114【前編】最強種族の私が地上に降りたら湿度が高すぎてキレそうだけどスマホゲーのついでに世界を救ってたら聖女扱いされてて草
ざまぁなし
「はぁ?地上?何それ、美味しいの?」
浮遊島の一角。透き通るような、クリスタルでできた自室のベッドに寝転がりながら、アリスティーは盛大なため息をついた。
今日、種族の長から告げられたのは、地上に住む人間との交流の必要性。はぁ?となる。
最強種族として生まれ、天空の浮遊島で何不自由なく暮らしてきたアリスティーにとって、地上の人間などまるで興味の対象外。
「別に私が行かなくても良くない?誰でもいいでしょ、そんなの」
枕に顔を埋めてぶつぶつと文句を言うアリスティーの傍らには、いつの間にか幼馴染のラーラダが立っていた。相変わらず表情一つ変えない、絵画のような美貌を持つラーラダは、その翡翠の瞳を静かにアリスティーに向けている。
「……行くなら、おれも行く」
抑揚のない声で、ラーラダはそれだけ告げた。アリスティーは上半身を起こし、訝しげにラーラダを見上げる。
「あんたが?なんで?」
ラーラダは答えず、じっと見つめている。沈黙が肯定であることはアリスティーには痛いほどわかっていた。幼い頃からずっとそうだ。
アリスティーが何か新しいことに興味を示すたび、危ないことに首を突っ込むたび、ラーラダは常に影のように寄り添ってきた。それが彼なりの好きの表現だということはとっくに気づいている。
一途さが、ひねくれたアリスティーの心をどうにもくすぐるのだ。
「ふーん。まあ、あんたがいるなら少しは暇つぶしになるかもね。ただし、足手まといになったら即置いていくから」
アリスティーはフンと鼻を鳴らし、ラーラダに背を向けた。ラーラダは何も言わず立ち尽くしている背中を見ながら内心でほくそ笑んだ。
地上での生活なんて面倒くさいに決まっている。でも、ラーラダが一緒なら少しだけ、ほんの少しだけ退屈な日常に変化が訪れるのかもしれない。
「ったく、こんなジメジメした場所、よく住めるね人間って」
地上に降り立って真っ先に湿度の高さに文句を言った。浮遊島とはまるで違う熱気がこもった空気が肌にまとわりつく。
ラーラダは何も言わずアリスティーの隣を静かに歩いている。顔は無表情のままだが、アリスティーの小さな不平一つにも視線は常に寄り添っていた。
「ラーラダ、暑い」
少しだけ甘えた声を出すと瞬時に彼女の前に立ちはだかり自身の能力で周囲の空気を冷やし始めた。ひんやりとした風がアリスティーの頬を撫でる。
「……これなら」
ラーラダが問いかけるように見つめるとアリスティーは満足げに頷いた。
「うん、助かる。流石ラーラダだね」
素直な感謝の言葉に口元がほんのわずかに緩んだように見えたが、アリスティー以外には誰にも気づかれないほどの些細な変化だった。二人が最初に向かったのは都会の喧騒の中。
アリスティーは空中に浮かぶ巨大な広告、耳をつんざくような車のクラクション、無数の人間が行き交う光景に露骨に顔をしかめた。
「なによこれ、ゴミゴミしてるしうるさいし。一体どうやってこんな場所で生活してるわけ?」
眉をひそめ、人々の間に埋もれるようにして歩く。ラーラダは常にアリスティーの周囲に気を配り、不意にぶつかってくる人間がいれば、さりげなくアリスティーを庇った。
その時、アリスティーのスカイスマホ。浮遊島から持参した最新モデルがけたたましい音を立てた。画面にはダウンロードしたばかりのゲームアプリの通知が表示されている。
「あ、イベント始まったじゃん!ちょっと待って、これやらなきゃ」
アリスティーは路地の片隅に移動し、スカイスマホに夢中になり始めた。ラーラダはそんな背中を見守っている。
すると、突然一人の男が二人の目の前に現れた。だらしなく着崩したシャツに、無精髭。いかにもなチンピラ風の男だ。
男はアリスティーのスカイスマホをちらりと見て、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「おい、嬢ちゃん。随分いいモン持ってんじゃねぇか。ちょっと見せてみろよ」
男がアリスティーに手を伸ばした瞬間、ラーラダの目が鋭く光った。アリスティーはゲームから顔を上げることなく、冷たい声で言い放った。
「あんた、今私に触ろうとした?もしかして、生きてるのが嫌になった?」
アリスティーの言葉には何の感情も込められていなかったが、その声の底に宿る絶対的な威圧感に男はゾクリと悪寒を感じた。
ラーラダは一歩前に出て男の顔を見据える。冷たい視線に男は完全に動きを止めた。
「……ひっ」
男は震えながら後ずさり、やがて一目散に逃げ去っていった。アリスティーは男が消えたことに気づかず相変わらずスカイスマホの画面をタップしている。
