177双子曇らせはじめました。代わりに毒を飲んでくれたみたいに、最後は私の代わりに国の呪いを背負って死んでほしいの
ざまぁみたいな何か
白磁の祭壇にエルサは横たわっていた。周囲を埋め尽くすのは国中の貴族と平民たちの歓喜の声だ。今日は百年に一度の浄化の日。聖女の祈りによって、大地を蝕む瘴気を払う儀式の日。
「お姉様、怖くないわ。私がずっと手を握っているから」
傍らに立つ妹、フィオナが優しく微笑む。彼女は国中の誰もが愛さずにはいられない太陽の聖女。
対するエルサは魔力を持たず妹の毒味役として、あるいは暗殺者の身代わりとして常に影に潜んできた。エルサは震える手でフィオナの細い指を握り返す。
「いいのよフィオナ。あなたの光が世界を救うなら、私は……」
「ええ、ありがとう。本当にお姉様が私の双子でよかった」
フィオナが祈りを捧げるとその身から圧倒的な黄金の光が溢れ出した。しかし、その光がエルサに触れた瞬間、温かさではなく、全身を焼くような激痛が走った。
「あ……あがっ……!?フィオナ、熱い、体が……!」
エルサの皮膚が内側から弾けるように裂け始める。見守る群衆からは「奇跡だ!」「聖女様が闇を払っている!」と喝采が上がった。
エルサは必死に妹を見上げた。助けて。痛い。何かがおかしい。けれど、握りしめていたはずの妹の手はいつの間にか冷たく振り払われていた。
「……フィオナ?」
光の渦の中心で妹はエルサを、ゴミを見るような目で見下ろしていた瞳に分かち合った慈しみなど微塵もない。
「ごめんなさいねお姉様。この儀式は最も近しい者の魂を燃料にする必要があったの。生贄が必要だって言ったらみんな悲しむでしょう?だから、お姉様が自ら望んで聖女の盾になったことにしたわ」
「うそ……だって、二人で生き残るって……」
「ふふ、バカね。二人で一つ?そんなわけないじゃない。私は選ばれた聖女。お姉様は輝かせるための背景。これまで私の代わりに毒を飲んでくれたみたいに、最後は私の代わりに国の呪いを背負って死んでほしいの」
フィオナの口角が、美しく吊り上がる。
エルサの視界が、自身の焼ける血で赤く染まる。
「あ、あぁ……あああああッ!!」
エルサの絶叫は民衆の歌う聖歌にかき消された。愛していた。自分の人生なんてなくていいと思っていた。この子の笑顔を守れるなら影でいいと思っていた愛が今、自分を焼き殺す燃料にされている。
(ああそうか……私の居場所なんて最初からどこにもなかったんだ)
エルサの心の中で何かがパキリと音を立てて砕けた瞬間、黄金の光を食い破るように傷口からドロリとした漆黒の泥が溢れ出した。
「なっ……何よ、これ!?穢らわしい!消えなさいお姉様!」
焦るフィオナをエルサの虚無の瞳が捉える。光に焼かれ、炭のようになった指がフィオナの白い首筋に触れた。
「……ああフィオナ。本当ね。私たちが二人で一つだというのなら……地獄へ行くのも、一緒よね」
エルサの体が黒い炎となって爆発し、聖域を飲み込んだ。絶叫を上げるフィオナとパニックに陥る群衆。暗転する意識の底でエルサは笑っていた。
これは、終わりではない。この身を焼いた光よりも深い闇の中で私はあなたを許さない。
儀式から三年。聖女フィオナはあの日以来奇跡の力が弱まり、焦燥の中にいた。民衆の間では「聖女は姉を殺して力を得たのではないか」という不穏な噂が広がり始めている。
そんな中、国境を越えて現れたのは漆黒の軍勢を率いる影の女王。王都のバルコニーからフィオナは震える目下を見つめていた。
城門を焼き払い、悠然と歩を進めてくる女。身代わりとして毒を煽っていた惨めな姉と同じ顔をした女がそこにいる。
「嘘よ……あの日、お姉様は死んだ。光の中に消えたはずだわ!」
フィオナの声は恐怖でかすれていた。影の女王エルサは漆黒のドレスの裾を翻し、自分が焼かれた祭壇の上に立った瞳には献身的な光など欠片もない。底知れない無が広がっている。
エルサが指を鳴らすと影が牙のように伸び、フィオナをバルコニーから引きずり下ろす。
「……ひっ、ああああっ!」
祭壇の石畳に叩きつけられたフィオナの髪をエルサが冷ややかに掴み上げる。
「お久しぶりフィオナ。私の葬儀は楽しかった?」
「お、お姉様……?違うの、あ、あの時は仕方がなかったの!国を救うために誰かが犠牲にならなきゃいけなくて……それで」
見え透いた言い訳をエルサは冷たい笑みで遮った。手がフィオナの頬を撫でる指先からは触れるだけで精神を削り取るような闇の魔力が漏れ出している。
「いいのよ。あなたが焼いてくれたおかげでようやく目が覚めた。愛なんて痛みに耐えるための麻薬に過ぎなかったって」
エルサはフィオナの耳元で毒を流し込むように囁いた。
