そのXXXV
この世界において、私ができることなんてちっぽけなんだろう。
まだこうして知らない景色ばかりが広がっているんだから、私は、私ができることをどれくらい分かっているのかも分かっていないのだ。
だから、せめて彼女の手を取って、一緒に眺めていたいんだ。
毎週日曜日に投稿しています。よろしくお願いします。
この一週間で、早起きはそれなりに慣れたと思っていた。
それでも、こうして彼女の元へ向かう電車で揺られていると、ついうとうとしてしまう。
「…………」
思考が定まらず、視界がぼやけていく。
いつも彼の家を出てから学校に行って、授業を受けていてもここまでひどい眠気に襲われることなんてないのに……。
私はそのままあくびをする暇もなく、脱力して意識を手放してしまった。
気付いたときには乗り過ごしてしまう寸前で、私は本能的に急いで電車を降りた。
「…………ふぁ」
まだ完全に覚醒していない状態で、ふとあくびが漏れる。
私、そんなに疲れてたのかな……。
とりあえず、目的地まではまだ一つ電車を乗り継いで行かないといけないことははっきり覚えていたから、私は一度ホームの階段を降りて、次に乗る電車の前まで向かう。
…………彼女と一切じゃなくてよかった。
もし、最初から彼女と待ち合わせていたら迷惑かけてただろうな……。意識はぼーっとしてて会話なんてろくにできなかっただろうし、足元はふらふらしてて歩くペースを合わせてもらうことになっただろうし……ほんと一人でよかった。
まぁ、それに今日は彼女に特別喜んでほしいんだから、彼女と会うときには、こんな私じゃダメだ。
彼女にこれを渡したとき、とびきり笑ってもらえるように……私はそんな想像しながら、少し高揚感を覚えた。
そして、ようやく来た電車に乗り込み、彼女と約束した駅へ走り出す。
彼女との距離が一刻一刻縮んでいく。それだけで私はどきどきして、わくわくして、胸の奥が忙しくなる。
胸元で抱きしめる腕に少し力が入る。
そこに辿り着いたのは、彼と別れてからすでに、2時間程経ってからだった。
ただ、朝が早かったこともあって、まだ午前中は長い。
むしろようやく日が昇ってきて景色に明るさが取り戻されていく。
一日の始まりを告げるようなささやかな眩しさが、私の意識をやさしく呼び起こすようだった。
だんだんと思考回路も滑らかになり、視界も鮮明になっていく。
なにより、見渡す限り自然の風景一面で、胸の内で籠るものが弾けるような開放感がさらに私を目を開かせてくれる。
駅の改札を通って、初めてやってきた景色の中で、一人棒立ちになる。なにもすることがなく、ぱっと腕時計を見やる。
「まだもうちょっとか……」
約束の時間まではまだ余裕がある。彼女との待ち合わせは正午に近い時間帯だから、まだここに顔を見せてくれることはない。
私はしばらく歩くことにした。
「…………」
知らない街を踏みしめる感触は、不安を拭いきれずとも、彼女との新たな思い出を作る場としての足跡が残せるんだと胸が昂る浮ついたものだった。
きっと彼女も知らない場所だから……彼女にとっても初めて私と訪れた場所になるから。
そんな特別感が私の脳内を彼女で埋め尽くす。
「……ふぅ」
広大な空気をいっぱいに吸っては吐き出して、盛大に深呼吸をする。
心を落ち着かせて、また私は歩き出した。
電車を降りるときもそうだったけど、周りに誰もいなくて少し歩いただけじゃ建物すらあんまりない。
閉塞感も緊縛感も一切なく、束縛なんて微塵もなく、自由だった。
どこへ向かうも、どこを見るも、なにを叫ぶのも、私一人だけのコップの中の嵐みたいなちっぽけな災い。
それくらい広い場所は、私にとって記憶を辿る以上、初めてと思える場所だった。
そひて今日彼女と赴く場所もまた、そんな自然に囲まれた中に佇む桜並木だ。おそらく広々とした新緑に潜んで、ふんわりしたパステルカラーを彩っていることだろう。
そんないつもと違った風景を染色するキャンバスに私と彼女だけが残る……。
…………その時間が早く来ないかと再三時計を見る。
「……まだもうちょっと」
少し早めの集合にしても、まだ早い。
改札を飛び出してしばらく歩き続けた私は、少しだけ離れた場所まで来ていた。ここから戻ればちょうどいいくらいかな、と踵を返す。
さて、じゃあ彼女に会いに行こう。
私は今まで歩いてきた道を逆行しようと、辿ってきた道を反対方面から視界に映す。
「…………あ」
そのとき、ふと目の端にコンビニが見えた。
あんなところにあったんだ……なんて思ってしまうほど隅っこに発見したコンビニに、私は歩み寄る。近くに行ってみると空いていることを確認して、ついに中に入る。
「まぁ、まだ少し寒いし」
私がいつも行く知っているコンビニよりも狭く感じる小さい中で、あたたかいココアを手に取る。
「…………」
同時に目についたパンをしばらく眺める。
彼はコンビニのパンもすごいとあれだけ賞賛していて、私もそれから寄るたびに気になるようになった。
それが癖づいたせいか、またこうしてパンコーナーの前に立っていて。
無意識にそのパンを摘んではレジに向かっていた。
そのまま会計を済まし、私はコンビニをあとにする。
「……もういるかな」
たぶん戻ったら約束の時間ちょうどくらいになってるはず。
そしたら彼女は私の知るあの笑みでそこに立っていることだろう。
「…………」
私は、少し悩んで、挙句買ったパンを齧りながら、彼女の元へ足を進めた。
どうもこんにちは雨水雄作です。
いよいよ新年が始まり、新しい一年を彩る萌芽がちらほら見えるようになってきましたね。
去年やってきたことを整理して、今年の指針を定め、そこを目指して日進月歩……そうした日常がまた賑わってきたように思います。
たしかに、新年だからといって仕事や学校などへ向かう道筋の中で特別変わったことって少ないんだろうなと感じます。当たって平凡で、平坦で、見慣れたものばかりです。
でも、決してそれはリセットされたとかではなくて、培った時間や経験が、少しずつ一人一人を変えて、それが集えば少しずつ変化の規模も大きくなって、一年の中でなにかまた新しい出会いがあって、それがまたまた知らない景色の道標になったり……と動いていないように見えて止まってない限り、人生のキャンバスが真っ白なままというわけでもないのです。
まぁ、というわけでですね雨水一人のささやかなものではありますが、この一年で、みなさんの幸せになる邂逅があることを祈っております。
そういうわけで、今週もここまで読んでくださりありがとうございます。
では来週もよければここで。




