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23グラムの旋律  作者: 雨水雄
12/52

そのⅫ

需要と供給とは、常に妥協と強制に板挟みになりながら、欲求が擦り合わさるものなんだと。

私は彼女の望む姿になれるのならいっそのことそうなつてしまいたい。

それでも、私が願う彼女の姿はそれで笑ってほしいわけでは……ないのかもしれない。



毎週日曜日に投稿しています。よろしくお願いします。

彼女と会うのは、いつだってあの教室しかなかった。

どんなときも彼女は教室で待っていて。

私はいつもそこに辿り着くだけでよかった。

だけど、今日は例外だった。予想外で、想定外だったのだ。

昨日までそうであったように。

昨日のようにそうであるものだと思い込んでいた。

だからこそ私はこんなにも焦燥感に襲われている。

昨日と今日は違うのだと。

たとえ些細なことでも、微塵に思えることでも、その変化にもきっと確かな意味はあるものだから……。

私を蝕むこの不愉快さは。

彼女をただ見つけるだけでは拭えるものではないだろうとさらに私へ不安を募らせるのだ。


歩くことしばらくの間。

上の階からしらみつぶしに教室を覗いては彼女を探し続ける。

いないと分かる度に感じる切なさは積もる一方だった。

それでも、どうせいつかはあの場所へ戻ってくる安心感だけがまだ私に冷静さを保持させていた。

そして、今、私はとうとう1階までたどり着く。

ここを全て見尽くしたら、最後にまたもう一度あの教室に戻って確かめるしかない。そういうところまで私は来ていた。

明らかな時間の浪費が、私の苛立ちを覚えさせる。

なによりも充実していた彼女との時間が失われていく。戻ってくることのないこの虚しいひとときのために秒針が刻まれていく……。

そのことを、もったいないと思うのは私にとっては当然なはずなのだが、それを彼女も同様に思ってくれているのかという意識の相違が、私に懸念と焦りと、依存を植え付ける。

私だけが必死なのは平等じゃない……。

「違うことは分かってる……」

頭では理解している。彼女がそんないい加減な人間ではないことを。

なにか訳があって私の前に現れないんだということを。

そもそも、私と彼女は釣り合いなんか取れていない不安定な繋がりで繕われているということでさえも……。

それなのにわざわざ彼女を煩わせて私に振り向かせるのは間違っている。私が彼女の必要になる人間になることがなによりもこの状況では整合性が取れるというものだ。

これは蓋然性の問題じゃない。もっとも統計学的な話でもない。

ただ、彼女のその一番弱いところを見つけることができるかという、それだけのことなのだ。

彼女は綺麗だから……。

それを見つけるのはきっと私じゃなくてもあり得る。

たとえその出会いがたまたまだとしても。彼女の音に引き寄せられたというのなら必然のこと。

だから、彼女と並び立って、本当に幸せになれるのは私じゃなくても……。

今は私がそれだけ暇だから与えられただけの偶然に過ぎないのだから。

そこに甘え続けるのは、間違いだ。

「だから、ここでもし私と会わないというなら……」

それまでの話。

元々の一人に戻るだけ。

だから、たったこれだけのことだったけど、こんな特別をくれた彼女を責めるのも追いかけるのも私には叶わない。

こんなにも縋りたい醜さが増していく私の渇望の行く末は、いずれ彼女の迷惑になるものだから。

それを諦めずに、自分の非力さも顧みずに望むというなら、私は彼女を……………………。

「殺しているのと同じだ」




彼女は私を求めているんじゃない。

私が彼女を求めているから。

彼女はそれが一番なんだと勘違いしているだけ。

それは彼女が一人になってしまったからこそ、間違ってしまった唯一の失敗。

このままではそれが幸せへと導いてくれないことを私の方が分かっているいるというなら、それを正すこともまた、私の責任だ。

「………………」

その答えを見つけたちょうどのころ。

私は初めてその扉の前に立った。

ほんの一瞬、彼女の声がした気がしたから。

涙の色をした、悲しい音が私の耳を痛めたような感覚がここなんだと、私に訴えかけてきた気がした。

でも、なんでここなんだろ……その違和感だけが私を迷わせる。

もうここしかないという希望と、でもここじゃなければという絶望が拮抗して、葛藤して、私はそこに意味を見出せなかった。

私が生きる意味と価値はそのどちらをとっても最初から消耗し続けていたのだから。

「………………お願い」

せめて、その意味が私の思い描いている方であってほしいと、あわよくばそこに…………なんて余計な羨望を抱えながら、私は考えることをやめて扉に手をかけた。

カラカラカラ……と軽い力で開く新しいに近いその扉の向こうは。

「…………あ、あら?」

愛歌あいか…………」

部屋の奥で窓に寄りかかる彼女が、一人の女性と対面していた。

「おむかえ……?」

大きな白衣を纏った女性は、彼女へ目をやる。

「ええ、そうみたいだわ」

「そう…………じゃあ、行ってあげて」

「分かったわ。随分長居してしまったわね……ごめんなさい」

「気にしないで。今の時間はあなたしか来ないから大丈夫」

目の前で知らない女性と話す彼女は、私の知らない関係をしっかりと見せつけてくれた。

まるで彼女の落ち着いていられる居場所はここなんだと言われているような錯覚がした。

「………………」

他愛ないなんてことないやりとりなはずなのに。

