107【後半】推しキャラのためにと思っていたらめっちゃ推される
普段は鋭い眼光が今日はどこか穏やかにも見える。
「今日は、何かご用があって……?」
慎重に尋ねた。ランズロウは少し間を置いて、ゆっくりと口を開いた。
「お前に、これを届けに来た」
内ポケットから小さな封筒を取り出し、ミキに手渡した。
「これは……?」
訝しみながら封筒を開けると、中には一枚の招待状が入っていた。
そこには夜影創立記念パーティーと記されており、日付と場所が書かれている。
「創立記念パーティー……?」
「ああ。お前も夜影の一員だ。招待するのが筋だろうと思ってな」
ランズロウの言葉にミキは驚きと戸惑いを覚えた。組織を抜けた自分をこのような重要なパーティーに招待するとは、一体どういう意図があるのだろうか。
「あの……参加してもよろしいのでしょうか?」
「構わない。お前はお前だ」
ランズロウの短い言葉には深い意味が込められているように感じたそれは、組織を離れてもミキがかつての仲間であることを認めている証のように思える。しかし、ミキの疑問は尽きなかった。ただ招待状を渡すためだけに、わざわざランズロウが自分の家まで来たのだろうか?
「他に何か……?」
と、ミキが問いかけると、ランズロウは少し躊躇うような表情を見せた。
「実はな……」
と、彼は言葉を選びながら続けた。
「お前が作っているゲームに興味があってな」
目を丸くした。
「私のゲームに、ですか?」
「ああ。お前が、この世界をどう描くのか、見てみたいと思った」
ミキにとって予想外のものだった。ボスである彼が自分の作るゲームに興味を持つとは。
「もしよろしければ、まだ開発中のデモ版ですが、見ていただきますか?」
ミキがそう言うと、ランズロウは小さく頷いた。
「ああ、頼む」
ミキは慌ててパソコンを起動し、最新のデモ版をランズロウに披露した。緊張しながら操作する彼女の横で、真剣な眼差しで画面を見つめている。時折、ランズロウは質問をしたり、意見を述べたりした。
それは、ゲームの内容だけでなく、伝えたいテーマやメッセージに関わるものだった。ランズロウの鋭い視点に驚きながらも、自分の考えを懸命に伝えようとする。一通りデモ版を見終えると、ランズロウは静かに言った。
「なかなか面白い。お前らしい視点で作られているな」
ミキにとって何よりも嬉しい褒め言葉だ。かつてのボスに、自分の新しい道を認められたような気がした。ランズロウは立ち上がり、ミキに背を向けた。
「パーティーの件、無理強いはしない。だが、もし気が向いたら顔を出せ。お前が作ったゲームの話も聞きたい」
言い残して、ランズロウはミキの部屋を後にしドアが閉まると、ミキは一人、呆然と立ち尽くす。
ランズロウが自分の家に来たこと、そして自分のゲームに興味を示したこと。それは、彼女にとって忘れられない出来事となった。組織を抜けても、ランズロウとの繋がりは完全に途絶えたわけではない。笑みが浮かぶ。
ミキは、ランズロウの言葉を胸に、再びゲーム制作へと向き直る。
彼の期待に応えられるような、最高のゲームを作り上げようと、決意を新たにしたのだった。
ランズロウが突然、現れたあの日から彼の行動が少しおかしい気がする。いや、もともとあの人は掴みどころのないところがあるけれど。最近は特に「?」が頭の中にいっぱいになることが多い。創立記念パーティーへの招待もその一つ。
「お前も、かつては夜影の一員だったからな」
って、確かにそうだけどもう組織を離れたわざわざ招待するなんて、らしくない気がする。他の元構成員が招待されたという話も聞かないし。パーティー当日、少し緊張しながら会場に足を踏み入れた女を迎えたのは、意外にもランズロウ自身だった。
いつもは幹部にそういったことは任せているはずなのに、入り口で一人一人に声をかけている。顔を見るなり、ほんの少しだけ目を細めたような気がしたけど、気のせいかもしれない。
パーティーの間も、ランズロウの視線を感じることが何度かあった。遠くから、じっとこちらの方を見ているのだ。目が合うと、彼はすぐに視線を逸らすんだけど。その一瞬の真剣な眼差しに、なぜかドキッとしてしまう。
「ミキ、元気そうで良かった」
そう声をかけてきたのは、パーティーの中盤。少し離れた場所にいたランズロウが、わざわざ近くまで歩み寄ってきたのだ。
「はい、おかげさまで」
「ゲーム制作は順調か?」
「はい、なんとか。ランズロウさんにもらったアドバイス、すごく参考になっています」
そう言うとランズロウはほんの少しだけ口元を緩めた。滅多に笑わない彼の珍しい笑顔を見るたびに、胸の奥がざわつくのは一体何なんだ。その後も彼はさりげなく気遣ってくれた。
