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23グラムの旋律  作者: 雨水雄
33/52

そのXXXIII

暗闇の中を駆け抜けた先に待ち受けた空の色が曇天なのだとしたら。

雨が降ってしまうのを待つ方が正しいのか。

それとも明日はぱっと晴れ模様になっていることを願うのか。

否。そこはまだ暗闇なんだとまた駆け出せばいいのさ。


毎週日曜日に投稿しています。よろしくお願いします。

彼女のため、私が彼の家でパンを作らせてもらうことになって6日目になった。

といってもそれは慣れるというには程遠いくらい短い時間だった。

彼の家に行く足取りは初日に比べると随分軽いし、彼の家に足を踏み入れる緊張や躊躇も幾分和らいだ。

それは彼の親切さであったり献身性であったり、その親身になってくれる思いやりが私に安心感を与えてくれるから。

知らないことに苛立ったり、できないことに呆れたり、繰り返す失敗を放棄しなかったりと私を失望しないでくれるから。

私は恐れないで進むことができる。


私は、誰かについていくことが苦手だった。

波長や性格が合わないとか、総じてしまえばそんな単純明快な陳腐な理由なのかもしれない。

妥協と言ってしまえば聞こえは悪いかもしれないけど、でもそんな相手と繋がっている糸がはち切れそうでもなく、緩すぎもせず程よい距離感で保たれている関係が欲しかった。

どちらかが強要ばかりするのではなくときには受容もして。建前ばかりを並べるだけじゃなくてたまには本音で語り合って。その関係が続いていくことで知ることが増えて、相手がいやなことが分かるとそれを避けようとして、結果として思いやりあって心地いい距離感になる。そんな糸が欲しかった。

でも、それが理想論で綺麗事なんだと、なぜか肯定できなくなっていた。

誰かを頼っても時間を煩わせてしまうだけだと邪推してしまい、逆に私では誰の頼りにもならないと無力を嘆いて。

成長したいと思う反面、このまま誰かの足枷になるのはもっといやで……。

もし、自分ができる人間なら、それは足枷ではないと力を貸すだろう。その時間は後退ではないのだから。

かといって停滞しているわけでもない。前進だけというのも難しいかもしれないけど、きっとそれ以上に大事な一歩一歩を進めるはずだし。

だから、その道中に中途半端に首をつっこんだ私に、その初心を教えてくれる彼との距離感は理想に近かった。

ただ、そう思えば思うほど、私は周りに疑心や猜疑心を強く抱いていることに気付かされる。

私だけが優しいんじゃない。私だけが思いやりを持ってるんじゃない。

……私は、ただ優しくされることで自分を見失ってしまいそうなほど弱いんだと思い知らされるのだった。




そして6日目。

この日はトラブルが起きた。

私がやってきて、いつも通りの時間が流れる。

まずは生地を作って、少し休ませる。それからバターを挟んで折り畳んでいく。そして折り込む作業を数回繰り返して最後は成形と言って焼き上げたい形に整えていく。

それを5日間も連続でやっているとさすがに私も慣れてくるというもので、今日は彼に所々チェックをしてもらいながらも、ほとんどの作業を自力で進めていた。

その方が、彼もお店のパンを作る時間が増えるから。実際、彼が隣で次々とパンを作り上げていく手つきを見ているのは楽しかった。私だって同じ2本の手で、5本の指を持っているはずなのに、なに不自由なく動かせるはずなのに、彼の動かすその手は不思議で仕方なかった。

まるで手品みたい……なんて子供っぽく見惚れてしまっていた。

私は生地を休めている合間に彼の邪魔にならないところで、その培ってきた仕事を見学していた。彼のお父さんもミキサーを回しながら彼と同じ麺台で成形をしながら、さらにはカマでパンを焼き上げるというパワフルな動きを常に続けていた。彼もそこに息を合わせて麺台とカマを行き来していく。

