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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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101/112

101甘党な人のそばで仕事をする推しの話。この世界に来れただけでも幸運だと言うのに。これから、この憧れの人の傍で息をするのと同じくらい自然に存在できるなんて夢のようだ

ざまぁなし

 夕焼けが目に染みる薄暗い裏路地。じめっとした空気と、かすかに漂うインクの匂いが漫画で何度も見たあの独特の雰囲気を醸し出している。暗い。

 シャリエラは、まさにその光景の中に自分が立っていることに、小さく息を呑んだ。ここは。信じられない。けれど、紛れもない現実。

 心臓が早鐘のように打ち、体中の細胞が歓喜に震えている。まさか本当にこの世界にいるなんて。しかも、憧れのユーティスが率いる組織の一員として!


「おい、新入り!」


 背後から低い声が響き、シャリエラの肩がびくりと跳ね上がった。同時に脳髄に焼き付いている声が、現実のものとなって耳朶を打つ。

 ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、画面の中で幾度となく見つめ、焦がれてきたユーティスその人だった。


 少しばかり眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな表情をしているけれどポッとなった。その顔さえもシャリエラにとっては堪らない魅力として輝いて見える。


「あ、はい!シャリエラです!」


 緊張で喉が引き攣りそうになるのを堪え、シャリエラは精一杯明るく返事をした。ん?ユーティスの鋭い視線が値踏みするようにシャリエラを捉えている。瞳の奥には、警戒の色が滲んでいるようだ。


「経理?お前みたいなのが務まるのかよ」


 あー、なるほどね。第一印象は最悪に近いけれど、その口の悪さの奥には、相手を見極めようとする真剣な眼差しが宿っている。

 そうは言われても。シャリエラは背筋をぴんと伸ばし、胸を張って答えた。


「もちろんです!ユーティスさんのためなら、どんな複雑な数字の羅列も決して見逃しません!」


 言葉にユーティスは一瞬目を丸くした。

 ふふっ。まるで、予想外の言葉に戸惑っているようだ。すぐにその表情は胡散臭そうな笑みに変わった。


「へぇ、随分と物好きもいたもんだな。ま、いい。うちの連中は揃いも揃って金勘定が苦手な連中ばかりだ。せいぜい、おれの足を引っ張るなよ」


 そう言い捨てると、ユーティスはシャリエラの横を通り過ぎ、事務所の奥へと歩いて行った。その動きの一つ一つが、漫画のコマから抜け出してきたかのように、シャリエラの目に焼き付く。歩くたびに、かすかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。一体何の香りだろう?

 後ろ姿をシャリエラはキラキラとした、熱い視線で見つめた。


(かっこいい……!あの人を射抜くような眼光も少し乱暴な口調も全てが!)


 シャリエラの心は早くもユーティスへの熱烈な愛で満ち溢れていた。常識外れだと非難されても構わない。

 この世界に来れただけでも幸運だと言うのに。これから、この憧れの人の傍で息をするのと同じくらい自然に存在できるなんて、まるで夢のようだ。


 だが、不安もある。経理の仕事は決して楽ではないだろう。裏社会の組織の一員として働くのだから、危険も隣り合わせだろう。

 けれど、ユーティスのためなら、どんな困難だって乗り越えてみせる。シャリエラは心の中で固く決意し、拳を握りしめた。


「はい!」


 小さく意気込むとシャリエラはユーティスの後を追って歩き出した。るんるんだ。事務所の中は、漫画で見たままの、少し殺伐とした雰囲気が漂っていた。

 周りを見回してみる。

 薄暗い照明の下、無造作に置かれた書類や、使い込まれた事務用品が、この組織の歴史を物語っているようだ。


 けれど、シャリエラは物怖じすることなく、与えられた簡素なデスクに向かい、早速積み上げられた書類の整理を始めた。もっと電気を明るくすれば、書類も見やすいのに。


 そう思いながらも、シャリエラはテキパキと手を動かす。ふと顔を上げると、ユーティスが奥のソファで何やら甘いものを美味しそうに頬張っている姿が目に入った。

 おっ。その無防備な横顔を見た瞬間、シャリエラの心臓は、まるで初恋のように激しくときめいた。


 一体何を食べているのだろう?少しだけ分けてもらえないだろうか。普段は、他人のものなんて欲しがらないけど。そんな淡い期待を抱きつつ、シャリエラは再び書類に目を落とした。


「あんた、なかなかやるじゃねぇか」


 夕暮れが迫り、シャリエラが山積みの書類と格闘していると不意にユーティスが声をかけてきた。低いけれどどこか興味を引かれる声。心臓が警報のようにけたたましく鳴った。


(ユーティス!だっ!)


 顔を上げると、ユーティスはシャリエラのデスクの傍に立っており、その手にはいつの間にか新しいケーキの箱が握られている。先ほどから漂っていた甘い香りはこのケーキのものだったようだ。甘党だぁ。


「ありがとうございます!ユーティスさんのお役に立てて、本当に嬉しいです」


 シャリエラが満面の笑みで答えると、ユーティスは少し照れたようにそっぽを向いた。耳元が、ほんのり赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか?