飲み物を取りに行こうとしたら「おれが持ってくる」と言ってくれたり他の参加者に絡まれているのを見つけると、遠くから鋭い視線を送って牽制してくれたり。
まるで、まだ組織の人間であるかのように。一番変だったのは、パーティーが終わって帰ろうとした時のこと。出口でランズロウが、小さな箱を手渡してきた。
「これは……?」
「お祝いだ。組織を離れて、新しい道に進むお前に」
箱を開けてみると、中には美しいデザインの万年筆が入っていた。高価なものだとすぐに分かる。
「こんな、高価なものを……」
「気に入ってくれると嬉しい」
ランズロウはまたほんの少しだけ微笑んだ。彼の優しさが、今は少し重すぎるように感じた。組織を抜けた後も、ランズロウからの連絡は途絶えることはない。
時々「ゲームの進捗はどうだ?」という短いメッセージが送られてくる。返信すると、すぐに既読になるのに、返事はたいていない。
ただ、状況を気にかけてくれているのは伝わってくる。一度、徹夜続きで体調を崩した時には突然、家のドアベルが鳴った。
恐る恐るドアを開けると、そこに立っていたのは、またランズロウだった。彼はなにも言わずに栄養ドリンクのケースと、手作りの粥が入った保冷バッグを差し出した。
「無理をするな」
短く言って、彼はすぐに帰ってしまった。冷たい印象のランズロウが、手作りの粥を持ってくるなんて。一体どういう風の吹き回しなんだろう。最近では、私のゲームのデモ版が完成間近になった頃、ランズロウから。
「一度、見せてくれないか」
という連絡が。組織とは全く関係のない個人的な頼みなのに、彼は二つ返事でアパートまでやってきた。フットワークが軽い。
デモ版をプレイする彼の真剣な眼差しはゲーム業界の重役のようだった。緊張したけど。
時折、鋭い質問も飛んでくるけれど、それはゲームの内容そのものに対する興味から来ているように感じた。プレイ後、ランズロウはしばらく黙って考え込んでいた。するりと、こんなことを言い出したのだ。
「もし、資金が必要になったら、遠慮なく言え」
「え……?」
「お前の作るゲームには感じる。微力ながら投資したい。嘘じゃない」
ボスの申し出に、言葉を失った。ただの元構成員であるのに、なぜここまでしてくれるのだろう。彼の変な行動は、これだけではない。SNSを、こっそり見ているような気配を感じることもあるし(いいね!がついていることはないけれど。
絶妙なタイミングで、メッセージが来たりする。好きなお店の近くに、偶然を装って現れたりすることもあった。最初は、何か裏があるんじゃないかと疑ったけれど、彼の眼差しはいつも真剣で下心は感じられない。ただ純粋に、私のことを心配してくれているような……普通にストーカー案件だが。
もしかして、ランズロウは……なんて、そんな考えが頭をよぎるけれど、すぐに打ち消す。あのランズロウが、自分のようなただの元構成員を好きになるなんて、ありえない。きっと、こっちが何か勘違いしているんだと思う。
それでも、彼の人柄に触れるたびに、心は揺れる。彼の優しさは、まるで冬の日に差し込む、陽だまりのようだ。ランズロウの行動に戸惑いながらも、そっと胸の奥に淡いモノをしまっている。いつか、彼の行動の真意を知る日が来るのだろうか。
雨の音だけが聞こえる静かな夜。ミキは、ランズロウが投資してくれたおかげで、いよいよ完成間近になったゲームの最終調整に追われていた。もうすぐなのだ。
連日の徹夜で疲労困憊だったが、完成間近の画面を見るたびに、喜びと達成感が湧き上がってきた。気合いを入れ直す。
その日の帰り道、雨が降り出した。ザァザァと降り頻る。傘を持っていなかったミキは、仕方なく近くの軒下で雨宿りをすることにした。風が吹き込み、体温がじわりと奪われていく。
「参ったな……」
小さく呟いた時背後から、聞き慣れた低い声が聞こえた。
「こんなところで、どうした」
振り返ると、そこに立っていたのは、傘を差したランズロウだった。漆黒の傘が、彼のしっとりな雰囲気を際立たせているように見える。
「ランズロウさん……!?」
「こんな時間に一人で。何かあったのか」
彼の登場に、ミキは驚きを隠せない。
こんな雨の夜に、なぜランズロウがここにいるのだろう。
「いえ、ただ傘を持っていなくて」
ミキがそう答えると、ランズロウは何も言わずに、自分の差していた傘を少し傾けた。
「入ってこい」
遠慮しながらも、ミキはランズロウの傘の下に身を寄せた。二人の間には、沈黙が流れる。雨音だけが、間を強調しているようだ。歩き始めた横顔を見つめる。こちらが見ていることに気付いた相手は、そっと顔を傾けて唇を押し付けるまで、なにをしたのかわからなかった。
もったりとした空気で離れる吐息が熱すぎて、ぼんやりする。するりと頬を撫でられてフッとかすかに笑う声が耳に響く。
「気を保て」
雨の音が遠くに聞こえる。




