そのXXXII
冷たい風が肌を優しく撫でるのは。
本当は知ってほしいことがある激情があるからなのかもと思えれば。
また明日は、違って見えてくるんじゃないだろうか。
毎週日曜日に投稿しています。よろしくお願いします。
「よし、じゃあそろそろ戻るか」
彼は辿ってきた道を巻き戻すように、帰路に着く。
「うん、そうだね」
私は彼についていく。
どの道を進めば帰られるのか。その道筋は知っているけども、彼の行く道を選んだ。
まだ明けることのない夜道を歩いて行く。空色は薄ら青みがかっていて真っ暗とは感じない。それでも未だ肌を撫でる夜の空気に私は体が縛りつけられているくらい硬直している。
彼も寒い寒いと隣で呟きながら自分の体をさすっていた。
そして、彼の歩く道が、ふと私の知っている道から外れる。
あれ? それは最短距離ではないのでは? と内心怪訝に思いながらも私は続いた。きっとここらの地理くらいは彼も詳しいに違いないし。
それでも、彼は一向に方向修正することなく離れて行く。
さすがにおかしい……。
「ねぇ、進也。どこ向かってるの?」
堪らず私は足を止めて彼に訊いた。
彼もぴたっと止まっては私に振り返る。
「え?」
「え? じゃなくて。この道、どう考えても家に向かってないんだけど」
「あぁ……ちょい寄り道」
彼は三度前を歩いて行く。だからそこは私たちにとっては前ではなくて……私は今度は彼の服を掴もうとした。
けど、掴む前に私は彼の背中に直撃した。
「ふぶっ……ったぁ……え、なに?」
私は彼が急ブレーキしたせいで、勢いのままぶつかったんだと理解する。でもなんで?
「あ、悪い……いや、ここにちょっと寄ろうかなと思ってさ」
彼はその寄り道して来たかった場所をちょろっと指差す。
私はまだ少し痛い鼻先をさすりながら、その指先の方を見やる。
あぁ……なるほど。即座にぼんやりとする頭は納得する。
「進也のバイト先か」
「おう、ここでなんか買おうかなと」
「奢りでよろしく」
「生意気だな」
「いやだってここに来るなんて思ってなかったから財布もなにも持ってないし……」
悄然とする私に彼はいたずらめいて笑う。
「冗談だよ。じゃ行くか」
「……うん」
二人でコンビニに入ると、中は当然とばかりにしんとしていた。私自身こんな時間にコンビニに来るなんてことも滅多にない……いやもはや全然ない。
店内の掛け時計をちらりと見る。まだ朝の5時だ。
むしろこの時間から活動してる人がいるなんて今の自分の生活リズムからすると異常だ。尊敬すら覚える。
そこに加えて彼は私と同じように学校に通って、帰りはここでアルバイトもしてるんだから……やっぱり異常だ。失礼な言い方かもしれないけど、それくらい枠組みからは外れていて人並みではない。
私も好きなことに熱中できたならこんな風に……なんてふと昔のことを思い出したりしてみた。
…………あのころは確かに、そんな日の連続だったかもしれないなんて思えたりもした。
そんなことをぼーっと考えていると、突然視界に彼が入り込んでくる感覚に襲われる。
「おいどした? 大丈夫か?」
「わ……あ、うん。大丈夫」
「そっか。で、なにか欲しいものあるか?」
そう言う彼はすでに片手にパンと缶コーヒーを摘んでいた。
別に催促するつもりで言ったのではないんだろうけど、私は急いだ。
「え、えっと……これでいいや。ごめん、これでお願い」
私が選んだのはあたたかい紅茶。なんでも新商品という見出しが目に入って興味本位で手に取ってしまった。
彼に手渡してもう一度飲み物コーナーを見直す。いつもの私だったらこっち選ぶよな……とか冷静さを失っていた私はすぐにこういう商売に軽く引っかかってしまうよなぁ……とか色々と思考が回る。まぁせっかく奢ってもらうんだしいっかとか最後は開き直ってみたけど。
「ほれ、買ってきたぞ」
「うん、ありがと」
レジで会計を済ませた彼が、店口で待っている私の元までやってくる。そのまま並んで外へ出る。出ようとする瞬間、二人してほんの少し躊躇したが、それでも扉は自動で開いたせいで外に出ざるを得なかった。
「うぅ……やっぱ外はまだ寒いな」
彼は震えた声でか弱い台詞を吐く。同時に白い息が漏れる。
「ねぇ……中があったかったから余計に寒いよね……」
私も両手で紅茶を包んで慎ましやかな暖を取る。
