そのXLV
迎えに行く方はいつだって待っている人がいるから。
待つ方はいつだって迎えに来てくれる人がいるから。
だから約束はその糸を結びつけるが、それ以上伸びることはない。
私たちはいつだって、その糸を一方的引っ張ることをしなかったから千切れたりもしなかったんだ。
だからこそ、遠くにいる相手の居場所が分からないときがあったっていう、それだけのことだったんだ。
毎週日曜日に投稿しています。よろしくお願いします。
「あなたは…………誰?」
愛歌はしっかりと私を見据えて、そんな初歩的な問いかけをする。
私が誰だって? 言うまでもなく、私だよ。
紛うことなき黒田透華だよ。
あぁ……でも悲しいかな。
今の私じゃ、私と言ってもそれは伝わらないから。
それはひどく虚しいな……。
それならば、私は今の愛歌になんてこたえればいいよか。
それは、ひどく単純なものでいいんじゃないか。
「あなたを、この世で一番愛している人だよ」
それは単純明快で、鮮明潔白な答えだった。
おそらく、今の私が私じゃないから、そのカモフラージュが臆病を上手く隠してくれていたからかもしれない。
それでも、この気持ちに嘘は皆無だから。
だからこそ、この状態のまま愛歌が上手に受け止めることができたなら。
愛歌自身の姿をした私が、愛歌その本人にこの気持ちだけが誰の意志によるものなんだと届けることができたなら。
それは疑う余地もない、純愛だ。
誰にも文句を言われる筋合いもない、相思相愛だ。
「あなたは、私ではないのね……?」
しかし、愛歌からの返答はまたしても疑問の追い風だった。
「……そうかもしれないね」
「きっとそうよ。わたしはそんな話し方しないもの。ねぇ、あなたの中身は一体誰なのかしら? もしかして本当に幽霊さん?」
「さぁ、誰だろう……あなたには誰に見える?」
「分からないわ……わたしの顔をしていて体をしていて……でも声が違うわ。それはわたしと同じ音をしていても、わたしじゃ鳴らせない音をしている気がするわ。ねぇ、いじわるしないで教えてくれないかしら?」
愛歌の吹き荒らす風は止むことなく、むしろ嵐を呼び起こしそうだった。
「だから、さっき言ったはずだよ。私はあなたを一番に愛している人物だよ」
「そんな人なんて…………いるのかしら」
愛歌の声色は酷く淀んだような……迷いのあるぼやけた混色だった。
「ここにいるんだから、いるんだよ」
「でも、わたしを愛してくれる人なんて…………」
「あなたとずっと一緒にいた人がいるはずだよ」
「え……?」
私の声を聞いて、俯く愛歌は顔を上げる。
瞳が重なるが、私が見えているのは愛歌であり、また愛歌の眼が映す私もまた愛歌だ。
それなのに、愛歌は自分の顔である私をじっと見つめ、凝視し、掘り返すように奥は奥へ入り込んでこようとする。
瞬きが一切ないその一線が私の眼球を突き刺さってぐるぐると内部を撫でられているような緊張感が走る。
「まさか、あなたは透華だとでもいうの?」
「そうだと言ったらあなたは、わたしになにか言いたいことはある?」
まさか、愛歌にとって私になにか特別な想いがあるはずなんて……ないだろう。
だってあのとき、愛歌は私を見限って命を投げ捨てようとしたのだ。
もはや私は疫病神で、害虫だ。
そうだというのに、私ってなに言ってんだろ……。
ほら、愛歌だって、未だ口を閉じて困ったように私を見てるじゃないか。
この沈黙が欲しくて私はここに来たんじゃない……。
せめてまた会えたなら、謝りたいからここに……。
それでも、次に続いた愛歌の風はひどくあたたかく優しく、私を艶やかに包んだ。
「透華……わたしは、あなたを愛しているわ」
「…………ぁ」
「わたしはきっと、絶対を誓ってあなたを愛し続けているわ」
「な、ん……で」
「でも、あなたはわたしをそこまで愛してくれているのかしら……わたしたちは本当に愛し合えていたのかしら……?」