「まったく、変なのが湧いてくる。ラーラダ、あんたちゃんと見てた?」
「……ああ」
ラーラダは短く答えると再びアリスティーの隣に立つ顔はいつもの無表情に戻っていたが、視線は以前にも増してアリスティーに集中していた。
「やっっっっと終わった……今回のイベント報酬マジでしょぼすぎ」
アリスティーはスカイスマホを乱暴にポケットに突っ込むと、心底うんざりした顔でため息をついた。ラーラダは黙って様子を見守っている。
街はすっかり夜の帳が降り、ネオンの光が地面に乱反射していた。
「あーあ、なんか面白いことないかなぁ」
アリスティーはぶらぶらと歩きながら退屈そうに呟く。その時、どこからか賑やかな音楽と歓声が聞こえてきた。アリスティーは音のする方に目を向ける。
「なんだあれ?お祭り?」
人だかりの先にあったのは、小さなステージと囲むように設置された屋台の数々。どうやら地域の夏祭りのようだ。
好奇心からか自然とそちらへ足が向いた。ラーラダも一歩遅れて隣に並ぶ。
「金魚すくい!ラーラダあれやってみたい!」
目を輝かせ、金魚が泳ぐ水槽を指差した。普段見慣れない地上の文化に好奇心が刺激されたらしい。
ラーラダは無言で屋台の店主に金を払い、二つのポイを受け取った。アリスティーは不器用な手つきで金魚をすくおうとするが、すぐにポイは破れてしまう。
「もう!なにこれ難しすぎ」
アリスティーが膨れると、ラーラダは静かに自分のポイを差し出した。迷いなく水槽にポイを入れ、瞬く間に五匹もの金魚をすくい上げた。
手際の良さに周りの子どもたちからも「すげぇ!」と歓声が上がる。
「……はい」
ラーラダはすくった金魚をアリスティーに差し出すのでアリスティーは目を丸くしてそれを見つめ、やがてくすりと笑った。
「ふふっ、流石ラーラダ。やるじゃん」
ラーラダはアリスティーの褒め言葉に、いつもより少しだけ表情を和らげたように見えた。そんな二人の様子を、少し離れた場所から興味深げに見ている人物が。
そこにいたのは、派手な柄のアロハシャツを着た、いかにも胡散臭そうな笑顔を浮かべた男。彼の手には何やら怪しげな光を放つ宝石が握られている。
「ほう……面白い二人組がいるじゃねぇか。特にあの男タダ者じゃねぇな」
男はニヤリと笑うとアリスティーとラーラダの後をつけ始めた。夏祭りの夜店を冷やかし、珍しそうに人間たちの賑わいを見つめるアリスティーとラーラダ。
金魚すくいの成果にご満悦のアリスティーは次に何に興味を示すでもなく、場の雰囲気を楽しんでいるようだった。ラーラダは常にアリスティーの傍らに立ち、翡翠の瞳は周囲を警戒するように巡らされている。
その時、一人の男が二人に近づいてきた。派手なアロハシャツを着て頭にはバンダナ。いかにも怪しげな風貌だが顔には妙に愛嬌のある笑みが浮かんでいる。
男の手には先ほどから見え隠れしていた、妖しく光る宝石が握られていた。
「いやー、お兄さんすごい腕だね!金魚すくいプロかと思ったよ!」
男はラーラダに話しかけた。ラーラダは表情一つ変えず男を見つめる。アリスティーは男の胡散臭さに眉をひそめ、ラーラダの後ろに半身隠れた。
「僕ね、リョウってんだ。ちょっとしたコレクターをやってましてね。珍しいモノには目がないんですよ」
リョウと名乗る男はちらりとアリスティーに目をやり、それから握っていた宝石をラーラダの目の前に差し出した。
「ところで、お兄さんたち……もしかして、そっちの世界の人?」
リョウの言葉にアリスティーの顔から一瞬にして笑顔が消え去った。ラーラダもまた、微かに視線が鋭くなる。リョウは二人の反応を見てにやりと笑みを浮かべた。
「ああ、そんな警戒しないでくれよ。おれは敵じゃない。君たちの力を貸してほしいくらいでね」
リョウは周りに人がいないことを確認すると声を潜めて話し始めた。
「実は最近、街でちょっとした異変が起きててさ。どうも、この世のものではない力が暴走しているようなんだ。おれも一応そっちの知識はあるんだが、どうにも手が回らなくて」
リョウは再び宝石を差し出した。宝石は奇妙なリズムで点滅している。
「これおれの勘なんだけど……もしかしたら、君たちなら異変を止められるんじゃないかと思ってさ。どうだい、興味あるかい?」
怪訝な顔でリョウを見つめた。性格からすれば、胡散臭い話には乗らないのが常。異変という言葉とリョウの持つ奇妙な宝石。退屈していた心に、一筋の光が差し込んだ気がした。
「……異変ねぇ。で、私達に何をさせたいわけ?」
問いかけるとリョウの顔に安堵の表情が浮かんだ。ラーラダは何も言わないが視線は既にリョウとその宝石に固定されている。
「異変っつってもまあ、ざっくり言えば街で常識じゃありえない現象が頻発してるってこと」
リョウはそう言ってさらに身を乗り出した。




