そのXIX
会いたいと思った時ほど。
会いたい人がどこにいるかも、なにをしてるのかも分からないことを気にして。
挙句に自分が相手にどう思われているかを比べてしまって。
もう会えないことがだんだんと多くなっていくんだと、だんだん気付いていくんだ。
毎週日曜日に投稿してます。よろひくお願いします。
その日は、ここ1週間溜め込んだものをぶちまけるように、豪快な雨が降っていた。
「え、だる…………」
耳が割れそうなほどうるさく地面を叩く雨音は、私をベットに縛りつける。
学校に行くのが億劫になる……。
私の行動力は雨水に奪われていき、どんどんと憔悴していく。
ついには学校に行かなければいけないという使命感や罪悪感でさえ外のアスファルトのように雨で埋め尽くされそうだった。
視界は悪くなるし、気力を奪う嵩は気付けば無気力へ染め上げるし…………それこそ暗礁に乗り上げるほかない。あぁ、もういや。学校行きたくない……とにかく雨の中外に出たくない。
そんな言い訳も思いつかない寝ぼけ眼でとりあえず私は意味もない寝返りを何度も繰り返す。
今が何時かも、暗雲のせいで空の色では判断できないし、もういっそのこと本当に休んでやろうかとも思うほどだった。
それは自分でも驚くほど珍しい放棄だった。
今までそうでありたいと頭を過ぎることは多々あったものの、それでも自制心というものかそれとも世間体の維持か、はたまた待っててくれている人がいるかもとか盲信を一人歩きさせた挙句……なんだかんだいつの間にか学校にたどり着いている。
それがどうしたものか……皆無と言っていいほどどうでもよくなっている。
私に需要はない。ましてや今の学校に供給もない。
勉学を取り入れたところで、猫に小判。いやそれこそ鬼にきびだんごだ。
教科書を開いてノートを板書したところで私の脳細胞はどうせ役目を果たさない。今日の空模様に流されていく運命しかない。
「はぁ…………」
そこでようやく手持ち無沙汰が違和感に変わり、携帯を掴んだ。
…………まだ余裕がある。
それがなにを意味するのか。ただ二度寝する余白がまだ残されているということだ。
「いやいや待って」
そもそも今日の私にとって二度寝は至福ではないじゃないか。だって一日が睡眠可能時間なわけで……。
どうやら最近私の中で習慣になりつつある早起きが学校に赴く義務感の意識へと少しずつ傾いていく。
ううん。どうせ行ったところで家にいる時間となにも変わらない。むしろ行けば雨に打たれて濡れるし昼休みも教室で過ごす人が増えるからストレスが溜まるしデメリットが増える一方だ。それらを踏まえて、無闇に行くのはあまり褒められたことじゃない。
「学校に行かないことが褒められるわけでもないか……」
…………こんなの、どうせ常識や秩序に対して屁理屈と生意気でいたちごっこして遊んでいるだけだ。
意固地になるだけ醜態を晒しているだけの露出者。
でも行きたくないんだよ……そこに唯一性を感じていた実存はないから。
この体が向かっても、この目を振り向けても……そこに期待は膨らまない。強いて萎んだ風船が転がっているだけ。
それを手に取って、空気を入れる勇気と力が足りないのだ。
「はぁ……このまま透明にでもなってやりたい」
母から授かった名の通り。
綺麗な透明の華にでもなって。
雨なんか透かして、晴れたときはその空の色を飲み込んで。
いっそのこと、それくらいなにもないほうが清々しいかな……なんて。
そんなときガチャリ……と。
変な妄想癖を広げようと頭のネジが外れそうなタイミングで玄関の扉が閉まる音がした。
代わりに釘が刺されたかのように、はっと我に帰る。体が起き上がる。
「お母さん、仕事行ったんだ……」
母はなにも告げずに、ただ扉を開閉する音だけを優しく鳴らして家を後にした。
それはまだ朝が早いこともあって、母なりの私への気配りなんだろうけど……。
今日くらいは、ひょこっと顔を見せてくれてもよかったのに……なんて都合のいいわがままが胸を騒つかせる。
私はやっとこさベッドから剥がれるように離れて、今や誰もいないリビングへ足を運ぶ。
雨の日特有の、物寂しさを纏い濁った色の空気感が漂うその部屋の中は、より一層私の孤独感を強くした。
「…………」