一縷の涙を幾度となく流す愛歌は、そのまま溶けてしまいそうなほど弱っていた。
「そ、それは……」
「わたしはね、透華。あなたをずっと愛していたの。あなたと出逢った日から。わたしの音を見つけてくれてあの日からよ。わたしがわたしを毎日見失わないようにしてくれたのはあなただけなの……あなたしかいないから絶対に手放したくなかったの。もう今すぐに命を落としてもいいくらい、透華の隣がよかったの……」
「あ、あい、か……」
果たして、この涙を流しながら鼻を啜る音を響かせているのはどちらなのか。
自らの愛が大きい故に、それだけの愛が自分にも送られているなんて気付かないこの馬鹿が嘆く言葉を聞いてなお。
こんなにも愛されていた自分にようやく気付いたこの大馬鹿な私は。
この感情をどう正しく表現すればいいのかも分からず、できたのは、ただひたすらに泣くことだった。
かなり衰弱していた愛歌はついにイスから体が離れて倒れそうになる。私は霞む視界でそれを目撃した直後すぐさま愛歌を抱き止めた。
「わたしはあなたにたった一つのことをたくさん守ってもらったの。それなのに……それだからこそ、あなたにはわたしのことばかりで縛ってしまっていたの……」
「そ、そんなことない……!」
私にはそれが唯一と生き甲斐だったのだから。
それだけでよかったんだ……!
「わたしも透華の大切を守れたなら……いっぱい透華の好きを知れたのかしら……。わたしだけが独占しなければ、もっと透華は色々な世界を歩いていたのかしら……ねぇ、透華答えて」
「うん……うん、なんでも答えるから……r
「わたしはね。もしあのとき、わたしが桜を描いてって言った桜を描く透華よりも、あのときみたいな自然と桜を描こうとした透華の方とずっと生きていたかったの……」
……………そうか。
だから、愛歌は。
この馬鹿者は。
あのとき、自らが犠牲になることで、私の足枷を外そうとしたのか。
そんな勘違い甚だしい愚かな憶測で。
「バカ……バカ! バカ愛歌!」
「あ、やっぱり透華なのね……その顔、私よく知っているわ」
たぶん私はまだ愛歌の姿形をしている。
それでも、やっぱり私にしかない私だけの形がこの中に残されているからこそ。
愛歌は、愛ゆえに摘みとることができるのだ。
「ねぇ、愛歌」
「なに、私まだ間に合うかな?」
「ねぇ、透華。あなたは今どこにいるのかしら?」
「きっと、愛歌のすぐそばにいるよ」
「だったら大丈夫よ。わたしはいつまでも待つわ」
ありがとう、愛歌。
これが人生なんだと。一度きりの不可逆の進行のみを続ける旅路なんだと。
だからこそ、自分の影すら見失わないように。
それが、己が歩むべき道程であり。
人として、人らしく、人のように残す轍なんだと。
愛歌はその存在で、私に教え刻んでくれた。
「愛歌、じゃあすぐに迎えに行くから、待ってて」
「ええ、死んでも待ってるわ」
その言葉を聞き届けた私は、愛歌をそばの壁際に運ぶと、ピアノの前に立った。
今は私だけど、体は愛歌のものだから。
だから覚えているこの指で奏でよう。
この音が、今度の私を呼び起こす合図なんだと信じて。
どうもこんばんは雨水雄です。
いよいよ春がやってきますね……! この作品の時間軸ともそろそろ重なってきそうですが、春は別れの季節でもあります。
そろそろ大円団を迎えたい今作でもありますが、ゴールテープを切るまでは完走とは言えません。
どういった結末になるのか、それは作者の都合と兼ね合いなのかもしれませんが、そこまでが生みの親としての最低限の仕事かな、と。
この先も彼女たちが幸せになっていけるように支える立場でいるのもまた作者の務めだと思いますので。
なので、ゴールからまたら新たなスタートを切れるように、自由に描いていこうと考えてます。
ということで残り最後までお付き合いいただけたら幸いでございます。
さて、今週もここまで読んでくださりありがとうございます。
では来週もよければここで。




