そのXXII
未来はいつだって変える権利があるけれど。
それはいつもできることじゃない。
培った過去と、戦った戦績と、積み重ねた時間があるからこそ、その方角が示す方が正しいと理解できる。
なら未来のために、その理想の過去となる今をどう送ればいいのか。
だからそこに勇気と覚悟が必要なのだ。
彼女は生きていた。そのことが明らかになり、私はまだ発展途上の橋から飛び降りることはなくなった。
だが、その断絶と引き換えにするかのように。
使い慣れたベットの上で目を覚ました私の中には、もうすでに再会を喜び合ったあの起伏はなく。
ただ彼女がいて当たり前だったあのころのように情緒は至って安定していた。
そう。まるで特定の期間だけが真っ白に塗り替えられたような違和感だけを覚えながら…………。
今まで積み上げてきた自らの橋を見返した時、ある一部だけが透けて見えるように。
それでも私はとにかく彼女と会える今日、家を出て学校に向かうのだった。
登校中、頭の中で思い描いていたのは今朝の母とのやりとりだった。
「あ、透華おはよう」
「う、うん。おはよう」
「…………なんか今日の透華、顔色いいね」
「え? あ、そうかな……?」
言われて初めて、私は今日の私が調子のいいことに気付く。
むしろ悪いと思っていなかったからこその不意打ちではあった。いや、この頃の私は確かに芳しくはなかったかもしれない。身体的というよりも精神的に参っていたような気はするな……。
だから今の母の言葉もあながち腑に落ちる。
「うん。クリスマスの日に熱出した透華は本当にしんどそうだったから……元気になってよかった」
母の安心の一息は、私の体調がいかに悪かったかを物語っていた。
…………しかし、それはどうも違う気がする。私の中の記憶では、私は…………いや待て、そうかもしれない?
振り返ってみれば、確かに私はクリスマスの日に母と出掛けようと約束して、結果それは叶わなかった。
なぜ? それは私が寝たきりになっていたからだ。そんな風に思えてきた。
実際に熱を出したり、寝込んでいるような過去は体が覚えていないが、それも風邪を引いていたせいで曖昧になってしまっているのかもしれない。
そうだ。全て、かもしれない程度の中途半端な見解ではある。でもその仮定がどうもしっくりくるのだ。
となると、やっぱり私は…………。
「うん、そうだね。でもあのとき、せっかくだったのに予定を台無しにしてごめんなさい……」
母の言葉を肯定することにした。
だってそうするしかないから。母がわざわざ嘘をつくような真似をするはずがないし、そうなれば実存主義に頼るしかない。母の見た私が全てなのだ。
経験や体験が無に等しいのはもう熱暴走のせいにしてしまえばいい。普段あまり風邪を引かない私のことだから、こことぞばかりに頭がショートしてしまったんだ。
ただ……なぜか口の中がもどかしくなった気がした。
「ううん、気にしないで透華。クリスマスは来年もやってくる。だから今回の約束はまだ延期状態ってことで。それに、去年もしあのとき透華が無理してでも外に出ていたら、それこそ私にとってはいい思い出にならなかったわ」
「うん……そう、だね。うん、分かった」
「よし、じゃあ気を取り直してまた一年乗り切ろ! 今年のクリスマスの楽しみを今のうちからいっぱい溜めておいて、そのとき発散させようよ!」
そして、この母の母である。
無邪気にはにかむその表情は、歳の差も忘れるほど親近感のあるものだった。まるで彼女を前にしているかのような錯覚すらちらついた。
それこそ人と人の間では、この目に映るものを絶景と呼ぶに相応しいというものだ。
だからこそ、それと同時に今回の空振りがどれほど悔しい時間になったかを知らしめられた瞬間でもあった。
母の言動と行動は本物だ。紛れもなく一番母のことを知る私がそう断言しよう。
よって結論は出た。私は決めた。
彼女は死んでいない。誰もいなくなってない。
悪いのは全部、体調管理を怠った私のせいだ。
私ってなんて罪な女……なんて。
「じゃあ、行ってくるね」
私は母の言葉を真摯に受け取り、気を取り直した。
また一から自らを育もうと。
「うん、行ってらっしゃい」
母の爛漫な笑みに送られて。
私は家を出た。向かうべく場所を目指して。
今日の登校時刻は、比較的早い方ではあった。
だがしかし、極端に早いわけではないため、ある程度の人混みは避けられなかった。
むしろこの時間に登校する生徒の方が多いくらいで、その適正さに倣ったせいで少々狭くなった道幅をちびちびと歩く羽目になった。
当然、こんな時間に私の少ない知り合いが通りがかるわけもなく、私はひたすらに無言で、人と人との狭間で足並みを揃えて歩くのみだった。
あぁ、いっそのこと空気にてもなってふわふわと空を自由に駆け回りたいくらいだ……。地に足をついて進むという単純かつ複雑な状況を、なぜか歪曲な解釈で噛み締めるのだった……。
ようやくたどり着いた校舎の中も、やはりすでに同じ制服の人ばかりで埋め尽くされていて、私は早くも溜息を一つ吐いた。
いや分かっている。悪いのは私だ。
集団意識の芽生える学校という環境で、一人歩きをしようなんて愚行は褒められるわけがない。なんせ愚行なのだから。
協調性や協和性、親和性といったそれこそ社会に出れば嫌というほど身にしみて理解するであろう人間関係が、どうして学校で育めないのか。
だから、悪いのは私だ。人を遠ざけ、一人で楽になろうとしている私が悪い。
きっとこの先、なにかを得るにも、掴むにも、人の目と手の声は必要で、それなくして自己評価なんて言語道断だ。
でも…………でもと言いたいのは。
私の知るあの人たちは。
だからあの道を広く歩き、一人の空気を生み出し。
一人で結果を出してしまうから。
私にはそう見えてしまうから……。
だから多数派と変わらない私は、変わろうと思えど、そこをまだ、景色だと認識してしまっているだけなんだ。
母と約束をした。今年の一年もまた頑張ろうと。
そして私はそのための目標がここにあるから向かうことに決めた。
でも、それをまだ心に秘めているだけでは、どうしてもだめなのだ。
私がこの手で筆を取り、動かさない限り。
なにも始まることはないのだ。
「…………始めることは続けるため、なんだ」
それを恐れていることを自覚している私は。
クラスの教室の扉でさえ、極力弱めた力でしか、開けられないのだ。
どうも雨水雄です。こんにちは。
あぁ、今日めっちゃいい天気ですね。風も心地よくてついこんな日が続けばいいのに……なんて愉悦に浸っております。
どうせ外に出たところで本屋かケーキ屋しか行かないんですけどね……最近百合センサーに拍車がかかってきたせいでお金は減るわ積読は増えるわでも時間は一日24時間!の狭間で苦しんでおります……頑張れ体。
というわけで今週もここまで読んでくださりありがとうございます。話も中盤に差し掛かり、折り返し地点です。今後に続く後半もまたどうぞあたたかく見守ってやってください……。
では来週もよければここで。