私は部屋の真ん中にあるダイニングテーブルに母の用意があることに気付き、近づいていく。
そこに置いてあったのは今日の朝食と、お昼ご飯のお弁当箱。
「……お母さん……」
母はたぶんただ無気力に寝転がっている私と同じくらいの時間に起きては、こうして二人分のご飯を作ってくれたんだ。
ちゃんと朝ごはんを食べて学校に行くこと。
お昼もちゃんと食べてまた勉強すること。
そのための母の思い入れがそこに詰まっている。
「はぁ…………やっぱ行かなきゃだよね」
このままじゃせっかくのお弁当が無駄になる。
だらだらと家で過ごして、家の中で食べる弁当がどれだけ母にとって徒労なものか。想像するだけで胸が痛い。
だから私は、ついにいつも通りの動きを取り戻した。
「……顔洗お」
私は、このとき改めて親の愛に触れた。
同時に、やっぱ家を出る前は顔を見たいなとも……。
家を出て傘を差し、水溜りを避けながらその道を歩く。
学校に着いたころにはすでにぞろぞろと他の子たちも席に座っていて、どちらかといえば私は遅刻に近かった。
「おはよっ。黒田さん」
私もあとはホームルームを待つだけだと気を緩めて席に着こうとしたとき。
「あ、高原さん……うん。おはよう」
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「まぁ……うん。それなりには」
本当はどん底を味わったかのように病んだ心に付き纏わられていた……なんて言えるはずもなかった。
それは信頼してないとか。疑われるかもしれないとか。そんな猜疑心を畏怖した躊躇いではなく、単純に私の中でもまだ綺麗に整理ができてなくて上手く説明できる自信がなくて言葉を選べなかっただけだ。
だって彼女はまだ本当にいなくなったとは……。
とは…………?
「そっか。私も毎年変わらずだらだらしてただけだった……へへへ」
照れるようにはにかむ高原さんを私は、真剣な目で見ていた。
「ねぇ、高原さん?」
「ん?」
なにも分かっていないという様子で、この子は私の次の言葉を待っている……。
「冬崎愛歌って子、知ってる?」
「え、冬崎……? えっと、ううん。知らないかも。ごめんね」
「いやこっちこそいきなりでごめん……」
「あぁ……っと、じゃあ私戻るね」
申し訳なさそうに眉をひそめる高原さんは小さく手をあげて私の元から離れていく。
手をあげ返す私もまた、高原さんに悪いことをしたな……と内心もやもやした。
せっかく久しぶりに会えて、あんな風に笑ってくれたのに……私はその空気を一瞬で硬直させてしまったんだ。
「でも…………どうなんだろ」
けれど、得られたものに私は安堵を覚えた。
おそらくだけど……彼女は、まだいるんだ。
だって、確かに高原さんと彼女の面識はなくてお互い知らない生徒仲ではあったけれど。
だけど、いなくなればそれは瞬く間に学校中で広がる大事になるはず……。
早速、私は昼休みになると彼女のいる教室に足を向けた。
普段は自分から来ることもない別のクラスに踏み入れるのは少し緊張した。いや、かなり鼓動が速い……。
自分の席がある教室とは違ったアウェイの雰囲気は疎外感があって私は挙動不審の自覚があった。
きょろきょろと扉にしがみつきながら中を覗く。
そもそも彼女が今教室にいるかなんて把握してないが、でも全体を一通り見回してみる。時々知らない子と一瞬目が合うがすぐさま逸らしてしまうの繰り返し。
「…………いない、かな」
「おい、どうした?」
「ひゃっ!?」
いないと分かって、扉から手を離してその場から逃げようとすると、突如背後から大きな影が私に覆い被さった。
いや、知っている声だ。でも今はその声ですら私をまた扉にへばりつかせるほど、私は心細かったのだ。
「し、進也…………?」
「おうおうなんだ? なんでそんな驚くんだよ」
「あ、いや……ごめん。なんでもない」
「……そうか。で、俺んとこになにかあるのか? 誰か呼んで欲しいのか?」
「ううん。探したんだけどいなかったからいい」
「誰だったんだ?」
「愛歌……」
その名前を聞いた彼は、同じ教室にいるはずの人物なのに心当たりがないような間を空けた。
頤に手をあて、顔をしかめる……。
「悪いけど、誰か分かんねぇな。別のクラスだったりしないか?」
そんなわけないのに……私は心が捻られるように締め付けられる。
