そのXXXVI
目に見えている。耳に聞こえている。
五臓六腑があって、四肢があって、感じている存在が全てだと思いたいほど。
不安になるのは、自分に自信がないという重く酷い罪であり、いつまでも埋まらない相手との隙間を放置している大罪なのだ。
毎週日曜日に投稿しています。よろしくお願いします。
再びその場に辿り着いたとき、彼女はもうそこに立っていた。
薄く淡いピンク色のふんわりとしたワンピースに、ベージュのもこもことしたブーツを履いている彼女。
髪型はいつもと違っていて、長く伸びたウェーブがかった髪を一つに束ねて左肩から垂れ下がっている。
「…………」
本当に私がいつも見ている彼女なのだろうか……?
そんな幻覚を感じてしまうほど、彼女が纏っている雰囲気がいつもと大きく異なっていた。
学校で知るあの少し幼い印象は。時々見せる儚いほほえみは。細かい歩幅でちょこちょこ歩いている姿は。
どこにもない……。
どこか大人びていて、私がとてもおぼこく思えてしまう。
普段はしない服選びに時間を割き、化粧も入念に施し、彼女の隣を少しでも見劣りしない私で歩きたいと、想像を膨らませていたというのに……。
今はこうも少し離れた場所から、私は彼女に見惚れていた。
しかしそれも刹那。彼女はこちらに気付く。
いくら距離があるといえど、ここにはなにも視界を遮るものがない。彼女と私がお互いを認識するのはそんなに難しくない。
私の存在に気付いた彼女は、口元を綻ばせながら手を振ってくる。
…………いつもと違った恍惚な笑みを浮かべる彼女。
「…………愛歌」
確認するかのようにぽつりと呟く。
振られた手を返すように、右手をあげる。でもどこかぎこちない気がする……なんなら顔が熱い気もした。
それでも彼女は私の気も知らずに、その足を進めてくる。
こつこつと二人の距離が縮んでいく。私の鼓動はどんどん激しくなってくる。
どくどくと血液が体を巡っていく。脈打つ心臓がどんどんと酸素を全身へ送る。
それなのに私の呼吸は荒くなり、まだ息を吸い続けないと苦しい……。
反面、彼女はのんびりとした様子で、平常運転で私の元へ近づいてくる。
いつもと違う彼女ーーいつもの彼女ですら、私はいつもどきどきさせられる。選ぶ言葉や笑うその表情が好きで、隣にいると居心地がよかった。
そうだというのに、今日の彼女はその美貌を隠しきれていないから……
そして、お互いが手を伸ばせば触れてしまいそうなほどの隙間まで狭まってきたころ。
「おはよう、透華」
彼女は声を発した。
常日頃、教室で耳にしている落ち着いた声色。大きすぎもせず、すんなりと私の脳内に溶け込んでくる声量。
あぁ……私の知っている彼女の、柔らかい声音だと、認識した。
「うん、おはよう愛歌」
私も極めて彼女に合わせた声質で返す。
どこもおかしなところはないだろうか……変に緊張して震えたりしていないだろうか……そんな違和感と不快感がまた胸の中を騒ぎ立てる。
「ねぇ、透華」
「ん……?」
「ここ、とっても素敵な場所ね! 着いた瞬間にいつもと空気が全然違うからびっくりしたわ」
目の前で瞳を輝かせる彼女。愛らしい身長から上目遣いでこちらを見るその目の光は、まるでおもちゃ屋さんに足を踏みいれた子供さながら。
興奮を抑えきれていない彼女は、その服装から窺える落ち着きなど、ここまでの道のりで忘れてきたみたいで、ぴょんぴょんと踵を上げ下げしている。
あぁ……こんな姿は普段あんまり見たことがない彼女だと、新しい発見に私も心が踊った。
「そうだよね。ここ、開放感があって気持ちいいよね」
「ええ。空気がとっても美味しくて、自然からたくさん力をいただいている気がするわ!」
「確かに……それ分かる」
たぶん、いつものあの教室の中でなら、そんな大袈裟な……なんて軽口をたたいて余裕な素振りをしてたことだろう。
でも、今は違う。そんな心の余白など一切なく、屈託のない彼女の笑みになにもかもが釣られてしまう。
今は本当にここが素敵な場所だと感じてるし、自然からもエネルギーを体が吸収しているような気がするし、彼女の言葉を鼻で笑う余地などどこにもなかった。
「では早速向かいましょう透華! 桜の綺麗な場所へ!」
彼女はくるっと体を反転させて、首だけをこちらへひねる。
その際に揺れ靡く波打つ髪は、私には一種の桜に見えた。とても……とっても特別感のある私だけに許された漆黒の桜だ。
なんて酔狂なことを考えてしまうほど私の頭のネジは緩みきっていて、視線は彼女へ釘差しになってしまっていた。
「楽しみね、透華!」
ぼーっと歩きだして行く彼女の後ろ姿を眺める。
それでも、どこか強がる私もいたのか。あ……となにかに気付いた声を出して、次に彼女の名前を呼んだ。
「愛歌!」
「……?」
反応して、もう一度彼女はこちらを見やる。不思議そうに思ったようなまん丸な形をした瞳と重なる。
「そ、そっちじゃないよ……私たちが今から行くとこはあっち」
私は彼女が歩いて行く逆の方角へ指を差す。
「あ、あら。そうなのね……ごめんなさい」
彼女も浮かれている自分が恥ずかしくて思ったみたいに、顔を少し火照らせながら照れ笑いをする。
私はそんな彼女を見て、今日を楽しみにしてくれていたんだと安心感を覚え、内心嬉しさが込み上がる。たぶん、その顔は大変にやけていたことだろうから、私は隠すように彼女に背中を向けて先導する。
「じゃあ、行こっか」
「あ、待って透華」
彼女が静止の声を上げたと同時に、私の体が傾く。
ほんのり……じわじわと伝わる手のひらの熱。
どうやら、私は彼女に手を握られたせいで、足が止まったみたいだ。
「こうすればいいわ」
彼女は自信ありげに手に力を入れる。
ぎゅっと包まれた私は右手は、ちっとも痛くない。
「別に、迷子になることなんてないでしょ」
こんなにも見晴らしのいい場所で、私たちがお互いを見失うなんて、むしろ難しいはずなのに……。
でも、彼女はその手を離さなかった。なにを言われても、それだけは否定したくないみたいに。
「ううん、わたしはこれがいいのよ」
もはやそれは彼女のわがままだった。
「じ、じゃあ……これで」
私は結局、彼女の思うままに繋がれた状態で、また歩き出した。
隣で彼女が手を振る。連動して私の腕も揺れる。
彼女のささやかなわがまま。決して離れない私たちの腕の距離は。
こんな嬉しいわがままがあるのかと、私は幸せで頭がどうにかなりそうだった。
どうもこんにちは雨水雄です。
年が明け、お仕事もイベントもひと段落したというところで、また一段と寒くなり、家から出られない雨水です。
家にいても、こうして小説を執筆したり、積まれたラノベを消費したり、ラジオを聞いてにやにやしたり、アニメやゲームを見て涙ちょちょぎれながら刺激を受けたりと退屈はしないのですが、やっぱり引きこもってばかりいると外も恋しくなるものです。
また春になり少しずつ暖かくなったころ、また運動いっぱいしたいなと……肉体改造も視野に入れている雨水でした。みなさんも体調には気を付けて、健康にも気を付けてお過ごし下さい。
さて、今週もここまで読んでくださりありがとうございます。
では来週もよければここで。