「別に褒めてねぇよ。当たり前のことをしたまでだ」


 そう言いながらもその口元は、ほんの少しだけ緩んでいるように見えた。シャリエラは、そんなユーティスの小さな変化を見逃さない。


(ふふ、やっぱり可愛いところもあるんだ)


 愛でるための就職活動は、こうして静かに幕を開けた。シャリエラは大好きなユーティスの傍で、経理の仕事を通して、彼の日常を支え魅力的な姿をたっぷりと堪能していくのだ。


 もちろん裏社会の危険も常に隣り合わせだけれど、そんなことよりもユーティスがふとした瞬間に見せる優しい表情や、甘いものを頬張る幸せそうな顔を間近で見られるならばどんな困難だって乗り越えていける気がするのだ。


 今日もまた、ユーティスの隙のない横顔をうっとりと見つめ、時折ニヤつく自分の頬を慌てて抑えるのが、シャリエラの日常になりつつあった。


 翌日、シャリエラはいつもより少し早く事務所に到着した。まだ誰も来ていない静かな空間に、朝日が優しく差し込んでいる。

 昨日、山のように積まれていた書類は、シャリエラの頑張りによって綺麗に整理され、机の上はすっきりと片付いていた。新しい一日が始まる予感に、胸が高鳴る。


「おはようございます!」


 少し遅れて出勤してきた組織のメンバーにシャリエラは明るく挨拶をした。

「お、おう?」


 強面で無愛想な男たちばかりだが、昨日のシャリエラの働きぶりを見て、少しだけ態度が軟化したようだ。中には小さく会釈を返す者もいた。

 やがて、ユーティスが事務所に姿を現す。相変わらず気難しそうな表情をしているが、その手に持っているのは、見慣れない可愛らしい箱だった。一体何だろう?


「おはようございます、ユーティスさん!」


 シャリエラが声をかけるとユーティスはちらりとこちらを一瞥し、無言で自分のデスクへと向かった。あー。

 少し残念に思いつつもシャリエラは自分の仕事に取り掛かる。今日の業務は、先月の収支報告書の作成だ。

 数字とにらめっこしながら、電卓を叩く音が事務所に響く。しばらくすると、ユーティスのデスクから、何やら甘い香りが漂ってきた。


 我慢できずにそっと顔を上げると、ユーティスは先ほどの箱を開け、中に入っていた色とりどりのマカロンを美味しそうに頬張っている。

 その姿は、昨日のケーキ同様、どこか子供っぽく、シャリエラの心を温かくした。


(ユーティスさんは本当に甘いものがお好きなんだな)


 ふと、シャリエラは自分のデスクの引き出しに手を伸ばした。昨日の帰り道、つい立ち寄ってしまった近所の洋菓子店で買った、小さなチョコレートケーキが入っている。

 ユーティスに、少しだけお裾分けしてみようかなぁ。そう思った瞬間、シャリエラの心臓はドキドキと高鳴った。


 こんな大胆な行動に出るのは、生まれて初めてかもしれない。

 意を決して立ち上がり、ケーキの箱を手にユーティスのデスクへと近づいた。

 ユーティスは、まだマカロンを味わっているようだ。声をかけるのを躊躇していると、不意にユーティスが顔を上げた。


「なんだ?」


 警戒するように鋭い視線がシャリエラを射抜く。シャリエラは緊張で手に汗を握りながら、精一杯の笑顔で言った。


「あの、ユーティスさん。もしよろしければ、これ……」


 差し出したのは小さなチョコレートケーキの箱。ユーティスは訝しげな表情でその箱を見つめた。


「なんだ、これ?」


「昨日、帰り道に見つけたケーキ屋さんで、美味しそうだったので……もし、よろしければ少しだけどうぞ」


 シャリエラの言葉にユーティスはますます怪訝そうな顔になった。周囲のメンバーも何事かとこちらを見ている。気まずい沈黙が流れた。


「……別にいらねぇよ」


 ユーティスの冷たい言葉がシャリエラの胸に突き刺さった。やっぱり、迷惑だったんだ。

 期待してしまった自分が愚かだったなとしょんぼりと肩を落とし、ケーキの箱を抱きしめながら自分の席に戻ろうとした、その時だった。


「……だが」


 ユーティスの低い声が再びシャリエラの足を止めた。振り返るとユーティスは少しだけ視線を逸らしながら、ぶっきらぼうに言った。


「一口だけなら、もらってやらんこともない」


 シャリエラの顔がぱっと明るくなった。

 信じられない。まさか、受け取ってくれるなんて。


「本当ですか!ありがとうございます!」


 再び笑顔になったシャリエラに、ユーティスはますます不機嫌そうな顔をした。


「勘違いするなよ。別にお前に感謝してるわけじゃねぇ。甘いものは別腹だ」


 耳はやはり少し赤くなっているように見える。シャリエラはそんなユーティスの素直になれない可愛らしさに、胸がキュンとした。

 その後、ユーティスはシャリエラから受け取ったチョコレートケーキを、本当に一口だけ味わった。その時の、ほんの少しだけ緩んだ表情をシャリエラは見逃さなかった。


(ふふ、やっぱり可愛い……!)


