31:母親の覚悟
じれったい状況にそわそわとしてしまうエミーリアだったが、ここで自分が中心になって話を進めるべきではないこともわかっている。
(まずはフォルジェ王とレオノーラ様がしっかりと話し合ってくださらないと……)
こじれているのがそこだ。
最高のタイミングでフォルジェ王ジェラールがやってきたのだ。そしてここは公的な場でもないし、フォルジェ国内でもない。ただの夫婦として二人がじっくりと話せる場になっているはずだ。
「言葉を尽くして――どんなお話を聞かせていただけるのですか」
レオノーラの顔に翳りが見えた。
まるで別れを告げられるとでも思っているかのようで、エミーリアは心の中で全力で否定した。
(どこからどう見てもフォルジェ王はレオノーラ様に夢中じゃないですか……!)
わかりやすく態度に出るタイプではないかもしれないが、ジェラールがレオノーラを見つめる目を見ればわかる。いとおしくて仕方ないという目だ。
「……リュシエンヌのとき、ひどい難産だっただろう?」
(リュシエンヌ……確か、王女様のお名前だったかしら)
レオノーラが産んだ王女である。まだ幼いので今回はアイゼンシュタットにやって来てはいないが、マティアスにしてみれば姪となる人だ。
出産に時間がかかれば負担も大きいし、血を失いすぎれば母親の命も危うくなる。レオノーラはリュシエンヌを出産するときたいへんだったのだろう。
「君を失うくらいなら子どもはもういらない。あんな思いをするのは嫌だ」
「そういうわけにもいかないでしょう! 世継ぎの王子は必要です! 私は、てっきり……」
レオノーラは言葉を濁した。
ジェラールが夜にレオノーラのもとを訪れる回数がすっかり減っていた。レオノーラは自分への興味が薄れたのだろうと考えていたが、違ったのだ。
(……レオノーラ様が再び妊娠することを恐れていたんですね)
避妊すれば確実に妊娠を避けられるわけではない。妊娠したくなければ、させたくなければ、しないのが一番ではある。
だからといって自分の中でそう考えただけで言葉にせず行動にだけ移されたら妻の立場としてはたまったものじゃない。
(本当にフォルジェ王は言葉が足りないのでは……!? もう少しレオノーラ様のお気持ちを考えてくださらないと……!)
突然夫から避けられるようになったら、どんな人だって落ち込むし自信をなくしてしまうだろう。レオノーラのような美しく強い女性であっても例外ではない。
ましてそれが、国同士の問題にもなりかねないのならなおさら。
(さすがにわたくしも怒りたいくらいです……! この場では一番の部外者なので我慢しますけど……!)
本当に怒りたいのはレオノーラの母であるナターリエや母同然に接してきたベアトリクスだろう。ナターリエはなにを考えているのかわからないが、ベアトリクスはわかりやすく眉を寄せて不快感を露わにしている。
「……子どもに関することも、夫婦のこれからについても、そもそもどちらか一方が勝手に決めていいことじゃない」
その場の空気を切り裂くように口を開いたのはマティアスだった。
「マティアス……?」
まさかマティアスが割り込んでくるとは思わなかったのだろう、レオノーラが驚いて目を丸くする。
「フォルジェ王、あなたは姉にきちんと自分の望みを伝えるべきだった。こちらが姉が不遇な扱いを受けていると考える可能性も十分すぎるほどにあっただろう」
「ちょっ、ちょっとマティアス!」
ジェラールを糾弾するかのようなマティアスの物言いにレオノーラが即座に言い返した。ジェラールは苦い表情で黙り込んでいる。
「いいえ、レオノーラ様。アイゼンシュタットの王としてこれは当然の判断です」
だからエミーリアは、そのレオノーラにすぐに反論した。
レオノーラがジェラールを庇おうというのなら、エミーリアはマティアスを援護する。
