そのXLII
もしあなたが死んだなら、私も死のうと思うけれど。
もし私が死ぬだけなのなら、あなたには生きていてほしいと願うのは。
傲慢なのだろうか。妥当なのだろうか。
それとも、我儘なのかな……。
時間を遡るように過去の映像がだんだんと流れていく。
巻き戻されていく思い出の数々が、私の記憶に鮮明色を塗っていくようだった。
追憶から明晰な宝物へ……。
でも、それでもそれは確かな過去であり、戻れない固定時間であることに変わりはない。
私に許されているのは、ただ、この小さな脳内で一生保存しておくだけ。それがそのまま冷凍されることもないから、いずれは上書きされて、塗られた色もまた滲んでは消えていく運命であることに、変わりはない。
だから、本当ならばその上から積み重なっていく限りのない記憶に彼女がいてくれたらいいのに……叶わない。
私全体を覆い被さるように通り過ぎていく多数の思い出に残る彼女は、そのまままたこの視界に戻ってくることもないし、ましてや知らない新しい思い出が舞い降りてくることもない。
私はもう、ここで必死にその貴重な宝物を縛り付けるだけ。
この要領の悪いちっぽけな脳みそから剥がれ落ちないように……。
だから、一つだけ。本音を言うのならば。
やっぱりまだ会いたい……。
あの教室で、彼女が奏でるあのピアノの音色を果てしなく聴いていたい。
もし、この目が無くなって彼女が見えなくてもいい。
もし、この手が無くなって彼女に触れれなくてもいい。
もし、この口が無くなって彼女に伝えられなくてもいい。
ただ、この耳だけは残して、彼女がそこにいるんだと教えてほしい。
私は心から、そう願った。願うほかなかった。
「愛歌…………」
その名を呼ぶ。返事はないのは分かっている。
「じゃあ、探しに行くしかないよね」
「え……?」
返ってきた声は、期待していたものは全然違っていた。
それでも、まだあの女性の声が聞こえてくることに驚いた。
「ここは自由だからさ、あなたはあの子に会いに行けたりもする」
「ほ……本当ですか?」
「うん。ただでもね」
そこで一拍だけ間があった。
「そこはね、心が繋がらないと見つからないからね」
私にはその言の葉の意味は上手く飲み込めなかった。
単純に、言っている意味が分からなかった。
この人……? はなにを言ってるんだろうか……。
「たぶん、言ってる意味が分からないよね。うん、それも仕方ない。だって初めてのことなんだからね……。でも、残念だけど私から説明できることもこれだけだからさ、あとは頑張ってとしか言えないかな……ごめんね」
「そんな……」
ただでさえ頓珍漢で素っ頓狂な、全くもって理路整然とは縁のないことを口にされたというのに……。
挙句にはそれに対して細かい内容も、助言もなし?
そんなあまりにも理不尽な、一方的な提案に、私はすぐに答えを出せなかった。
「ただ、これだけははっきりさせておくね」
その声はまた一拍空いた。今度は深い息を吐く暇があった。
「透華ちゃん。あなたはもう死んでいます」
「はい。そうだろうなとは思ってます」
「でも、それも今は」
「今は……? はってなんですか? その言い方だったらこの先は生きてるってことですか?」
「そうとも言えるね」
「そ、それはどういう意味なんですか……!?」
「ごめんだけど、やっぱりこの後のことは言えない」
「なんでなんですか……」
そこまで切り出しといて、最後の一言はチャックを閉める。あまりにも残酷で、卑怯だ。
「あとは透華ちゃん次第だからだよ」
「……私次第って言われても、なにも説明されなかったら分からないですよ……」
「聞くけど。透華ちゃん」
「はい?」
「死んだときのこと、覚えてる?」
「…………少しは」
「じゃあ、なんで死んだの?」
「大切な人を……愛歌を守りたかったから」
「うん。それは大変いいことだと思う。でも、そのときなに考えてた?」
「考えてた……ですか? 愛歌を死なせないことで精一杯だったんで他のことなんて……」
そう、彼女は生きるべき人間だから。
私とは違って……もっともっとその価値を評価されるべき人材なのだから。
「今、私よりも……とか思ってない? 自分なんか、なんて考えてるでしょ?」
「……悪いですか?」
「ううん。というより、そうでなきゃ透華ちゃんは今頃ここには来てないもの。本来なら、あの子が来ていたかもしれない場所なんだから……」
「…………」
「まぁ、でも。今回はそっか……守ってもらえたんだね」
「えっと……なに言ってるんですか?」
「え、あぁ……ごめんごめん。こっちの話。で、透華ちゃん。話を戻すけど、それで今さ、後悔とかしてない?」
「……全くないって言ったら嘘になるかもですけど、一番守りたいものは守れたんで、私はいいです」
「あのあとの自分の周りのこと、想像したりした?」
あのあと……というのは私の死後のことだろうか。
そんなこと、考える暇もなく体が先に勝手に動いていたから。
だから、正直なにも想像していない。
ただでも、そんなに大したことでもないじゃないか。
こんなちっぽけな私なんか……。
あぁ、でも。お母さんに親孝行、してあげたかったな……。
「その顔は、少しは未練があるって感じだね」
「…………」
「でも、それはあなただけじゃないってこと、見てきなさい」
その闇に呑み込まれた先に一点の光が差し掛かり。
抜け出すように光を浴びる私に待っていた先は。
「愛歌…………」
「大丈夫よ。和先生……もうすぐよくなるから」
いつしか訪れた記憶のある、保健室だった。
どうも雨水雄です。
最近ぼちぼち春模様も顔をのぞかせているかな? と思えるくらいには日照時間も変わってきましたね。
このまま少しずつあたたかくなると、いよいよ桜景色も到来するんだろうなと、心躍らせてます。
また新たな春ももうすぐそこかと。
みなさんのよき出会いを祈っております。
また雨水との出会ってくださった方の手を離さぬよう、雨水自身も勤しみます!
さて、今週もここまで読んでくださりありがとうございます。
では来週もよければここで。