今度は私も知っている帰り道を彼も進んでいる。
途中、彼は、ぱんっと袋を開ける音を奏でた。そして手でちぎってはそれを私に向ける。
「ほれ、これやるよ」
それはさっきコンビニで買っていたパンだった。くるくると巻かれた細長いパンで、上には白い砂糖の塊みたいなのがコーティングされてアーモンドスライスが散らされている。
「あ、どもども」
私はそれを素直に受け取って一口齧る。
「これ、あそこでおれがよく買ってるやつなんだ」
「うんうん美味しいね。見た目通り甘いや」
「まぁ、こんだけグラスがかかってるとさすがに甘いな。でも仕事終わりに疲れたときはこれくらいがちょうどよかったりする」
「なるほど……」
なるほど……この白いのはグラスというおしゃれな言い方をするんだなと一つ賢くなった。
そこで私は彼に話を振る。
「それにしても、進也でもコンビニでパン買うんだね」
「自分の店のパンしか食べねぇのかってことか?」
「うん、そういうこと。比べるとかじゃないけど、そりゃ自分で作ったパンの方が美味しく感じるだろうし、ぶっちゃけお金かからないじゃん?」
「まぁ、確かにそれはそうだな。でもコンビニでもあんだけ種類の多いパンがあるし、選ぶ楽しさはあるんだよ。それに不味いものは商品にしてない分、味も普通に美味いしな。邪険にするとかなく普通に買い物するな」
「そうなんだ」
「おう、そうなんだ。それに、コンビニのパンって安いんだよ。実際、あのクオリティであそこまで安いのはコンビニの強みなんだよなぁ……」
「ほうほう……そんなに安いんだ?」
「安いぞ。まぁ、なんていうか安いほど品質が悪いんじゃないかって勘違いされがちなんだけどな、あれだけ見た目と味が安定しててあの値段は……ちょっとおれの店では難しい」
彼は頤に手を添えて困っている様子だった。
言われて知ったが、確かに彼の店のパンに比べるとさっきコンビニで並んでいるパンの方が値段は全然安かった。
でもそれはやっぱり材料であったり人の手が入念に込められた品質故なのかなって思ったりもするけど、彼はそれを含めてもあの低価格はすごいと賞賛していた。私はまた一つ賢くなった気がした。今度からはコンビニに寄るときはちょっとでもパンコーナーを見てみようかななんてミーハーな考えすら過ぎった。
ようやく店に戻ったときには、もう5時半くらいだった。
店の裏口ではなく、本来の入り口から扉を開けると、なんだか明るく感じた。
それは思い違いではなくて、本当に電気が点灯していたからだった。
「あら、おかえり〜」
同時に柔らかくて甘い声が出迎えてくれた。
何度も聞いた覚えがある、彼の母の声だ。
「おう、ただいま」
「ただいま戻りましたぁ……」
私はちょびりと小さく会釈をする。
「それで、なにかいいアイデアでも浮かんだかしら?」
彼の母は私たちの事情を知っている風で訊いてきた。おそらくお父さんから聞いたんだろう……。
「まぁ、方向性は見えた……な?」
彼も答えながら、最後は私に目を配る。
「は、はい。明日からはまた頑張ります」
「ふふ、頑張ってね透華ちゃん。透華ちゃんの作ったクロワッサン、おばさんも楽しみにしてるからね」
「は、はい……」
前途多難の毎日だった。
未だ光明の兆しは見えないし、彼に頼ってばかりだけど。
こんなにもあったかったい眼差しと、胸の奥がほっこりする声色で期待されると、私も頑張らないとってまた襟を正すことができる。
「頑張ります!」
あと2日。
私は彼女の喜ぶ顔をまた想像した。
どうもこんにちは雨水雄です。
最近本当に風が冷たく強くなってきましたね……作品の内容と現実の時期がちょうど重なって、書いていて思い返すことが多かったです。
それに、今回はパンの話が多くて……というか自然とそうなってしまった結果論からすると、やっぱり自分は好きなんだなぁ……と改めて実感することもできました。
いよいよ来週は今年最後の投稿になります。といっても別段なにか特別仕様というわけでもありませんが。
それでも、変わらないなにかが変わった環境に踏み込んでいく。変わった中で、また変わらない話が続いていくという……ごく当たり前をぜひ楽しみに待っていただければ幸いです。
さて今週もここまで読んでくださりありがとうございます。
では来週もよければここで。




