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23グラムの旋律  作者: 雨水雄
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そのXLVIII

見つめた紅一点の先で。

柘榴の花が輝くのはほんの些細な時間なのかもしれない。


それでも、それは唯一の紅色だからこそ見つけることができる。

それは変わろうとする人の萌芽なのかもしれない。


次回の投稿は火曜日になります!

私が描いたものは、全て私だけが描いた世界で一つのもの。

たとえ誰かと比較されて蔑まされても。

いっそのこと破り捨ててしまっても。

もしも途中で筆を折ってしまったとしても。


それでも、私がそのキャンバスに写しだしたもの全てが。

私だけの作品になるのは、一寸の互いもない事実だ。




それならば私の描きたいものを探すことが、絵を描くことを選んだ私に定められた使命だ。

その人に、その人のリクエストを聞いて回るよりも、私が思うその人の一番が、いずれその人にとって一番になるような……その一作品を。

そうだな……例えるならもしその人の誕生日プレゼントを渡すことになったとしよう。

その場合、私はその人の欲しいものだけを渡すよりも、私なりにその人のことを精一杯考えた結果のプレゼントを送っても、それは正しいと言えるんじゃないかということ。

時にそれが不適切なこともあるかもしれない……。

確かに、その人が欲しいと言っているものをあげるだけというのもいいのかもしれない……。

それでも、私が逆の立場の場合。

私はその人がいっぱいたくさん頭を抱えて悩んでくれた結果に生まれたプレゼントをもらいたいから。


だからこれはエゴだ。自己満足だ。

私だけが理解できるだけの利己的な理想かもしれない。

でも、私の愛の形はそうであるがゆえに。

私はその愛の形をその人に与えたい。

その人もその愛を求めている気がするから。

それを確信に変えるための一手を。今用意するんだ。


そんな私のわがままを生んだのは。

私にとって大きくて立派で眩しすぎる存在たちだった。




あの日、私はとりあえず家に帰ることにした。

気持ちの衝動は凄まじく、早く愛歌あいかにこの絵を届けたい一心だった。

ただ、でもまだ一人では不安もあって、手に持っていたスケッチブックを淡々と愛歌あいかに渡すだけの覚悟が備わっていなかった。

だから、私はそのとき愛歌あいかには会わず、家路に着いた。

「ただいま……」

覇気のない声色で家に着くと、返事はなかった。

それもそうで……母はまだ仕事なのだから……。

あの桜の景色から離れたときにはすでに午後3時を過ぎていて、家にたどり着いたときは少し夕暮れに染まっていた。

それでも、母が帰ってくるにはまだ早い時間帯で、私を迎えてくれる声が返ってくることはなかった。

靴を脱いで、リビングに行くとなぜか電気が点いていた。

「もしかして私電気消し忘れてたのかな……」

いや違う……今日私は進也しんやのパンを受け取るために早朝から家を出たはず……。

だから母が電気を消し忘れていったのか……。

「バタバタしてたのかな」

最近は仕事も落ち着いてる風に見えてたけど勘違いだったのかな……。

もしまた無理なんかしてたら……なんて少し不安と懸念が胸をもやっとさせた。

すると、家の中でガタンっと物音がした。

「っ! な、なに……?」

今、この家では私しかいないはず……。

私は恐怖で心臓をバクバクと鳴らせる……。

もしかして空き巣……? おそるおそるリビングの扉をほんのちょっぴり開ける。

頭半分だけを出して玄関に視線だけ向ける。

…………誰もいない。靴が荒らされているわけでもない。

次に逆方向へ向く…………特に足音が聞こえるわけでもない。ほかに電気が点いている場所があるわけでもない。

となると私の部屋…………?

私は足を震わせながら、それでも足音を殺しながら静かに階段を昇った。

昇りきったところで、廊下に気配は一切なかった。

私の部屋が開いてるわけでもなにか違和感があるわけでもない……いや。

ふと視界に入った母の寝室が少し開いていた。ついでに部屋の明かりが隙間から漏れ出していた。

「もしかして…………」

すでに帰ってきている……?

