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23グラムの旋律  作者: 雨水雄
31/52

そのXXXI

やってきたこと。続けてきたこと。

それがどんな形であったって、残る。

やめたこと。諦めたこと。

それはどんな挫折であったって、その選択をする勇気があるあなたなら、踏み出せる勇気もまた然り。


毎週日曜日に投稿しています。よろしくお願いします。

店を出てから行く先も考えずにただひたすら歩き続けていたとき。

「やっぱこの寒さは慣れねぇなぁ!」

鼻を啜る彼は近所迷惑も考えずに笑い出す。

「ちょ、ちょっとこんな時間に声大きいってば」

「悪いわるい。でも誰もおれ一人のことなんか気にしちゃいないだろ」

「たとえそうだとしてもだよ」

「次からは気をつけるさ」

彼は口先だけで反省の色を示す。本当に気をつける気なんてさらさらないんだろう。

そもそも私が隣にいなければ彼は店を出ていないだろうし、こんなところで声を上げることもなかった。

次なんて……もうないんだろう。

「ねぇ、なんでいきなり店を出ようなんて言ったの?」

彼は今の私を見ていたら話がしたいとここまで私を連れてきたのだ。

店の中ではなく、わざわざ寒い外に出てまで。

「思い出を辿りながら話した方が、おれも話しやすいかなって思ったんだよ」

彼はさっきとは変わって会話をするトーンで理由を口にする。

きっと今、彼の頭の中ではその思い出たちが詰まったロールフィルムがくるくると映像化してるんだろう。

「思い出?」

「あぁ。おれが最初パンを作り始めて、初めて悩んだときなんだけとさ。こんな風に誰もいない夜道を歩いてたことがあんだよ」

「……そうなんだ」

「そのときもちょうど今くらいでさ。夜の桜がやけに綺麗に見えたんだよな」

そう語る彼は、近くに咲いていた小さな桜の木を眺めていた。

仲間と並び合うこともせず、一本だけでぽつんと佇んでいるそれは、とても感動できるような姿はしていなかった。

…………でも、確かに、綺麗ではあった。

今の私じゃこれが暗くて撫子色には見えない。でも、モノクロでもない。確かに色があるんだと、少し発光して見えたりもする。風がないから花びらが舞うこともない。でも、その分その色が束なって大きく見えたりする。

「こんな時間に桜を見るなんてさ、なんか特別感があったりするんだよな」

「まぁ、さすがにこんな時間に桜を見ようなんて人いないもんね」

「だろ。でもこいつはここで咲いてるんだよ。誰にも見られなくてもちゃんと花を咲かせているんだ」

あ……と、関心を突かれた。もしかしたら声に出ていたかもしれないほど納得して、つい私の足が止まった。

もうなにも言わなくても、彼がなにを伝えたかったのかが、しっかりと胸の奥に刺さった。

しかし、それでも彼は続けた。

「おれが中学のときさ、ほんの好奇心で親父のやってるパン作りを始めたんだけどよ。これが思ってた以上に難しくて、躓くたびに親父にアドバイスをもらって、親父ってこんなに物事考えて仕事してんだなとか……かっこいいなって思ったりもしたんだ」

それ、今の私が思ってることそのまんまだ……とか内心すごく共感できたが、そこで言葉にはしなかった。たぶんこれは同じようで、ちょっと違う気がするから。

始める熱意も、終わらないように、絶やさないように灯し続けようとする彼とは比べものにならないし。

私はそれから黙って彼の話に耳を傾ける。彼も私の返事をいちいち待たずに話し続ける。

「それからはしばらくパンを作るのが楽しかったんだ。毎日早起きするのも苦にならないくらい熱中してた。親父も興味を持つおれに親身になってくれたしな。正直環境には恵まれてるなって実感してた」

それを語る彼の声は無意識ながらに弾んでいて、本当に充実してるんだなとひしひし伝わる。

だけど、そこで彼はふと足を止める。同じ場所をぐるぐるとしていて、何周目かも分からないけれど、なにもない場所で景色が止まる。

「けどさ、あるとき親父がおれが考えたパンを売ってみようって言ってくれたことがあってよ。おれは嬉しくて一生懸命考えたんだよ。そのとき持ってた知識とか技術とか全部使ってどうにかおれだけの新しいものを作ってやろうとか意気込んでたんだ……」

聞いている限り、それは決して声が沈むような内容ではない。むしろ喜ばしいし、成長している証だし、信頼されている証明でもある。

だけど、それでも彼の声に元気がないということは、そういうことだったんだろう。私は一番最初にその現実が思い浮かんだ。

そして、彼はその想定通りの結果を話してくれた。

「でも、売れなかったんだよな。結構自信作でさ、母さんも頑張って売り切ってあげるとか気合い入れてくれてたんだけどダメでさ……あぁ、おれってこんなもんかって。そのときなんか一気に電池が切れた感じだった。もう本当になんでもどうでもよくなった気がしたんだ……」