 こうして、シャリエラのユーティスへの愛は、ますます深まっていくのだった。

 経理の仕事を通して、ユーティスの意外な一面を知るたびに、シャリエラの心は甘く満たされていく。

 裏社会の危険な日常の中で、ユーティスの存在は、シャリエラにとって一筋の光となっていた。

 今日もまた、シャリエラはユーティスのために、数字と真剣に向き合うのだった。いつか彼の心を射止める日を夢見て……。


 数ヶ月後、シャリエラはすっかり組織に馴染んでいた。正確で丁寧な仕事ぶりは、ユーティスをはじめ、周囲のメンバーからの信頼を確実に集めていた。

 当初は訝しんでいた強面の男たちも、シャリエラの明るさと真面目さに触れるうちに、時折冗談を言うようになった。


 事務所の雰囲気も、以前に比べて幾分か和やかになったように感じるシャリエラにとって、何よりも嬉しかったのは、ユーティスとの関係が少しずつ変化してきたこと。

 相変わらず口は悪いけれど以前のような冷たい眼差しは減り、時折、労いの言葉をかけてくれるようになった。

 差し入れの甘いものを無下に断られることもなくなった。むしろ「お前も食うか?」と、声をかけてくれることさえある。


 ある日の午後、シャリエラが書類と格闘していると、ユーティスが珍しく自分のデスクまでやってきた。手に持っているのは、いつも彼が愛飲しているブラックコーヒーの缶だ。


「おい」


 ぶっきらぼうな声に顔を上げると、ユーティスは無言でそのコーヒー缶をシャリエラのデスクに置いた。


「……徹夜続きで隈ができてるぞ」


 そう言い残して、ユーティスは自分の席に戻っていった。シャリエラは、置かれたコーヒー缶をジッと見つめた。ブラックコーヒーは少し苦手だけれど、今はその温かい気遣いが何よりも嬉しかった。


(ユーティスさん……)


 口には出さないけれど感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。彼の不器用な優しさがシャリエラの心をじんわりと温める。

 仕事中、ふと顔を上げるとユーティスがたまにシャリエラの作業を見守っていることがある。


 疑うような警戒の色はなく瞳には、ほんのわずかながら、心配されている色のようなものが宿っているように見える。

 シャリエラがそれに気づくと、ユーティスはなにもなかったかのように、そっぽを向けてしまうのだが。


 組織内でのシャリエラの立場が安定するにつれて、ユーティスは複雑な仕事も任せるようになってきた。それは、組織の根本に関わる機密情報に触れることも、意味する。

 シャリエラに対する信頼の証だと感じ、身が引き締まる思いだった。もちろん、裏社会の危険がなくなったわけではない。


 時折、事務所に緊張感が走るような出来事も起こる。そんな時、ユーティスのそばにいることで、シャリエラは不思議と安心的な気持ちでいられた。

 彼の冷静な判断力と、組織を守ろうとする強い意志を間近で見るたびに。

 尊敬の念は深まっていった。ある夜、組織が危険なトラブルに巻き込まれた際、事務所に怒号が飛び交い、幹部たちが慌ただしく動き回る中。


 シャリエラはデスクに向かって書類などの整理を急いでいた。突然、激しい物音が響き、命を奪う弾丸がシャリエラのすぐ横の壁に突き刺さった。


 恐怖で体が凍り付いたシャリエラだったが、次の瞬間、ユーティスが素早い動きでシャリエラを庇うように前方に立った。

 彼の背中は力強くパーソナルスペースの中にいることで、シャリエラはびっくりするほどの安心感を覚えた。


「大丈夫か、新入り!」


 響くけれど、いつものぶっきらぼうな声の中にも多大な心配の色が感じられた。


「は、はい……ありがとうございます、ユーティスさん」


 震える声で答えるシャリエラにユーティスは横柄に頷くと、鋭い視線で周囲を睨みつけた。その姿は、頼りになるリーダーそのもの。

 この一件以来、組織のメンバーはシャリエラに対する信頼を深めた。危険な状況の中で、彼女が動揺せずに役目を果たそうとしていたことを、彼らは見ていたからだ。


 ユーティス自身も以前にも増してシャリエラを気遣うようになった。仕事の後には「疲れただろう」と声をかけ、お気に入りのお菓子を差し入れてくれるように。それは褒美だった。


(ユーティスさん……少しずつ私のことを認めてくれているんだ)


 嬉しさが胸の中に灯るのを感じながら、シャリエラは今日もまたユーティスのために受けた仕事を果たしていくのだった。

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