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23グラムの旋律  作者: 雨水雄
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そのLI

いつかあなたと出会える日があるとするならば。


それは私が生きた証を目にするときであればいいな、と。



私が手に持つこの一枚の絵画は。

今はまだなんの意味もなく。どこにも誇りなんてない。

でも、たった一つ条件を満たせば……。


これを渡した先に訪れる彼女の顔が物語るその結末が。

私にとってかけがえのない宝物になるのだ。




昨日、私はこの描かれている一本の桜の木を、背景にすることにした。

愛歌あいかに桜を見せたかった。

でも本当は愛歌あいかと一緒に桜を見たかったから。

だから、私は桜を背景にした。

代わりに、被写体は私の想像のみの頭の中だけで構成された姿形をしている。

ただでさえ目の前の被写体を紙一枚に写し出すことすら私には困難だというのに……。

あぁ、でもなんでだろうか……これには文句の付けようがない。

こんなにも私の記憶はどこまでも繊細に鮮明にその姿形を焼き付けていた。

それもそうか……。

あんなにも毎日同じ絵を見てんだもんね……それも飽きることなくいつまでも、いつまでも……。

追憶の暇も与えないほど私の脳内フィルムはその後ろ姿、あの横顔、あんな表情に。

こんな音色を根強く刻み込んでくれたんだ。


私の歩いて進むにつれて、その奏でられた音符の風がどんどんと主張を激しくする。

近付いて行くたびに、私と彼女の距離は縮んでいく。

追うのみの私と、待つのみの彼女は互いにあの教室で引かれ合う。

そうなんだよ……あそこに行けばまた会える。そしたら話せるし笑えるし幸せになれる。


それなのに、私たちは何度すれ違ったのだろうか……。

そばにいてくれるだけでよかったのに。

私はそばにいるだけじゃ許されないと勝手にもがいて苦しんでその度に追うことを止めていた。

彼女もまた待つことに痺れを切らしては急に逃げ出して私から離れようとする。

そして私たちは失うことを知り、一番知りたくなかった感情と出会う。

私が歩む人生という道のりは、振り返ることは出来ても、踵を返すことは許されていなくて。

時計は同じ場所をぐるぐると回っているだけなのにその分、私だけがその秒針につられてページが綴られていく。

笑っていられるだけじゃなくて、寂しくて悲しくて虚しくて死にたくて泣いてしまうときもまた取り返しのつかない私の物語。

どんなに綺麗な言葉を並べようとしても、顔を覗かせるのは自分の無知無力のせいの淀みや濁りや汚れ。

ふと気がついた時にはすでに美しいとは似合わない一文が書き記されていたりする。

修正しようとしてもその文字は油性ペンよりも粘着質で消せやしない。

たったひと単語。ひと文節。一文章ですら私の人生は誇りに思える表現を用意するのが一苦労だった。

今まさにこの一面、一場面を格好良く彩ろうとしても私はそんな上手い言い回しが思いつきゃしない。

人生は短く、芸術は長いというのに……。

私が残すこの一冊の人生物語は、惨めで憐れで憐憫で不憫。

それでいて、ちょっぴり自信があるからこそ、二人といない傑作になるのだ。

いや違うか……。

もうすでに戻ることができないからこそ、進むしか残されていない不可逆の迷路だからゆえ……私は私だけの傑作のための選択を続けるのだ。


そして、私は今一番正しいと思う道順の末、その一室の前に立つ。

開ければグッドエンド……とまではいかない。

私の放つ言葉。私の取る行動。私が見せる表情こそが。

愛歌あいかの選んだ答えこそが。

私の人生の絵画で例えるなら……もう後戻りのできない主線引きの時間だ。


私の足跡は小さく、いつも直線を刻めたわけじゃない。

死んだら終わりの一度きりで、振り返ればいつも目に映るのは私の二人の足の形をした小さな穴だけ。

歩けば歩くだけその跡は形成され、戻ることがない分重なることもなく、いつも綺麗は二足分の轍が点々と道程を示してた。