「レオノーラ様はずっと周囲の跡継ぎを望む声に耐えてこられたのでしょう? それがどれほど辛いものか、わたくしにはまだ想像しかできませんけれど、強く望まれて嫁いだ王姉が嫁いだ先でそんな扱いを受けるなど……国として許容するわけにはまいりません」
おそらく多少は、マティアスの耳にも情報は入っていたはずだ。それでも問題にしなかったのは、レオノーラの強気な性格のせいで夫婦仲がうまくいっていないのだろうと誤解していたのかもしれない。
(国として抗議する前でよかったと思うところでしょうけれど……)
姉弟の仲が微妙だからこそ問題が大きく広がらなかっただけだ。それはそれとしてどうかと思うが、今後はエミーリアが仲立ちすれば改善されるだろう。
「周囲から……そんな話は私の周りでは一切なかった」
困惑した様子でジェラールが呟く。その言葉にエミーリアは少し呆れてしまった。
(国王に直接世継ぎはまだかと言える人は限られているでしょう)
それこそ身内かごくごく親しい人間で、かつ無遠慮な者でなければわざわざ話題しないはずだ。
「不思議なことに子を授かるのは夫婦二人のことなのに、妻にばかり催促する考えの方々は多いそうです」
エミーリアが頬に手をあて「困ったものですね」とさらに付け加える。こういうことに鈍感な男性は少なくないが、ジェラールはまさにそうなのだろう。
「……子を産むのは命懸けです」
ぽつりとレオノーラが呟く。
「確かにリュシエンヌのときは長く時間かかりましたし、その後回復するまで随分とかかりました」
ジェラールが案じたように、ひどい難産だったのだろう。レオノーラの話にナターリエやベアトリクスが悲しげな顔をした。レオノーラがたいへんだったときに手助けできなかったことが悲しいのかもしれない。
「ですが、見くびられては困ります」
レオノーラの凛とした声が響いた。
「そもそも安産だろうが難産だろうが出産は命懸けなんです! そんな覚悟もないと思われるのは心外です!」
掴みかかりそうな勢いでレオノーラが言う。しかしジェラールはゆるゆると首を横に振った。
「……覚悟がないのは君ではなく私だ」
「ならば覚悟を決めてくださいませ。このままではどうであれ側室を求められます。それは陛下の望むことですか?」
フォルジェ王国では王女に王位継承権がない。どんな理由があれどジェラールがレオノーラと子を成すつもりがないのなら、周囲は側室を作るように求めるだろう。
レオノーラが懸念していたとおりに。
「そんなわけがない! それよりもリュシエンヌが王位を継げるように……」
「一朝一夕で成せることではないと陛下だっておわかりでしょう? それが出来なかったとき、私がまだ子を産める年齢かわかりませんよ」
レオノーラの意見にジェラールは反論しなかった。自分の語ることがどれだけ難しいことかわかっているのだ。
「心配しないでくださいな。母は強しというでしょう? 私、以前よりもっと強くなったと思いますよ」
ジェラールの手をとり、レオノーラが微笑む。ジェラールは黙ってレオノーラの手を握り返した。それが返事だったのだろう。
「……それ以上の話は二人きりのときにでもしてくれ。いくらなんでも他国の人間が聞いていいことではない」
話がまとまったところで、マティアスが口を開いた。さすがに他国の内情をマティアスやエミーリアがこのまま聞いているわけにはいかない。
「あらマティアス。家族の話だもの、問題ないわ」
「家族でも王家において線引きは必要だ」
「それもそうね」
レオノーラはそう言って笑うと、エミーリアに歩み寄る。レオノーラに見つめられ、エミーリアは首を傾げた。
「……マティアスは昔よりずっといい男になったわね。あなたのおかげかしら?」
レオノーラの言葉にエミーリアは「まぁ」と目を丸くして笑う。
「わたくしの陛下は今も昔も素敵な方ですよ」
エミーリアがそう返すとレオノーラは「言うじゃない」と楽しげな顔をする。
それが家族に対する気安いものととてもよく似ていて、エミーリアはふふ、と小さく笑い返した。




