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わたくし、恋愛結婚がしたいんです。  作者: 青柳朔
第三部

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29:レオノーラの独白

 ――本気でフォルジェに嫁ぐつもりか?


 レオノーラに婚約の打診があった頃、マティアスがそう問いかけてきたことがある。

 弟が珍しく心配そうな顔をしていたことばかり記憶に残っていて、なんと答えたのかよく覚えていない。「心配しているの?」と茶化したような気もするし「本気よ? 当たり前でしょう?」と答えたような気もする。自分の返答をろくに覚えていないのは、レオノーラ自身が結婚について強い望みがなかったからだろう。


 レオノーラは王女だ。その王女の婚姻に政略が絡んでくるのは当然だろう。それでも向こうからぜひにと強く望まれているのだから、フォルジェ王との結婚は悪くないほうだと思う。

 本来なら国内貴族と結婚して、マティアスのアイゼンシュタットにおける地盤を固めるべきかもしれない。しかしレオノーラと同年代で身分も釣り合う男性はあまりおらず、婚約がなかなか決まらなかったところへの求婚の打診だった。特に断る理由がない。

 生まれたときから王族で、レオノーラは王族以外の生き方を知らないし、自分の性格を考えるとアイゼンシュタット王国で降嫁して王族でなくなるよりこちらのほうが性に合っていたと思う。

 王族として生きてきたから、王妃としての正解もわかっている。母は王妃としては変わり者だったので手本にはならないが、それでもレオノーラは王妃たるものがどう振る舞うべきかはわかっているつもりだ。

 そう、わかっている。

 どういう選択をするのが『王妃として』正しいのか。


 フォルジェ王国は姫に王位継承権は与えられない。姫を一人産んだきりで世継ぎの男児を産んでいないレオノーラは、王妃としては失格だ。

 他国から嫁いできたレオノーラを邪険に扱えないのかもしれないが、いよいよ側室を持つべきだと進言しなければならないだろう。

 だってそれが正しいことだから。

 だってフォルジェ王国には世継ぎとなる王子が必要だから。

 娘を産んでからというもの、すっかり夫婦としての夜の営みは途絶えてしまった。最初は産後の身体を気遣ってくれているのだと思っていたけれど、年単位で続けばそんなわけがないとどんなに鈍感でもわかる。

 レオノーラがまた妊娠する可能性もないのなら側室は必要だ。レオノーラよりも若い子のほうがいいだろう。愛らしい子がフォルジェ王の好みなのかもしれない。レオノーラとは違ったタイプの女性が。


『……もしも、無理かもしれない、自分では務まらないかもしれない、そんなことを考えてうじうじするくらいなら、今からでもやめてしまいなさい。それがあなたの為よ』


 レオノーラはもう引き返せない。

 もう嫁いだ身だ。一国の王妃なのだ。やっぱりやめた、なんてできる立場ではない。悔しくても情けなくても、進むしかない。

「……意地悪を言っちゃったわね」

 恋に恋をして、愛し愛されて、これからの未来が輝かしいばかりの義妹が少し眩しかった。

 彼女のその瞳の輝きが曇るような未来がくることもありえないわけではない。マティアスは随分と変わったし、政略結婚とは言えないほど彼女のことを愛しているようだけど――人の気持ちが永遠に変わらないとは言えないし、マティアスの気持ちだけで守れないこともある。国王の結婚なのだから。

 これでも義姉になるのだ。嫌なことを言う役くらいは買って出るべきだろう。

 嫌われたところで、レオノーラはフォルジェ王国に帰るのだから。




 正直なところ、アイゼンシュタットの滞在中に、母のナターリエとはあまり会う時間はないだろうと思っていた。

 しかしレオノーラの予想は見事に裏切られる。

「……まさかお母様がこんなに長く王都に滞在するとは思わなかったわ」

 社交が苦手で表舞台にはほとんど出なかった母だ。いくらマティアスの結婚式だとはいえ、最低限の出席だけで済ませるだろうと思った。

 しかし母は以前よりも健康そうな様子で、穏やかに微笑みながら紅茶を飲んでいる。

「息子の結婚式だもの。顔くらい出すわ」

「あの子はいろいろと調整も上手だものね」

 母の隣では伯母――リンハルト公爵夫人がご機嫌な様子で座っていた。公爵夫人ベアトリクスは昔から母のことが好きなのだ。だからこそ王妃としての素養がなかったにも関わらず父と母の仲を取り持ったのだから。

 エミーリアがナターリエの負担にならない程度に出席する場を調整しているらしい。レオノーラが早めにやって来たことでナターリエも予定より早く呼ばれたが、滞在中のあれこれも既に手配しているようだ。人見知りのナターリエに十分すぎるほど配慮されている。


「……マティアスはいい子を見つけたのね」

 伯母や母がこれだけ気に入っているのだ。エミーリアは文句のつけどころがないほど優秀で、素晴らしい人なのだろう。それは短い時間を過ごしただけの自分もわかる。

 レオノーラの呟きに、ベアトリクスは「そうね」と頷いた。

「アイゼンシュタットの将来も安泰でしょうね」

 伯母にここまで言わせるのだから優秀なのだろう。

 そのことに、胸がちくりと痛む。彼女が王妃となったとき、おそらく自分よりも優れた王妃になるのだろう。遠い未来でも褒め称えられるような、そんな素晴らしい王妃に。

 対する自分はどうだろうか。

 フォルジェ王国の歴史に名を残せるほどの人間だろうか?

 生まれながらに王族だった。だから当然、王妃としてもそれなりに――いや、それなり以上に、うまくやれるだろうと思っていた。レオノーラは身分も容姿も優れていた。生まれに相応しいだけの知性もあった。それなのにうまくいかないなんて――そんなこと、あるわけがないだろうと。


「私も、同じように愛されて結婚できていたら違ったのかしら」

 それはただの独白だった。

 誰かに問うたわけでもなく、答えを望んでいたわけでもない。ただぽつりと、心のうちから零れてしまった本音だ。


 レオノーラの呟きに、母のナターリエは目を丸くした。伯母のベアトリクスははぁ、とため息を吐いた。

「まったく。恋愛結婚した――と思っていたのに、まさかずっと勘違いしていたなんてびっくりだわ」

 結婚してから何年経っていると思っているの? と伯母の口から出てきた言葉に、レオノーラは首を傾げた。誰のことを言っているのかわからなかった。

 伯母本人は違う。母も当然違う。マティアスは――まだ結婚はしていないのだから、違う。


 だとすれば残るのは。

「……私の、こと?」

 そんなわけがないと思いながらレオノーラが声を出す。母も伯母も、今更という顔をしていた。




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