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23グラムの旋律  作者: 雨水雄
34/52

そのXXXIV

それは付け焼き刃の気持ちを込めただけ。

それならば、今まで込め続けた気持ちの方が大きいことは言わずとも知れてること。


私は、触れて経験したから、余計にそれを知った。

それを知っている私だからこそ、それが最善なんだと言わせてほしいのだ。


毎週日曜日に投稿してます。よろしくお願いします。

そして7日目の土曜日。

泣いても笑っても言い訳できないラストチャンス。

たとえ失敗しても、それが私の最高傑作。誤魔化しは一切無用。

この一週間学んだこと、積み重ねたものを総動員して、私の気持ちを詰め込む。そんな一品を届けたい。

ううん。私は届けなくちゃいけない。それが彼女の喜びに繋がると信じているから。

彼女は私の一週間を知らない。だからその分も、たんと驚いて、うんと笑ってほしい。

私の一週間はそのための時間だった。

そう胸を張って言えるように、今日はいつも以上に気合十分。そして顔を覗かせる緊張感もじわじわと心拍数を上げてくる。

「……やるしかないよね」

やってきたことをやるだけ。

私にはそれしかできないから。

進也しんや、今日もよろしく」

私はすでに厨房でスタンバイしてくれている彼の元へ駆けていく。


「おう、よろしく。まぁ言っても、ここまでやってきたことをやるだけだけどな」

「うん、そうだね」

彼の口にした言葉は重みがあった。

それはそうだ。今日、なにか新しいことをするわけじゃない。

今日だけ特別違ったこともしないし、手を凝らすこともない。

昨日までと同じことをすればいいだけ。

「ただ、全部が全部昨日同様に思い通りできるわけでもない。だから集中して作っていくぞ」

それもそうだ。昨日できたからと言って、今日も同じように上手くできる保証はどこにもない。

ちょっとした油断が失敗を招き、少しの手抜きが見た目に現れたり。

昨日まで積み上げたものは、初心という土台を忘れてしまえば簡単に崩れ落ちてしまうもの。

そしてたとえそうでなくても、昨日の彼の様に、実力が物語る失敗だってある……。

だから、時間も実力もなにもかもまだまだ足りない私は彼の声を真摯に受け止めた。


たった6日間だ。私が彼に教わった日数はたったそれだけに過ぎない。

彼の今までに比べれば、私なんてまだ冒頭もいいところ。

でも、ゼロじゃない。

右も左も分かっちゃいない。挫折も後悔もまだ本当の意味で味わってなんかいない。

だけど、ゼロじゃないのだ。

始めた時点ーー私が彼にこの申し出をお願いした時点で、もう私はゼロではなかった。

踏み出したことで、失敗と成功の渦の中だ。

だから、私はまだ稚拙でもダメなパンがどんなものがを知っている。どうすればダメなのかも、少なからず思い知らされた。

全く知らない世界の中で、私は彼に手を引かれながら短い旅をしたのだ。

楽しいか楽しくないかで言われたら、当然、まだ楽しい範疇なんだろう。続けていくと、きっとしんどいし苦しいし、辛いし、つまらないこともあるんだろう。

でも、始めたから感じたこの新鮮感と緊張感と、幸福感は、始めたものの特権だ。

そして、今、私はこの一週間の中で一番緊張していた。

ただ物作りするだけじゃないから。ただ失敗した成功したを知るだけの旅ではないから。

これは失敗できないという重圧と、成功したいという焦燥感の狭間で実力を示さなければいけないから。

それはもし実力が十分に備わっていたとしても確証のない旅路だから。だから余計に手が震えていた。

…………けど、これってきっと当たり前なんだよね。

ふと、隣に立つ彼を見る。そうして覚える安心感は、彼の経験値が堂々としているから。

失敗を恐れる私と違って、彼はより成功する道を探しているから。道を違えることで怖気付くことは一切なかった。

だから、私は彼が隣で指摘してくれるだけで自然と自信になっていた。私自身の実力じゃないことは重々承知している。でも彼がいれば私でも彼女に恥ずかしいものを届けずに済むという安堵と自信があった。