いやむしろその可能しか考えられず、私は安堵で胸を撫で下ろす思いでさっさとその寝室の扉を開いた。

ガチャという開音で母が振り向く。焦った表情をしていたが、すぐさまはにかんで見せた。

「ごめんごめん……うるさかったよね」

「いや、いると思わなくてすごい焦った」

「はは……今日はちょっと早く帰れたんだ。あ、おかえり透華とうか

「うん、ただいま。てかそうだったんだ。最近はもう仕事も落ち着いてるんだね」

「だいぶね。今回の作品はメインじゃないからね。だからかなぁ……なんか心の余裕みたいなのができてついこれが見たくなってさ」

「……なに見てるの?」

「ん〜透華とうかからもらったものかな」

「私……?」

私があげたものと言われても、ぱっと思いつくものはなかった。

最近はまともに二人で過ごす時間もあまりなかったし、お祝い事が重なることもなかった。

毎年誕生日になにかを渡すことはあるけれど、今更掘り出すほどのものでもない……。

思い浮かべられるものなんて、なにひとつなかった。

むしろ気になって、私は母の手元を覗き込んだ。

「ね。懐かしいでしょこれ」

「いや……もう覚えてないよこんなの……」

母がわざわざこんなときに掘り出していたのは、私が小学校、中学校に通っていたころに授業で描いた絵だった。

どれも拙くておぼつかなくて幼い……お世辞でも上手いとは言えない半端ものばかりだ。

それなのに、母は今もこんなにも大事そうに慈愛の眼差しを向けている。

もう描いた本人である私ですら記憶にないのに、こんなにも綺麗に残してくれている……。

こんな駄作とも言い換えれそうなほど……中途半端な作品だというのに。

「でも、私はこれ好きなんだよね」

私が描いてあったのは、母の似顔絵たちだった。

どれもこれも母に全く似ていない。顔のパーツも無茶苦茶で、色だってべたべたに塗り潰しているだけ。

それなのに、母はこれを私が描いた母だと誇張する。

透華とうかが授業で好きなもの描いてきたって私にくれたのが、これだったの。てかこれ全部そうなの。いつもいつも好きなものって言われたら透華とうかは私ばっかり描いてくるんだよ……」

「だから部屋にも飾ってるの?」

「そりゃ嬉しいもん。こうやってさ、年を取ってなにかが変わっていくなかでも、透華とうかはこうやって変わらずに私を描いてくれるんだなって……」

母はそう思い出に浸りながら語りつつ、ほのかに瞳を潤わせていた。

「変わっていくなかでも、変わらないもの……」

思いとは不変であり不規則だから。

「私さ、仕事仕事って言って絵ばっかり描いてたじゃん?」

「うん」

母は絵を描くことが好きで。

そんな母を見ることが私は好きで、同時に絵を描き始めたきっかけだった。

「でも、お父さんはそれが嫌で私とは別れちゃったからさ……。あぁ、透華とうかには可哀想なことばかりしちゃってるなって……母親として自信なかったんだ……こんなこと本当は言っちゃダメなんだけどさ、やっぱり怖いことばっかりだったんだよ……」

「でも、私はお母さんがお母さんでよかった。お母さん以外いやだよ」

「うん。ありがとう……透華とうかはいつもそう言ってさ、こうやって絵をくれるんだよ。その愛に私はどれだけ救われたかな……はは、私母親なのに情けないなぁ……」

そのとき、たぶん反射的だった。

脳内で上手く整った感覚はなかったし、突発的に本能的に能動的に……ただ、言わなきゃいけない気がした。

「それは、お母さんが教えてくれたからできたんだよ」

「え……?」

「お母さんがそれだけ私に愛をくれたから、私もその渡し方を覚えたんだよ。じゃなきゃ私は愛を知らないままだったからさ」

「そうかな……透華とうかはいい子だから。だからちゃんと私じゃなくても育ってたと思うけどな」

「いい加減なこと言わないでよ……。私を育ててくれたのは紛れもなくお母さんしかいないんだよ。ちゃんと誇りに思ってよ。お母さんが私を誇りに思うなら、こんな私を育てた自分も褒めてよ」

じゃなきゃ誰も報われない。

幸せは誰かのためにあるんじゃない。自分のためにあるんだ。

その幸せがあるから、誰かの幸せを考えることができるんだ。

「お母さん……透華とうかのお母さんでよかった」

「私も。お母さんが私のお母さんでよかった」

私は母に詰み寄り、その目元を袖で拭う。

母はありがとうと告げ、ちらっと私の手元を見た。

透華とうか、それなにか描いてきたの?」

「うん。桜を描いてきたの……」

「桜かぁ……いいなぁ」


「あのね。この絵を渡したい人がいるんだけど……」

「じゃあ、ちゃんと渡さなきゃね」

「うん……」

「大丈夫。透華とうかの好きは、ちゃんと絵になってるから。透華とうかはちゃんと好きを伝えられる子だって、私が保証してあげる」

「ありがとう……」

「だから、また気が向いたらさ。また私にも絵を描いてよ。今の透華とうかが好きな絵を。そしたら私の絵と交換しようよ」

「うん、いいよ」

そんな約束を交わした。

そのときはなにを描くかなんてのは言わなくても分かることで……。

同時に、愛歌あいかに渡したいこの絵に、一つ加えたいものが思い浮かんだ。

それは走馬灯のようにいくつも駆け巡るたくさんのフィルムがあって私の目に焼き付いては離れないもの。

それでもいつも変わらない後ろ姿だ。

私が好きで好きで変わらないもの。変わる空色と変わる教室の空気と、変わる時間の中で。

その音色を奏でる愛歌あいかは私の中でずっと変わらない愛だった。


「ねぇ、お母さん」

「ん?」

「お雑煮食べたいかも」

「え、急になに……?」

「いや、なんか急に食べたくなってさ……」

なんか忘れたくなくてさ……。

「分かった。じゃあちょっとお餅買ってくる」


どうもこんばんは雨水雄でーす。

あぁ……桜が散っていきます……。悲しいやら感慨深いやら。散り舞い上がるからこそ、刹那でもその名で馳せると思えばやっぱりその一瞬に咲く桜はいいものですねぇ……。また来年を待つという時間が楽しみになります。そのとき見る桜がまた違って見えるように、雨水も成長していたいものです。

さてさてもうこの作品も残すこと数話かと……。

ということで、次回は火曜日に投稿予定です。その次は木曜日なのかな? ってところです。日曜日は恒例に投稿しますので、よろしくです。

ではまたよれけば火曜日に。

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