113聖女の役割終了につき。婚約は給料の未払いを防ぐための担保であり、私の実家である公爵家が王家の不渡りを警戒した人質に過ぎないので魔力をすべて回収し退去する権利があるので瘴気は自分たちでどうぞ
聖女/ざまぁ/追放
彼は大きな勘違いをしている。私たちが聖女と王太子という公務上のパートナーであった以上に、何らかの個人的な絆があるとでも思っていたのだろうか。
三年、一度も公務以外の話をせず視線すら合わせなかった男が今、何を血迷ったのか大勢の前で叫んでいる。
「ティフロヴリン、きみとの婚約を破棄し、国から追放する!態度は慈愛の象徴たる聖女にふさわしくない!」
「破棄、追放?手続き上の確認ですが王命として受理してもいいんですね」
「そうだ!泣いて縋ってももう遅い」
縋る?なぜ私が?
扇を閉じる音を一つ。周囲の貴族たちが息を呑むのがわかる。
隣に侍らせている、いかにも可憐で無垢を絵に描いたような令嬢。彼女が新しい聖女候補なのだろう。結構なことだ。
だが、聖女は単なる称号だとでも思っているのだろうか。そうなのだろうと呆れ果てた。
聖女の力とは国中の土地に巡らされた結界の維持、魔力汚染の浄化。無償の奉仕ではない。私と王家との間で結ばれた極めて厳格な役務契約に基づいた労働。
そもそも、婚約は給料の未払いを防ぐための担保であり、実家である公爵家が王家の不渡りを警戒して設定した人質に過ぎない。
「三年、国の魔力を清め続けました。契約書第十二条に基づき、任期満了前の解雇には相応の清算が必要になりますが、理解されています?」
「金のことか!汚らわしい。聖女が欲をかくなど!」
「金銭ではなく魔力の清算です」
彼の足元に広がる魔法陣を指差した。自分の実力だと思い込んでいる王城の輝き。不夜城を維持しているのは魔力を変換した触媒だ。
「追放されるということは、この場にある魔力をすべて回収して退去する権利が私にはあります。というより、規約上一滴たりとも残していくことは許されません。他家の娘に我が家の魔力を盗ませるわけにはいきませんから」
男の顔が少しずつ青ざめていく。指をパチンと鳴らすと王宮を包んでいた柔らかな光が、霧が引くように消えていった。途端に重苦しい瘴気の匂いが漂い始める。
「暗い!?結界は!」
「私が持ち帰りこの瞬間から、城は石造りの箱。浄化が必要ならそちらの新しい方にやらせてはいかが?ああ無理ですよ。彼女ってば魔力保有量が一般人の半分以下ですから。ふ」
隣で震えている令嬢を冷たく見下ろした。興味はないので、能力の欠如を指摘しただけだ。
貴族の婚姻は互いのリソースを補完し合うため。魔力を提供し、王家は地位と予算を提供するというもの。
愛などという不確かなものを前提にしているのは目の前の思春期をこじらせた男だけ。
「さて。婚約破棄により、自由の身。隣国の魔導大公閣下とは既にお話がついています。魔力そのものに以前から高い評価をつけてくださっていたので」
「待て、行かせるな!捕らえろぉお!」
近衛兵が動こうとするが背後に現れた影を見て、全員が石のように固まった。隣国の血も涙もないと言われる魔導大公が腰を抱き寄せて囁く。
「ひ!?」
「大事なビジネスパートナーに随分な物言いですね……ティフロヴリン、契約通り君の身柄と魔力はこれより我が国が管理するよ」
「はい」
「よろしい」
大公の冷ややかな声に王太子は腰を抜かしてへたり込んだ。元婚約者の彼を見ないのは興味がないから。ただ、去り際に一言だけ。
「殿下、解消と破棄を混同されるのは教養のなさを露呈するだけですのでお控えなさいませね?それではごきげんよう。魔物の餌食にならないよう、精一杯お励みください」
「そんなっ。いだ!?ひぃいい!」
「控えろ」
暗転したホールを後にする。明日には国が魔力不足で機能停止に陥ることももう知らない。明日から自分は自由に生きるのだから。