ただそれは私だけの話で。

私の足跡の上に、誰か他の人の足跡が上乗りすることはあった。逆も然り、私は度々誰かの人生の一部になっていた。

その責任は私には耐えられなくて逃げ去りたくもなったときはいくつもあった。

でも、逃げた先に待っているのはいつも虚空で空虚で、空っぽな物語だった。

消極的で利他的で、排他的……ゆえに主人公がどこにもいないページだけが紡がれていた。

これは誰の人生なんだと誰もがその一冊から目を背けることは間違いなかっただろう。


そうだ、これは私の人生だ。

でも、私だけではどうにも綺麗な文字は並べられなくて。

だから人として、誰かと手を取り合って、人らしく生きていかなければ極彩色は扱えない。

かといって、誰かと絡まる時間は次第に雁字搦めになって解くのにまた時間がかかってしまうときもある。もしかするともう見捨てられてしまうこともある。

そうやって、誰かが垂れ流す墨汁が私の一冊を、私が描く絵画を黒く絶対的な傷を残すのだ。

私はまだ短く儚い旅路の眺めしか知らないけれど。

もう、愛歌あいかがいなければこの人生が成り立たないことは分かっている。

でも、愛歌あいかはどうなのかな……ううん。

もう、認めようよ、私。

私たちは、もう欠けちゃいけないんだってさ。

だからちゃんと言葉にしよう。ありふれた中でも、かき消されないように。

私の声でしっかりわがままを聞いてもらおうよ。


私たちと告白は、遠回りをし過ぎたんだよ。




私はその扉を開け、その音色が一番よく聴こえる彼女の前に立つ。

「どうも、愛歌あいか

「ええ、待っていたわ、透華とうか

目を見つめ合い。愛歌あいかは少しでも目線の高さを合わせるように立ち上がる。それでも私たちの身長差は隠しきれないほど口付けにはほど遠い。

それでも、私は愛歌あいかの華奢な肢体に両手を回す。

ぐっと力強く引き寄せ体を密着させる。

小さな愛歌あいかの体は私の腕の中にすっぽり収まって、胸元でかすかに頭部を揺らす。

愛歌あいか……お待たせ」

「待ってないわ。わたしこそ迷子になってしまってごめんなさい」

私たちは追うものと待つもの。

それなのにその掟はいつの間にか破られては近づこうと離れていていた。

それはなぜだろうか……答えは今になって分かる。

私たちは、そのとき自身の人生を放棄しては、大切な人の足跡だけを追いかけてしまっていたからだ。

それではいたちごっこのようには背中を見つけられず、水掛け論のように正解は擦り合わせになっていく。

机上の空論のように錯覚も見えず、砂上の楼閣みたいな幻覚もお目にかかれないまま……。

私たちはただ、理想だけが膨らんでいたんだ。

あなたの幸せだけがあればいいと。その相手に本当の幸せも聞かずに。

「だから、私たちは今ごめんをしたよ」

「ええ、ごめんなさいをしたわ」

「じゃあ、私から一つ愛歌あいかに聞いてほしいことがあるの」

「わたしも。透華とうかに一つだけ答えたいことがあるわ」

私は難しい言葉を覚えても、使うことができないから。

ちゃんと意味が分かる言葉を、ちゃんと私の気持ちを乗せるだけ。


「ねぇ、愛歌あいか。私に、あなたの価値観を変える権利を下さい」

「ええ、愛してるわ透華とうか

私と愛歌あいかは、このとき。

お互いにとっての初めての愛情という名の証を交わした。

あぁ、それはとびっきり普遍的な表現方法だった。




これは、一人の少女が好きなことを楽しく続けられたのはあなたのおかげだと恩返ししたい気持ちと。


その気持ちを乗せた音色に惹きつけられた少女が、その耳を撫でる音楽の心地よさを与えてくれる彼女に恩返ししたい気持ちが。


重なっては衝突してしまっただけに過ぎないほんの数ページの物語なのだ。




「やっぱりさ、愛歌あいかがいないと私は絵を描けないんだと思う」

「わたしも、透華とうかがいてくれないとピアノを弾くなんて考えられないわ」

あなたとだからこれが好きだと言える,

だから続けられる。

そう言える人があなたにはいますか?