抑えるように胸元に拳を当てる……。
「……う、ううん。そうかも。ごめん」
「お、おう……なんかすまん。また知ってるやつがいたら伝えるようにする」
「うん……ありがと」
彼女は……いる。
そう思いたくて。そう思っていたはずなのに。
どう思えばいいのか、私は分からなくなってしまった。
放課後になり、私は最後の砦と言わんばかりに一直線にそこへ向かった。
教室を出る際、高原さんに「朝言ってた子とは会えた?」と聞かれたが、首を中途半端に振るだけの上手な返事はできなかった。
それでも高原さんは、そっかと一言だけ。それだけを残して手を振ってくれた。
そして今、目的地にたどり着くと、私は縋り付くようにその部屋の扉を開けた。
「…………」
その鋭く冷たい無機質な眼光が刺さる。
それが意図的な拒絶でないことは知っている。でも、やっぱりその表情は簡単に人を受け付けないような障壁があるような気がして、私はその敷居を跨げずにいた。
「えっと……水島先生…………」
「うん。どうしたの……透華?」
名前を覚えてくれていた……名前を呼んでくれた……。
そのやりとりだけで、私は少しだけ先生との距離を詰める。
「せ、先生は……覚えていますか。冬崎愛歌というここの生徒を」
先生はその名を聞いて、一度大きく瞬きをした。
そしてぱちぱちと数回……口が開いたとはたぶん時計の長針が一周はしたころだった……。
「……………分からない」
「そう……ですか」
「でも、名前は知ってる……気がする」
「ほ、本当ですか!?」
気がついたとき、私は座っている先生を見下すほど近づいていた。
「う、うん…………でも、やっぱりそんな気がするだけ。顔は全然、思い出せない」
その眼力とは裏腹に、体は震えていてびっくりしているように先生は淡々と答える。
「あ、ご……ごめんなさい。私、どうかしてましたよね……」
「……ううん。私こそ、透華の力になれなくてごめん」
「いえ、十分です。では私、ちょっと行きたいところがあるので失礼します。えっと、本当に助かりました。ありがとうございます」
たぶん、先生にとってはなにがなんのことかさっぱり整理が追いついていないとは分かっている。
でも、今だけはそれが追いついているのは私だけで十分なのだ。
それを教えてくれた先生に頭を下げる。すぐに上げる。
その数瞬間。
「透華、がんばって」
私のそれだけの自己満足に、笑って見送ってくれた。
私が最後に訪れたのは、言うまでもなく彼女との特別な居場所。
誰かが乱入してしまえば一瞬で瓦解してしまうほど脆くて、弱くて、柔らかい、そんな脆弱な私たちだけの時間を与えてくれるここは。
誰もが邪魔できないほど、私と彼女を強く結んでくれる、限りなく二人だけの壟断が許された居場所だ。
そんな鳥籠に私は一歩ずつ足跡を残していく。
今までそうであったように。でも、今日は今日だけしか残せないその足取りを。
踏み込むたびに頭の中に流れる彼女との思い出の曲は。
今私の目の前にあるピアノが奏でてくれる。
今じゃここにいる私だけじゃ、鍵盤は叩けないというのに、ずっとあの曲は止まらない。
流れて終わって、消えてもまた新しい風に乗ってぐるぐると頭の中を掻き乱す。
うるさいくらい駆け回る私の思い出の数々……。
「まだ、終わってほしくないな……」
できるだけ長く、大きく……私の中で。
私はそっと鍵盤に指を触れる。
「それはイヤーワームという現象みたいよ」
誰か……いや、彼女の声が確かにそう教えてくれた。
「…………私?」
でも、その姿形は、間違いなく私だった。
どうも雨水雄です。
本日は京都からお送りします。あ、どうでもいいですね。
まぁ脱線ついでに蛇行運転も加えてやろうということで、雨水は京都が好きなんですよと伝えておきます。
特に宇治! 宇治が好きです。特に。
よく秋になると紅葉狩り行きますし、そのときの街並みであったり、あの平穏さがお気に入りです。あとお茶が美味しい……!
あとはまぁとあるアニメが大好きでしたその聖地であることも理由の一つですね。将来は一回でもいいから京都で過ごしたい。以上雨水でした。
さて閑話休題ということで。今週もここまで読んでくださりありがとうございます。
では来週もよければここで。




