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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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116/118

116「お前のような可愛げのない女に我が商会の看板は渡せない。今日限りで勘当だ」と鼻息を荒くして叫んでいる隣には甘やかされて育った弟が勝ち誇った薄汚い笑みを浮かべて座っているけれど不良在庫はそちらです

 父は自分が経営者だと名乗る割には、一度も貸借対照表のバランスシートを正確に読み解いたことがないらしい。

 目の前で「お前のような可愛げのない女に、我が商会の看板は渡せない。今日限りで勘当だ」と鼻息を荒くして叫んでいる。

 隣には甘やかされて育った弟が、勝ち誇ったような薄汚い笑みを浮かべて座っている。


「勘当……?えっと?雇用契約、役員報酬の支払いと私の個人資産の管理委託をすべて解除する、ということで相違ない?」


「ああ、そうだ!代わりにお前の弟が、今日からこの商会の筆頭副代表になる。お前の席など、最初からなかったのだ!」


 バカバカしい。私は手にしていたお気に入りの扇子をゆっくりと閉じ、膝の上に置いた。怒る気にもならない。この場所がいかに非効率な空間であったかを再確認しただけだ。


 父は商会が自分の実力で回っていると信じているが、取引先がこの商会に便宜を図っているのは、私の作成する精緻な運用計画書と徹底した在庫管理、個人的に繋ぎ止めている仕入れルートがあるからなのにね。


「はぁ。わかりました。即刻退去するけど一つだけ確認」


「なんだ、今さら泣きつくのか?」


「商会の登記上の権利と信用について。父様、商館の土地と各支店の建物の所有権が誰の名義になっているか知っている?」


「は?」


 父は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。ああ、やっぱり知らないのだな。自分が所有していると思っていた資産が既に三年前の負債整理の際、私の個人会社に現物出資という形で移転されていることを。


「……私の個人会社が商会の資産を買い取ってる。つまり、貴方たちは今……私の所有地で私の許可なく営業を続けているってこと。明日までに全拠点の明け渡し、不法占拠に対する損害賠償金の支払いをお願いね」


「な……っ!?なにを勝手なことを!」


「勝手なのは貴方たち。私を切り離すと言ったのは父様。切り離された以上、資産を回収しますのは当然の帰結でしょ?」


 弟が顔を真っ青にして「姉さん横暴だよ」と口を挟んできたが一瞥もせずに続けた。


「横暴?これは単純な契約の履行。ああ、それから。主要な取引先……特に王室御用達の商会からは既に担当者が私でないなら契約を更新しないという書面を預かってるし。明日からの資金繰り、頑張ってください。私には一ミリも関係のないことですけれど。一応ね」


 椅子から立ち上がり、埃を払う。二人の顔が信じられないほどの絶望に染まっていく。

 どうして、自分たちが一方的に弱者を踏み躙れると思っていたのだろうか。力関係を把握できない人間が上に立つ組織はこうして内部から崩壊する。摂理。


「最後に。弟に教えて。商売というのは声の大きさではなく、数字と書面でするものだと。まあ、それを教えるための資本すら、明日にはなくなっているでしょうが?ご愁傷様」


 一度も振り返らずに部屋を出た外には、専属契約を結んでいる護衛と新しく設立した商会の馬車が待っている。


 さて、不良在庫(彼ら)を処分した後の新しい事業計画は、極めて順調。商会を追い出されてから一週間。新しい事務所の窓から街の様子を眺めていた。

 手元にあるのは、父が経営していた旧商会の倒産確率を算出した最新のレポート。


「……予想より三日早い。キャッシュフローが完全に止まった。お早いこと」


 事務机にレポートを置くとノックの音が響いた。受付の秘書が困り顔で入ってくる。


「代表。旧商会の……その、お父様と弟様が予約なしで面会を求めていらっしゃいます。かなり取り乱しておりまして、娘に会わせろと大声を出されていますが」


「予約なしですか。建物でのマナーすら忘れてしまったのですね。まぁ、はい。いいですよ、通してください。ちょうど、終わらせるべき仕事が一つ残っていましたからね」


 部屋になだれ込んできた二人は一週間前とは見違えるほどやつれていた。父はネクタイが歪み、弟は自慢の宝石付きの指輪すら質に入れたのか、指には不自然な跡だけが残っている。無様極まりない。マナーもない。