いや、いるんだよ。

その努力が見つけられるその日まで、努力をすること。

それが報われる瞬間なんだと、信じることから始めること。

私たちは、今日このときから、それが始まったんだと確信した。


私たちはピアノの前で、一つの椅子に二人で腰掛ける。

目の前に置いてあるのは見慣れた楽譜でも、見慣れないスコアでもない。

こんなところには似つかわしくない、たった一枚の絵だった。

桜の景色に包まれながら優雅にピアノを奏でる愛歌あいかの姿。

それを眺めながら私はまた耳を澄ませた。

伸びやかに自由に吹き鳴らす音符の波に。

そして私一人分のほんの些細な願いを込めた。

流れ出す魂の響きが。

どこまでも、どこまでも、どこまでも遠く……。

どこかにいるあなたの元にも届きますように、と。


どうも雨水雄です。

えっと……まぁ約1年と少しですかね。

あぁ、もう一年も経ったのか……なんて実感は湧いてこないのですが。

そりゃ週に一回しか投稿してなかったわけですし、すぐに一年が来たって感覚ではないのですが。

もう終わったんだなぁ……と書くことが無くなったことに淡々と驚いております。

書き溜めていたプロットも気付けば少しずつ消費されていて、ときには新しい思いつきがあったり、割愛しなきゃ……みたいな場面もあったのですが、やりたいことはもう詰め終わったなぁ……とやっぱりまだ手が止まりそうにないです。

そりゃ彼女たちの人生はまだ続いていて、これからもそれを綴ることはできるんでしょうが……もう見守るべき段階でしょう。干渉すら世話焼きはここまでなのかなとも思ってます。

アフターストーリーなんかは、やはり思い出のようにいつか振り返るくらいが笑い話に次第ので、まだ辛抱しようかなと。

まぁここでこの作品を作るにあたって少しお話しするとして。

一応本編の中にあるように、パンが話題になるお話では雨水の実体験が多く語られてます。

実際パン屋は一言でしんどいです。みんながまだ寝ているようなら時間から出勤しては休憩なんてないのが当たり前で最後はサラリーマンと同じような時間一緒に退勤する……なんて毎日を送ってましたしね。でもそんなに時間を費やしても成長速度はまちまちで理想が遠くて遠くて仕方なかったです。先の景色がぼやけては足が止まって、なにしてんだろう……なんて生活が狂うときもありましたなぁ……思い返せば中々に壮絶な日常でしたよ。

でもそれでもここまで踏ん張って来れたのは、夢がブレなかったからでしょうな……とほほ。

夢だけはこれだ!と雨水の中では決まっていたので、どうにかじりじりと地面を削っては一歩ずつ着実に夢に向かう感じでした。

かといって今が夢へ直線的に進んでるかと言われればそれはまた別で、紆余曲折の真っ最中かと。

ただでも、それもまた一興で、だからこそ夢とはここまで追い求めたくなる憧憬なんだなとモチベーションになったりもします。雨水はなんというかネガティブ思考をポジティブ発言で中和するちょっとしたメンタル強なんだと自負してます。

人生は人一人に授けられた一度きりのチャンスなわけですから。その貴重さが上手く描かれてたらなぁ……とは思います。

まだ話したいことは多く残ってますが、それは次の作品が始まった時のたまにとっておきましょう。

ええ、必ず雨水は次回作も届けると約束しましょう。

ですので、ここで一旦ちょっぴりお別れですが。

また会える日をお待ちしております。


みなさん、ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。

ではまた会える日を。

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