上の不履行と背信行為に該当し。規約に基づき貴方の全役職の解任、お屋敷からの即時退去を命じます。というこですね」


「な……なっ、ふざけるな!息子である僕を追い出せるわけがないだろう!」


「追い出せるのではなく、既に追い出されていますね。貴方の名義の口座は一分前に凍結されて、そちらの女性との交際費に充てていた資金もすべて不当利得として返還請求。訴訟の準備に入っております。愛があれば一文無しでも幸せになれるのでしょうしね」


 隣の女性が血の気の引いた顔で一樹様の手を振り払う。損得勘定だけで動く人間は常に引き際だけは早いと内心笑う。


 席を立ち、扉の脇に控えていた若者に視線を送った。先代が外で作った隠し子だが、一樹様とは対照的に苦学して経営学を修めた努力家晴ハルがいた。


「……お疲れ様真理さん。不良資産を損切りできた?」


「計算外の時間がかかってしまいましたハル様、これより貴方を新代表として登記しますね。個人秘書兼パートナーとしての契約、まだ有効でしょうかね」


 晴は柔らかく微笑み、手から書類を受け取ると手を力強く握り返した。


「もちろん。守り抜いた場所を今度は僕が、君が心から安らげる場所に変えてみせる。僕個人との終身契約だと思っていいさ」


「業務外の時間は法律の話以外もしてくださるのが条件ですよ」


 背後では警備員に引きずり出される一樹が「僕の家だぞ!」と叫んでいるがそれはもう解決済みの案件ゆえに知性を愛し、確かな敬意を払ってくれる相手と共に新しい帳簿のページをめくりたい。


 一樹様が文字通り無一文で放り出されてから、三ヶ月が経過した。


 新代表となった晴様と共に、先代が遺した負の遺産や放漫経営による歪みを、執刀医のような正確さで切り離し続けていた。


「真理さん、今日のスケジュールを十五分だけ僕に売ってくれないかな」


 執務室のデスク。晴様が淹れた計算し尽くされた温度のコーヒーが前に置かれる。一樹様とは違い時間というリソースの価値を、誰よりも正しく見積もっている男だ。


「現在の私の分単価は……」


「いいよ、言い値で買う。いや、言い値以上の対価を払うつもりだ」


 晴様は隣に椅子を引き、あえて仕事の顔ではなく、一人の男性としての穏やかな眼差しを向けてきた。ポイントが高い。


「一樹様の消息、聞きましたか?例の女性には一晩で見捨てられ、今は日雇いの現場を転々としているそうですが……あの日、君を侮辱したこと以上に彼が失ったものの大きさにようやく気づき始めているらしい」


「……興味がありません。解決済みの不良債権を追うのは時間の無駄です」


 淡々と答えながら手元の資料に目を落とした晴様は資料の上に自分の手を重ねた。


「そうだね。僕も彼のことなんてどうでもいい……ただ、ずっと執行人という仮面を被って家を守り続けてきたことへの報酬をそろそろ受け取ってほしい」


 晴様が懐から取り出したのは一枚の航空券とそれから……ベルベットの小箱。


「僕と君の新規共同事業に関する提案書だ。行き先は、君がずっと行きたがっていた北欧の静かな街。法律も経営も関係ない、真理と晴としての時間を過ごしたい。業務命令ではなく一生涯のパートナーへの懇願だよ」


 眼鏡の奥の瞳をわずかに揺らした。論理的に考えれば、今の忙しい時期に休暇を取るのは非効率。だ目の前のこの誠実な投資家が提示する未来は、どんな株価チャートよりも魅力的な右肩上がりを描いている。


「現地での滞在費は折半、その代わり、自由時間をすべて貴方に独占される権利を付与します」


「魅力的だね。裏にある誰よりも温かな誠実さも好きだ」


 晴様が私の指先に冷たい、確かな重みのある指輪を滑らせる。不確かな血筋や情に甘んじた者は去った。


 互いの価値を認め合い、高め合える完璧な契約とそれを超えた温かな体温。新しい契約書にサインをするように、静かに唇を重ねた。これからの人生という名の巨大なプロジェクトはきっと、史上最高益を更新し続けるに違いない。

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