「ねえ、今度はあなたが代わりに身代わりになる番よ。守りたかった国があなたを裏切り、石を投げ、絶望の中であなたの名前を呪う……特等席をあなたに用意してあげたわ」
「やめて……お願い、許して……!」
泣き崩れる妹。エルサが流した涙を今はフィオナが流している。しかし、胸に湧き上がるのは喜びですらなかった。
「許す?ええ許してあげる……私と同じように誰からも愛されず、誰からも顧みられず泥の中で這いつくばって死ぬ、その瞬間に」
エルサが背を向けると城門の外から彼女を呼ぶ声がした。闇から救い出し、軍勢を与えた謎の黒騎士がいる。手を振った。
王都の中央広場。三年前にエルサが生贄として焼かれた場所で、今度はフィオナが民衆に囲まれていた。
「奇跡を見せろ!なぜ雨を降らせない!」
「魔女エルサの軍勢が迫っているんだぞ!聖女なら追い払ってみせろ!」
殺気立つ群衆を前にフィオナは真っ青な顔で祈りの言葉を繰り返すが、手のひらから溢れる光はろうそくの火よりも弱々しく、すぐに消えてしまう。
「……っ、でない、でないのよ……出ろ!」
エルサという汚れ役を失ったフィオナの光は内側から腐り始めていた。教会の重い扉が開き、一人の女がゆっくりと姿を現す。
漆黒のドレスに身を包んだエルサ。傍らには常に影のように付き従う謎の黒騎士アルヴィンが控えている。
「あら、どうしたのフィオナ。そんなに震えて。ふふふ」
エルサの声が広場に響き渡ると民衆は一瞬で静まり返った。圧倒的な魔力の圧力に、誰もがひれ伏さざるを得ない。
「お姉様……助けて、お姉様……えぐ!」
縋るように手を伸ばすがエルサは手を冷たく踏みにじった。
「助けて?うーん、おかしいわ。あなたはあの日、民衆の歓声の中で私を見捨てたじゃない……ねえ皆さん。この女がどうやって聖女の座を守ってきたか教えてあげましょう」
エルサが指を差すと背後のアルヴィンが古びた羊皮紙を掲げた。フィオナが長年、エルサに毒を飲ませ、手柄を横取りし、最後には生贄に捧げたことを記した教会の裏記録。
「な……嘘よ、それは偽造よ!」
叫びは民衆の怒号にかき消された。昨日まで拝んでいた指が今は石を掴んでいる。
「偽物め!」
「姉を殺して聖女面していたのか!」
投げつけられた石がフィオナの額を割り、鮮血が流れる。エルサは光景を無表情で見下ろしていた。自分が流した血と同じ色。けれど、心は少しも晴れない。
「……エルサ様、これ以上は貴女の魂が汚れます。行きましょう」
アルヴィンが優しくエルサの肩を抱き、歩き出す。一度だけ振り返り、泥にまみれた妹を見つめた。
「一番恐れていたのは忘れられることだったわね。安心しなさい。史上最悪の偽聖女として永遠にこの国の歴史に刻まれるから」
エルサが去った後、広場にはフィオナの絶望的な悲鳴だけが響き渡り、復讐は終わった。
妹フィオナは地下牢に繋がれ、自分を虐げた貴族たちもすべて粛清した。静まり返った王座の間でエルサはアルヴィンの胸に顔を埋めていた。
「アルヴィン……私ようやく息ができる気がする。あなたがいてくれたから私は暗闇から戻ってこれた」
顔を上げるとアルヴィンはいつも通り慈愛に満ちた笑みを浮かべていたが指先が彼女の頬を伝う涙を拭ったとき、口から漏れたのは愛の言葉ではなかった。
「ああ、本当に君の絶望はいつ見ても最高に美しい色をしているね、エルサ」
エルサの心臓が嫌な音を立てて跳ねた。アルヴィンが懐から取り出したのは、これまで流した涙が詰まった小さなクリスタルの小瓶。どす黒い輝きを放ち、脈打つように蠢いている。
「な……に、それ……?」
「君は不思議に思わなかったか?魔力もなかった出来損ないの君がなぜ災厄の魔女なんて力に目覚めることができたのか……それはね、君の中に種を植えたからだよ。あの日、祭壇で妹に焼かれていた瞬間に」
アルヴィンの姿が揺らぎ、人ならざる影が背後に伸びる。人間ではなく、人の絶望を糧にする古の魔神の一柱だった。
「君が妹を憎めば憎むほど復讐を遂げて孤独になればなるほど、種は美味しく育つ。おめでとうエルサ。今君の心は完璧に壊れた。これでようやく僕の真の王器が完成する」
エルサの体が自分の意志とは無関係に黒い泥に包まれていく。助けてほしかった。愛してほしかった。復讐の先に、さ温かな場所があるのだと信じたかった。
けれど、ようやく掴んだと思った救いの手は最初から彼女をさらに深い地獄へ突き落とすための罠だったのだ。
「あ……あああぁぁ……ッ!!」
エルサの絶叫が城内に響き渡る。声を、地下牢の暗闇の中で聞いていたフィオナが血を吐きながらゲラゲラと笑った。
「お姉様……かわいそう、かわいそうなお姉様!結局、私たち誰からも愛されない呪われた双子なのよ……!あはは、あはははは!!」
エルサの意識が深い深い闇の底へと沈んでいく。妹に焼かれた光よりももっと冷たくもっと孤独な闇の中へ。