同時に、彼の度胸にはやっぱり感服する他なかった。

私は一人の彼女に対してでさえこんなにも強く脈を打っているというのに、彼はそれこそ何倍も、何倍もの人たちのために毎日重圧と戦っているのだ。今の私だったらとっくに脈が破裂しちゃうんじゃないかというくらいのプレッシャーを彼は背負ってるんだと思うと……頭が上がらない。


「さて、あとは焼き上がりを待つだけだな」

そうして、結局私は彼に頼りきりになりながらも最後の工程まで進めた。

成形は、私の要望通りに星形になるように、彼が工夫してくれた。私も彼の手つきに倣って同じようにやってはみたが、おそらく焼き上がったクロワッサンは違ったものになってるはずだ。

最後の仕上げのとき、彼と彼の母が気遣ってくれて、ジャムやドライフルーツを詰め込んでカラフルに出来上がった。

そして、待つこと数分の間。

私はまだ開店前で、焼き上がったパンを陳列している彼の母の手伝いをしていた。

「ごめんね、ありがとう透華とうかちゃん」

「いえ……むしろ私こそお邪魔させていただいてるので、これくらいはさせてください」

「そんなに気を遣わなくていいのに……いいものができるといいわね」

彼の母は柔和な笑みを浮かべて、私に一つパンを差し出してくれる。

「これは……?」

「今日、あの子がこっそり作ってたクロワッサン」

「あ、そうなんですね……ありがとうございます」

私はそれを受け取って彼の方をちらっと見やる。

彼はまだパンを作っている。必死に汗を流して生地と向き合っている。

「…………」

そんな彼が、このクロワッサンを作った。

私はしばらく彼から目が離せなかった。その縛り付けられたような視線は、彼の母の声で解放される。

「クロワッサンってね、進也しんやが一番作ってきたパンなのよ」

「え……?」

私が彼の母へ目を向けると、その眼差しは彼に向いていた。

透華とうかちゃんはもう覚えてないかもしれないけど、小さいころね、透華とうかちゃんがお母さんと一緒にうちにパンを買いに来てくれると、いつもクロワッサンを選んでたの」

「あ……え、えっと、そうでしたね……」

なんだか自分の昔の話をされると小っ恥ずかしい。

「覚えてるのね」

「まぁ、よく食べてましたし、今も好きですし……」

「それはうちとしても嬉しいわ」

「でも、だから進也しんやは…………」

「そうかもしれないわね。あの子、そのころは小さかったけど、透華とうかちゃんがクロワッサンを嬉しそうに抱えて帰っていくのをよく見てたから。それからあの子もよくお父さんのお手伝いをするようになってたし……もしかしたらあの子、透華とうかちゃんのこと好きなのかもね」

「うぇ!?」

なんか、いい話だし、彼の経緯の中に私の存在がいたんだと少し嬉しくも思っていた矢先にその発言は驚きを隠せなかった。

彼が私を好き…………。好き?