その答えを見た私は、本当に自分が気持ち悪いと感じた。

私はこんなにも彼女しかいない空っぽな人間なんだと再認識したから……。

透華とうかもごめんなさい」

「あ、え……?」

「こんな時間にわざわざここに来たということは、わたしを探していたんじゃないかしら?」

「ま、まぁ……あの教室に愛歌あいかの荷物があったからどこかにいるんだろうとは思ってたし」

「そう…………それは時間を無駄にしてしまったわね。改めてごめんなさい」

「いやいいよ。私も今日は寄り道してて愛歌あいかのところに行くのが遅くなったし……」

「あら、そうなの? どこに行っていたのかしら?」

「えっと、クラスの友達の部室に……」

「…………そうなのね」

そのとき私が見た柔らかな、やさしい彼女の笑みは。

沈みかける夕日にさえ溶かされてしまいそうなほど。

儚く、不自然に思えてしまうくらい自然な綻びだった。




「じゃあわたしは荷物を取ってくるわ」

「あ、うん。分かった」

透華とうか、迷惑じゃなければ一緒に帰りたいのだけれど、待っててくれるかしら?」

「当たり前。それくらい気にしないで」

私を振り回したんだと、尾を引いている彼女は申し訳なさそうに眉を下げてこちらを見ていた。

でもそんな顔をする理由なんて彼女にはこれっぽちもない。

だって、私がここに来たのは彼女のため。一人でいいんだったらそもそもここまで来ていない。

だからそんな顔をする彼女には少し嫌気が差した。

そして彼女はここを後にして、軽い足音をたてて駆け出していった。

「………………」

「………………」

残された私と、ここの住人の女性。

「あ、あの……」

「なに……?」

声をかけると真っ直ぐ私の方へ目を向けてくるこの女性の瞳は。

あまりにも尖っているように見えて、少し冷たさを感じた。

見る感じ、感情の表現が苦手なんだなということは分かる。

だからこそその眼差しがなにを考えて向けられているものなのかが私には分からなくて、刺さる。

「ここ、保健室ですよね? なんであの子はここに?」

そう、この場所は保健室で、私は入学してから一度も訪れたことがない。

そんなところに、彼女は足を踏み入れ、さらにはそこの先生と親しそうにしていた。

しかもちょっと会話が難しそうな女性と……。

「あの子とは、去年たまたま会ったの」

「そうなんですね……。もしかして愛歌あいかって病気とか怪我してたりするんですか?」

「ううん、ない。ただ、暇だったからここに来て、わたしと話すようになったの」

「あ、そうなんですね……それならよかったです」

なんだかそのとき、私は自分のことのようにほっと息を吐いた。

もし彼女の体になにかあったとして。

それが原因で彼女が悩んで迷って、あそこまで深く生きているんだというのなら。

なおさら、私は彼女に相応しくはないだろうから……。

「あなた、やさしいね……」

「え?」

なにをどう聞いて、どう見てそう思ったのかは分からないけど、先生はそう言って私に微笑んで見せた。

そして刹那に、表情を曇らせた。

「でも、なにか悩んでる……」

「……………」

「話したくない?」

「…………ごめんなさい、まだ、上手く話せるか分からなくて」

「そう…………」

私は気まずくなって目を逸らした。

視界の端に映る先生は、手を動かして、なにやら頭を触っていた。

もう少しよく見れば、その手は、頭に着けていた年季の入ったカチューシャを大事そうに撫でていた。

その仕草になにか特別な意味があるように見えた。

「あなた、名前は?」

「あ、えっと……黒田くろだです」

「…………名前は?」

「え、だから黒田くろだ…………あ、と、透華とうかです」

透華とうか

「はい」

「いい名前」

「あ、ありがとうございます……」

透華とうか

「は、はい?」

「本当にどうしようもないとき、大切な人のことであなたがあなた自身を分からなくなったとき、来て」

「……………それってどういうことですか?」

「わたし、水島みずしまっていうから」

先生は私の話を聞かないままなぜか自分の名前を教えてくれた。

「あ、はい……いや、え?」

もしかして聞こえていなかったのかと首を傾げるも。

そしてもう一度聞いてみようかとも思ったが。

「じゃあね」

先生はそう告げ、後ろにある扉の窓には、彼女の影が現れた。


彼女のように小さく、か弱く、見失いそうなほど薄いけれど。

いざ目を合わせると、目を離せなくなるほど強くて。

なにもかもを穿ってしまいそうなくらい鋭く、意志の宿った瞳はきっと私を忘れてはくれないんだろうと安心感をくれた。

そんな冷たく、それくらい優しい先生だった。

どうも雨水雄です。

あ、先週に引き続き積読と未だ戦っております……。

それに加えて気になる映画をちらほらと観に足を運ぶことにもわっせわっせと忙しなく日々を送っております。

あぁ……忙しい。この言葉はあまり使いたく一つではあります。でも、そうならざる状況というのも、また避けては通れないときがあって。

雨水はその分水嶺の境地で、やっぱり楽しいほうへ。決して楽ではなくとも心を殺さない選択をしたいと思います。

まぁなにより、雨水は自分含めみなさんの今日さえもちょっとした幸せ色になるような選択ができることを応援してます。さぁ、がんばるぞい!

さて今週もここまで読んでくださりありがとうございました。

では来週もよければここで。

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