そのXXI
起こったことは、起きたことでしか立証は許されない。
だというのに。
起きたことを、起こったことにできない時間は一体なんだというのか。
私はどうして、彼女と起こしたあの時間を忘れようというのだ。
彼女は、そこに立っていたのだ。
両手を後ろに隠して、私の後ろで嫣然と笑って。
私にはその笑みが燦爛と映り、幽谷へと潜り込んでいくように脳裏に沈み込んでくる。
あぁ、生きているんだ……。
そんなありきたりな実感を、痛いくらいに胸の奥を刻みつけながら。
私はそのあたたかさに油断して、防波堤を緩めてしまったのだ。
夕焼けと宵闇が混ざり合う少し名残惜しく感じる空色の下で。
私と彼女は瞳の線を交わせる。
色彩と色彩と接触。混色、あるいは混濁。
いずれにせよ、それは光がなければ成立しない、すなわち私にとっては再会を意味している。
いつだって集まっていた二人だけのこの教室で、今は再び全員集まったのだ。
「愛歌……」
私は窓辺に寄りかかる彼女の元は歩みかけ、彼女の隣へ並ぶ。彼女は近づく距離を拒絶せず、肩が触れても避けなかった。
「どうしたの透華?」
「今までどこ行ってたの? ずっと探してたんだよ?」
「…………ごめんなさい」
彼女は未だ私と体を接触させつつも、その視線だけはふいっと逸らした。
「謝るってことは私から離れたって自覚があるんだよね?」
「……………」
「ねぇ、お願い。答えて。あのときなんで愛歌はどこかへ行こうとしたの? どこに消えたの?」
「…………ごめんなさい」
「それじゃ分かんないんだけど」
「ごめんなさい。でも、わたしにもよく分からないの」
「…………どういうこと?」
「わたし、気付いたら道路の真ん中に立っていたの」
上手く会話が噛み合わない……。
今、私の目の前に彼女はいるというのに。確かにその息遣いも仕草もはっきりと生きている動きをしているはずなのに。
まるで生きているか定かではないほど、不安定な喋り声をしていた。
「道路の真ん中に立ってたって……それまでなにしてたか覚えてる?」
「ええ。透華と一緒にどこかへ行っていたような気はするわ……でもぼんやりとしているわ」
合ってる。それは間違いなく起こった現実の記憶。
じゃあそのあとは? どこで彷徨って、どこを奔走して、またどこにたどり着いたというのだ?
「そ、それからは……? 車にぶつかったりした記憶はない?」
「車、かしら……ないと思うわ。だってわたし、今どこも痛くないもの」
「そっか。じゃあちゃんと生きてるんだ……」
私は安堵の息を漏らす。はぁ……と細く長く、もしかしたら少し口元が緩んでいたかもしれない。
だけど、反対に彼女の表情はどこか落ち着かない様子でわたしと目を合わせようとはしてくれなかった。
「ただ、そこからわたしは自分でもなにをしていたかを思い出せないの」
「…………なにも?」
「ええ……。でも、本当におかしなことだと思っているのだけれど……ずっと夢を見ていたような気がするわ。ずっと眠っていたような感覚だけが残っているの」
だとすると彼女はあのとき、あの期間は本当に消えてしまっていてもおかしくなくなってくる。
私が見たあの日最後の光景は、やはり彼女の消失を意味する衝突だったのだ。
だったらあれから一週間の私が彼女を思う気持ちは……彼女を探した行動は……一体どこに向かっていた、のだろうか…………?
……………………あれ?
「愛歌、一つ聞きたいんだけど」
あれ?
「なにかしら?」
あれ、私もおかしい?
「その夢の内容って覚えてたりする?」
あれ、おかしいのは彼女だとばかり押しつけていたにも関わらず、私もになにか違和感が強く引っかかる。
「え、えっと…………覚えているけれど言うのは恥ずかしいわ」
あれ、やっぱりおかしい。どこも辻褄が合わないじゃないか。
「お願い。教えてくれない?」
あれ、だって私が知っている限り、彼女がいなくなった理由というのは……。
「ええ、分かったわ……わたしはずっと、なぜか一人ぼっちになってしまった透華を遠くから眺めていたような夢を見ていたわ……」
違う。彼女は確か、家族旅行に行っていたはずなんだ。
「そ、そっか…………それはなんでだろうね」
私は苦笑いを浮かべる。いやそんな器用に笑えている自信もなかった。
おかしいのは彼女だとばかり思っていた。
だって突然いなくなったのは彼女なんだとばかり。
でもそんなの当たり前じゃないか。彼女は家族で水入らずの旅行に行っていたのだから。
…………だからおかしいのは私の方だ。
「ええ。そんなことわたしが許さないもの。わたしは透華とずっと一緒にいたいもの」
この記憶が確かなものではないと拒絶してしまっている。
彼女は家族旅行ではなく、なにかもっと大きな現実と戦っていたなんてひどい妄想に押し返されそうになっている。
そんなの明らかにおかしいじゃないか。
彼女は家族旅行に行っていた。それが正しい。間違っているのは私だ。私こそ夢に浸って幻想に囚われているだけだ。
「そっか……話してくれてありがとう」
「いえ、構わないわ。でも今思い返しても本当に不思議な夢だった気がするわ。なぜかこれからのわたしにとって、とても大切で重要だったような……そんな誰かからのメッセージみたいな感じだったもの」
「じゃあなるべく忘れないようにしないとね」
「ええそうね」
彼女ははにかむ。気持ち悪いほど自然に相好が崩れる。
だから彼女は今ちゃんとここにいる。抱きしめれば、手を握ればしっかりとあたたかいぬくもりが返ってくるに違いない。
…………じゃあ彼女は一体家族旅行でどこに行っていた?
そんな会話、今も昔も一度だってした覚えがないのは。
やっぱりなにかがおかしいじゃないか……。
だが、それも杞憂と言いたいほどあっさりと砕け散り。
次の日を迎えた私は、なにも思い出せない違和感だけを抱えていた。
こんにちは雨水雄です。
最近ようやく積読が消化されてきましたよ……よよよ。大変でしたけど刺激をいっぱいもらって今も創作嫌気はばりばり回復中です!
いずれはSSなんかもやろうかと!いつかは!なんて思ってたりするのでいずれを雨水自身そのいずれを楽しみにしております。書くなら百合かなぁ……。
なんてことも考えておりますが、とりあえず、今回もここまで読んでくださりありがとうございました。
では来週もよければここで。