「うん……でも続けたんだね」

私ならたぶんそこで筆を下ろしている。というか、私はそこで諦めた人間だ。

一度の失敗が、もう成功しない未来しか想像させてくれなかったから。そんな弱い自分がまた惨めになって。自信が持てなくなって。どんどんと生きる意味を失っていったんだ。

けれど、彼はそこで踵を返さなかった。楽な道を選ばなかったんだ。

また一からなんでも選べる道よりも、さらに茨を進んだんだ。

「あぁ。続けたな……ある人のおかげで」

「ある人……?」

それは私の知っている人だろうか? 気になったが、彼の人脈に首を突っ込む真似はやめておこうと喉奥に引っ込めた。

「おう。その人はずっとこれが楽しいんだって見せつけるくらい頑張ってる人でさ」

「うん」

「どんなときでも学校で、そればっかしててさ。でもそれだけが誰よりもすごかったから人に囲まれててよ。おれはその人が羨ましかったんだ。頑張って認められる人ってやっぱかっこいいなって」

「うん……」

「だから、おれもこれが好きなことなんだって思って頑張ろうって決めたんだ。悔しいと思ったこともぶつかったおかげだし、負けたのも挑んだ証拠だからって、とりあえず続けることにしたんだ」

「うんうん……」

「でも中学最後の春くらいから学校でその人を見かけることは少なくなったんだ。よく教室を離れてどっかに行くことが多くなっていったんだ」

「……うん」

「もう諦めちまったのかななんて思ったりもして、その人に聞いたら「もうやめた」って言ってさ。まぁ実際すげえ悲しかったんだ。なんでだってイラついたりもした」

「…………」

ごめん、とは言わなかった。

「それでそのとき、おれはこのさきどうすればいいんだって悩んだんだ」

「それで外に出たの?」

「あぁ。目指した先が急になくなった気がして、パンを作ってても上の空って感じがしてつい飛び出したんだ。そんで走ってたらあの桜の前に立ってた。特別大きいわけでも目立つ場所にあるわけでもないあの桜の前で自分でも驚いくらい急ブレーキがかかったんだよ」

「そっか……そうなんだ」

「そのとき見た桜が、おれにはその人にしか見えなくてよ。あぁ、おれはパンを作るだけじゃダメなんだなって教えてもらったんだ」

「……それはどういう意味なの?」

「その人は確かにやめたって言ってた。でも頑張ってた姿が消えるわけじゃない。おれにはいつだって頑張ることを知っている人にしか見えない。それに、その人が囲まれているときに見せる人柄とかやさしさみたいなものが、おれには足りないんだなって思ってよ。パンを作るだけじゃなくて、人としておれが認められる人にならないんだなって考えるようになった」

「…………そ、そうなんだ」

「だから今のおれがいるんだ。その人が今どうしてるかなんておれは知らない。でも、おれの中ではまだちゃんと咲いてるから。残したものは、ちゃんとまだ残ったままだから」

彼は空を見上げた。街の明かりが消えたその頭上には、今まで見たことないくらいの星が輝いていた。

「こんなところでも、こんなに星が見えるんだね」

「だろ? 誰も見てないところで光ってるってずるいよな」

「…………私、星がいい」

そのとき、私は無自覚にそれを求めていた。

桜の花びらのようなその形を。

「え? なにが?」

「ねぇ、進也しんや。私、星が作りたい」

「星が作りたいのか……?」

彼はまだ私がなにを言いたいのかが理解できていなかった。

なんでだよ……と本当はツッコミたかった。そのためにここに連れ出してくれたんじゃなかったのかよって笑い飛ばしてやりたかった。

でも、こんな話をくれたお礼として、閉じ込めておいてあげた。

「だから、明日作るパンの形は星がいいって言ってるの」

「あ、あぁ……そういうことか」

「うん、そういうこと」

「おう、分かった。任せておけ」

そう言って彼は胸をどんと叩く。

自信ありげに、船を用意してくれる。

だから私は遠慮なく乗せてもらうことにした。

……ありがとう、と言うのはまだ先にしようと、静かに乗ることにした。

どうもこんにちは雨水雄です。

少し前まで、12月はまだだ……まだだ……と思っていて、観たい映画の公開日であったり、読みたい本の発売日も待ち遠しいかったのですが、あっという間でした。

今じゃ立て続けに予定が埋まっていき、バタバタと焦りながらも充実した毎日を送っております。

そこで、昨日はイベントがあって京都まで行ってたのですが、ふとバスに乗ると女子高生の集団がいたわけです。

別に騒いでいたり迷惑をかけていたりするわけでもありませんでしたが、なんだかまだ子供だな……と僭越ながら感じました。

雨水はもう高校生ではないですが、でも高校生いのころからなにか大きな変化があったかと言われたらそう簡単に口にできる立派なことはありません。でも卒業式が過ぎれば高校生のレッテルは剥がれるわけです。たったその日を境に雨水が子供と感じていた存在はそうでなくなる一歩を踏み出したのかもしれません。

ただ、そうだとしても雨水だってまだ周りからすれば子供みたいなものなんでしょう……。

一体なにを線引きにして大人になるのか。

雨水にとってはより多くの理解者になること。多くのことを知り、伝え、また言葉を覚えては誰かの心に届くようになればいい。それが大人であればいいと雨水は信じています。

まぁ、そんなことを踏まえて、今週もここまで読んでくださりありがとうございます。

では来週もよければここで。

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