…………それは違うんじゃないですか。

とは、今更言えなかった。

「さぁ、どうなんでしょうね……」

はははと乾いた笑いを残して、私は誤魔化した。

彼の母から遠ざかり、私は手にしていた彼の作ったクロワッサンを口に運ぶ。

「………………」

やっぱり思うことは一つだった。




透華とうか、できたぞ!」

それから少しの間、また私は彼の母のお手伝いをしていた。

そして、彼の声に反応して、私は厨房へ駆け足で向かう。

「ど、どうだった?」

そう言う私の目の前に、彼は焼き上がったクロワッサンを持ってくる。

「大丈夫だ。これなら問題ないんじゃないか」

「本当!?」

私は張り詰めていた緊張の糸がぷつんと切れ、どっと大きな息を吐き出す。

「はぁ……よかったぁ」

「じゃあ、早く袋詰めして持って行ってあげろよ」

「う、うん! ありがとう!」

そう言って、私はクロワッサンを袋に入れようとする。

焼き上げたもの全部を詰め込むことはできないから、何個かを選別して…………手が止まる。

「おい、どうした?」

ぴたっと固まる私に、彼は心配そうな声をあげる。

「あ、いや……えっと、こっちのが私なんだよね?」

「おぉ、そうだな」

「てことはこっちが進也しんやのやつってこと……」

……一目瞭然だ。

分かっていた。そんなことは焼く前から想定はできていた。

でも、やっぱりその差は明らかだった。

私はじっとお互いのクロワッサンを見つめる。

「…………やっぱ、こっちのがいいよ」

「は? なんでだよ」

「だってこっちの方が形がきれいだし」

「でも味は一緒だろ」

「ううん、そういうことじゃないよ」

そう。それだけでやっていけるほど物作りは単純じゃない。

味が一緒でいいなら誰だっていい。

でもそうじゃない。それだけじゃない。きっとこの二つを食べたら、違う点はいくつもあるはずなんだ。

その中で、私が今、彼女へ届けるべきクロワッサンはきっと彼の作ったほうだ。

気持ちがこもってるのも彼だし、たとえ友達だからといっても中途半端なものをあげたくはないし。

なにより、彼女が好きなのは彼だ。

なら答えはそれで十分だ。

「…………本当にそれでいいのか?」

彼は確認するように慎重な声色で問いかけてくる。

それはもしかしなくても、間違っていると言われているようにしか聞こえない。

でも私は揺るがなかった。

「うん。だって全力でやった結果がこれだから。仕方ないよ。それに、続けることがこんなにも大事なんだってこと、教えてもらったから」

私は決心した表情を作って彼に向ける。

彼と目が合う。彼はまだ納得はしていない様子で。

「分かった。またもし、誰かになんかパンを作りたいときはまた頼ってくれ」

「うん、ありがとう」

そのあと、私は彼のお父さんと、お母さんに挨拶をしてその場をあとにした。


私が必要なものは、彼女が喜んでくれること。

そのためならば、この時間も惜しくはない。

私は満足気に、彼女と約束した場所へ足を向けた。

みなさん、新年あけましておめでとうございます。

どうも雨水雄です。

さて、まぁ今年も無事に新年を迎えられて、新たなスタート地点に立てたことは一安心です。

去年一年は、なんといいますか……雨水にとってもなにか大きな分水嶺だった気もしますので、どうか今年は平穏に生きてたいな……なんて思ってます。

というのも、やっぱり環境の変化というものの影響力が強かったなと感じてます。

元々雨水はそれほどコミニティが広いわけでもなく、広げる能力もないわけで。人望や人脈に長けているわけでもないので、一度繋がった人とひたすら付き合っていく人生スタイルなんですよ。新しいことに挑戦することは好きなんですけど、人付き合いに対して懐が深いわけではないんですね……なんせコミュ障なので。

それも踏まえて、生きていると出会いがあり、変化があり、それゆえに時間の使い方が違っていき、距離になっていってしまったりするものです。

でも雨水は大切にしたい人はとことん愛してますので、会いたいときは連絡を取るようにしてるんですよ。まぁ、当たり前なことなんですけど。

でも、そういった誘いも次第に一方通行になりがちで、大体自分からばっかだなぁ……なんて勝手ながら不平等さを覚えていたりするわけですよ。だって向こうからすれば雨水を誘う必要はない程度のものかもしれませんしね……。

そういったことで、割と存在意義とか生きてる意味とかを失いそうなことも、まぁ……あったわけですよ。

その中でも、こうして小説だけは毎週投稿できたのは、やっぱり言葉があったからなんでしょう。

好きな音楽があって、小説があって、アニメがあって、漫画があって……そこから見つかるやさしい言葉というものが、まだ雨水も知らないものばかりで、それをたくさん探すことでなんとか踏ん張ることができたんですね。

まだ世の中にはこんなにもあったかい言葉を使ってくれる人がたくさんいるということが、雨水もまだ残せるものがあるんじゃないかという前進に繋がったというわけです。

ということで、今年の雨水も、まぁなにか期待できるような大きなことはできないですけど、今までのことを愚直に続けていきます。

人と人とを繋ぐ言葉を探しながら。

さて、随分と冗長な長文になってしまい申し訳ないですが、ここまで読んでくださりありがとうございます。

みなさん、どうぞ本年もよろしくお願い致します。

みなさんのご健勝とご多幸をお祈りしております。

では、来週もよければここで。

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