なによりすごいのが、そこに会話がないこと。

黙々と手だけが動いているのだ。二人は生地だけを見ているはずなのに、その動きが重なることがない。ぶつかったり止まったりすることなく流れていく。 

「………………」

静かなのに通じ合っているその距離感と信頼感が、見ていて羨ましかった。できる人間ってこういうことなんだと一目瞭然だった。

と思っていた矢先、その沈黙は破られ、同時に時が止まったかのように彼の動きが固まった。

「……ダメだな」

そう告げたのは彼だった。すぐそばにいた彼のお父さんも首を縦に振って答える。

「え……?」

今の一端を見ていたが、なにがダメなのか私には分からなかった。

ただ淡々とパンが焼き上がっていく風景は圧巻でどこにも滞りなんてなかった。

でも今できあがった瞬間のパンを見て彼は悔しそうに歯を食いしばっていた。

「え、なに? なにがダメだったの……?」

理解ができなくてつい口を挟む。私の目には美味しそうに見えるそのフランスパンは売れないということ? その理由が全く分からなかった。

「クープが上手く開いていない。発酵が若かったか、乾燥しきってなかったか、いや蒸気が足りなかったから……はっきりとは分からないけど判断が間違っていた」

「じ、じゃあこれは今日はお店で出さないの?」

「あぁ……」

「そ、そうなんだ……」

彼がそう判断したのは一瞬のこと。

でも、このパンができるまでどれだけかかった?

4時に私が来たときよりもさらに早くから生地を作って、随分と時間を費やして、やっとのこさ焼き上がったというのに……。

アルバイトならその数時間でもう立派にお金持ちをもらえるというのに、彼はそれだけの時間で1円にもならないパンを作ってしまった。

失敗とは、それだけ残酷なのだ。

確かにお金だけが全てじゃない。でも価値をつけないと誰の手元にも届かない。

彼の今日の失敗を知っているのはここにいる人間だけなのだ。

私はその現実に息を呑んだ。言葉が詰まってでてこない。

「お客は友達じゃないから。毎日バラバラのものを提供していいわけがない……」

彼は悔しさを滲ませた声色を吐き捨てながらパンを見つめていた。

「友達じゃないから……」

私はふと彼の言葉が引っかかった。

友達だったら、たとえ失敗したものでも、駄作でも、許されるというのか。

たぶん私が受け取る立場なら、笑って済ましてしまうかもしれない。せっかく作ってきてくれたんだ。どれだけ不細工でも嬉しくないわけがない。

でも、渡すのなら本当はもっと上手なものを本気で作ってあげたい。

お客には、そんな忖度は通用しない。本気を見せたいなら、その見れくれの形のみ。

私は、そんな現実と闘う彼をの横顔を見て、なにも言葉が思い浮かばなかった。

束の間、その状態で沈黙が続いたが、彼が私の視線に気付いて気を遣った。

「そういや今日の透華とうかのパンはよかったな。この調子なら明日は大丈夫そうだな」

「あ、う、うん……ありがとう」

彼はそう言ってくれるが私は素直に喜べなかった。


その日、私は彼の家から去るとき、そっと彼の作ったクロワッサンを手にした。

登校中に食べたその味や食感、完成度は言うまでもなかった。

どうもこんばんは雨水雄です。

今日は随分と遅い時間の投稿になりました。固定しているわけではないですが、いつもの15時の投稿をもしお待ちして下さる方がいらっしゃいましたら、すみませんお待たせしました。

ふと、今週のこの投稿が今年最後になるんだと思うと、色々と込み上げるものがありまして……。まぁ、別にあとがきに本腰を入れる必要なんてないと思いますが、雨水にとって読者の方には感謝を告げる大事な場所ですので、少しだけ今年の自分を振り返りながら、言葉を探して参りました。

雨水にとって、言葉とはやはり力であり、あなたと繋がる大切な糸だと思ってます。それは声であり、文字であり、手話であり、形は様々あって、でも糸をちゃんと選ばないといけなくて。

もし、茨のように棘のある糸で相手を縛ってしまうとそれは傷をつけてしまう痛い言葉になってしまう。

でもかといって、わたの様に柔らかすぎる糸で結ぼうとしてもすぐに千切れてしまう。

相手が本当に必要としている言葉。相手に本当に届かないといけない言葉。

それは単語一つを引き出しから引っ張り出すのではなく、手のひらにどうやって乗せるのかという声の色や量も届ける言葉の一部として捉えなければいけない。

そんな、やさしい言葉を、今年の雨水はどれだけ使えただろうか。そんなことを振り返っていたわけです。

怒らなければいいわけでもないし、ずっと笑っていればいいわけでもない。

でも、人とは簡単に傷ができてしまうから。

それを互いに支え合って、重ね合って、背負い合って、幸せを積み上げていけたらなと思います。

まぁとにかく、総じて雨水が伝えたいことは。

この作品であれ、他作品であれ、雨水の使う文字や言葉を読んでくださり、どう感じて、どう評価してもらうのは自由です。

ただ、その中で一人でも多く、やさしい言葉をあなたの奥の中心部に刺さってくれればなと思いながら雨水は物語を綴っていきます。

今週もとい今年最後、ここまで読んでくださりありがとうございました。

では来年もよければここで。

みなさんの良いお年をお祈りしてます。


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