「ティフロヴリンお前、何をした!取引先がどこも門前払いだ。銀行も貸し剥がしを始めた!このままでは明日にはすべて差し押さえられるッ」


「何をしたとは心外。自身の資産を自身の会社に移しただけです。父様が勘当だと仰ったからその言葉を忠実に実行したまで。当たり前のことを言う」


「姉さん酷い!酷い!家族じゃないか。これまでのことは謝るから王室への紹介状だけでも書いて」


 弟の叫びに思わず小さく笑ってしまった。扇子で口元を隠し、怜悧な視線で彼を射抜く。


「家族?経営資源としての言葉?それとも情緒的搾取のための言葉?後者なら一週間前のあの場で完全に死に絶えた。紹介状?無能を王室に紹介して、信用を落とせと?損にしかならない。ゴミを推してクレームが来たら責任を負えないくせに」


 父が机を叩こうとしたが、背後に控える大柄な護衛が静かに一歩前に出ると手は空中で止まった。


「私は不良在庫あなたたちの処分は既に済ませたと言った。商会の利益を最大化することにしか興味がない。倒産した商会の元経営者に関わる時間は一秒あたり数金貨の損失。おわかり?」


「お、お前……実の親を見捨てるというのか……ああ!?」


「契約を解除しただけ。私を不要なパーツとして捨てたように機能しない組織を切り離した。それだけのこと。非常に合理的だと思わない?」


 手元の書類にサインをし、父の前へ滑らせた。


「これは旧商会が持っていた残りの債権を買い取るための合意書。そうね……サインすれば貴方たちの個人的な借金だけは肩代わりして清算して差し上げるけど、その代わり、二度と商売に関わらず田舎で静かに隠居して」


「な……っ、そんな!経営権を完全に放棄しろというのか!?」


「選択肢があると思っていると?明日の朝には不渡りを出した貴方たちは監獄行き。五分だけ待ちますのでサインするか、警備員に引きずり出されるか選んで」


 時計の針が刻む音だけが室内に響く。父の震える手がペンを握るのを、数値の変化を見守るような無関心さで眺めていた。それこそ彼らが望んだ可愛げのない女のやり方だ。


 二人が這々の体で部屋を去った後、重厚な扉が静かに閉まった。張り詰めていた空気が霧散し、室内には再び静寂が戻る。深く椅子に背を預け、ようやく扇子を机に置いた。


「……五分もかからなかった。計算違い」


 独り言ちた私の背後から、これまで石像のように控えていた護衛のカッドがふっと肩の力を抜いて歩み寄ってきた。彼は私のために新しい紅茶を淹れ、完璧な所作で机に置く。


「お疲れ様でしたティフロヴリン様。……少々、怖かったですよ。冷徹な眼差し。こちらもヒヤヒヤしました」


「ビジネスに必要な顔をしていただけよ。彼ら相手に情けを見せれば、骨までしゃぶられたでしょうから」


 カッドは苦笑しながら、椅子の後ろに回り込んだ。許可も得ずに肩に大きな手を置く。本来なら無礼な振る舞いだが、部屋に二人きりの時だけ彼は護衛という契約の仮面を外す。


「指先が冷えています。あんな連中のために少し無理をなさいましたね」


 手から伝わる体温が、凍てついていた私の思考をゆっくりと溶かしていく。カッドは実家で無能な弟のスペアとして扱われていた頃に唯一、一人の商人として見出し、個人資産の形成を影で支えてくれた男だ。


「……カッド、これでよかったの。実の親を合理性の名の下に放り出したけれど」


「ティフロヴリン様がなさったのは、害虫の駆除と資産の保全です。あなたは彼らの負債を肩代わりした。娘としての義務はお釣りが来るほど果たしてます」


 肩を優しく揉みほぐしながら耳元で低く囁いた。


「それに、これでようやく商会の長女という肩書きも消えた。これからは、私の隣でただのティフロヴリンとして笑う時間が増える……と信じていたのですが、甘かったでしょうか?」


「……商談ならその条件は却下。でも、個人的な提案なら……検討の余地がある」


 顔を赤らめるのを隠すように、カッドが淹れた紅茶を口に含んだら不思議とダージリンの香りがいつもより甘く感じる。


「検討ですか。厳しい代表様だ」


「当然でしょう?欲張りなの。商売もこれからの生活もすべて手に入れないと気が済まない」


「終身契約ですから一生お供します。私の愛しい主」


 手に自分の手を重ねる。どんな書面での契約よりも強く温かく私を縛る誓い。窓の外では新しい商会の旗が風に揺れている。


 没落した家族のことなど、もう思い出す必要もない温かな居場所があるのだから。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。

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