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わたくし、恋愛結婚がしたいんです。  作者: 青柳朔
第三部

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27:ヘンリックの受難

 ――エミーリアとマティアスが顔を合わせるほんの少し前、ヘンリック・アドラーは王城の馬車でシュタルク公爵邸までやって来ていた。



 突然の訪問に対応してくれたのはシュタルク公爵家に長年仕える優秀な執事である。既に日が暮れた、遅い時間であるにも関わらず執事は丁重にヘンリックを出迎えた。


「陛下からシュタルク嬢への手紙をお持ちしました」


 手紙を運んできたという使者がヘンリックであることに、有能な執事は疑問に思う。いつもなら城の文官や使用人がやってきているのだ。国王の近衛騎士であるヘンリックは使い走りのようなことをしていられるほど暇ではないはず。

 ヘンリックはにこりと笑みを浮かべると手紙を差し出す。封筒の上に一枚のカードがあった。


『陛下が秘密裏にいらっしゃっております。警護担当へ言伝をお願いします』


 シュタルク家の執事は大変優秀だったので声をあげることはなかった。ほんの一瞬息を呑み、目を見開いただけだ。


「……お手紙をお預かりいたします。お返事をすぐにいただけるか確認してまいりますので、アドラー様は今しばらくお待ちいただけますか」

「もちろんです。まぁでも……それほど時間はかからないと思いますよ」

 ヘンリックはにっこりと笑っている。執事が誰に伝えてこのあとどうするのかだいたいわかったのだろう。

 もちろん執事は内心は大慌てで、しかし動きは優雅にヘンリックを応接間に案内し警備の者を呼び出し当主へ報告に向かった。当然である、なんせ今まさにシュタルク公爵邸に国王陛下がきているかもしれないのだ!



 ヘンリックは案内された応接間でゆっくりと軽食を食べていた。

 さすがシュタルク公爵家。執事は一瞬驚いただけですぐに対応したし、ヘンリックにはこの時間だから腹も空いているのでは? と気を利かせて軽食を出してくれた。アルコールの類がないのはヘンリックがまだ仕事中だということをわかっているからだろう。

「さぁて、お二人さんはどうしてるかねぇ……」

 拗れていたらしい二人はちゃんと仲直りしてもらわないと困る。なんせこの国の未来がかかっているし、ヘンリックの将来にも多大な影響があるので。


 ふぅ、とヘンリックがため息を吐き出したところでノックの音がする。どうぞ、と答えると現れたのはシュタルク公爵だった。

 それはもちろん顔を出すだろうと思っていたけれども、できれば避けたかった。なぜならヘンリックは国王陛下の近衛騎士であろうと、そう遠くない未来で侯爵家の養子となり跡を継ぐ予定があろうと、今はただの平民だからだ。

 今すぐ突然の訪問やマティアスの侵入幇助に関して謝りたいところだが、身分の低い者から声をかけることは許されない。マティアスの身の危険があれば別だが、ここにヘンリックが守るべき主はいないのである。


「あくまで非公式の場だ。楽にしてくれてかまわない」

「……感謝いたします、公爵閣下。どうぞご無礼をお許しください」

「どの無礼のことだかわからないが、君に謝罪されることではない気がするな」

 はは、そうですよねー……とは言えずにヘンリックは顔を引き攣らせた。


 アウグスト・シュタルク。エミーリアの父であり公爵家の当主でもある。にこにこと穏やかなエミーリアの父親とは思えないほどいつも厳しい顔をしていて、ヘンリックは少し――いやけっこう苦手だった。


「まぁまぁあなた、そんな意地悪を言ったらアドラー様を困らせてしまうでしょう」

 華やかな声がしたと思うと、アウグストの後ろからひょっこりと美しい女性が顔を出す。

「ご機嫌よう、ヘンリック・アドラー様。エミーリアからよくお話は聞いておりますわ」

「……公爵夫人に覚えていただけているとは光栄です」


 現れたのはフリーデ・シュタルク、エミーリアの母である。四十代とはとても思えない、老いとは無縁なのではという外見をしている。微笑む姿は少女のように愛らしく、それでいて公爵の隣に並ぶ姿には大人の女性の色香を漂わせている。

「エミーリアったらひどい顔で帰ってきて、そのまま食事もとらずに部屋にこもってしまったの。でもきっと……もう大丈夫かしら?」

「そのはずです……」

 これでもっと拗れていたらヘンリックはどうなるんだろうかと内心で冷や汗をかいていた。無事に帰れないかもしれない、なんていう笑えない展開はさすがにごめんこうむる。


「そういえばレーヴェンタール侯爵がそろそろ後継を決めるそうだが」

「あら、あそこはご子息がいらっしゃらなかったと思いますけれど。縁戚から迎えるのかしら?」

「さてどうだろうな」

 明らかに夫婦はヘンリックがその後継者だとわかっていて話題にしているが、それはマティアスやエミーリアの他にはデリアとリーグル伯爵しか知らないことだ。エミーリアが二人に話したとも思えない。つまりは公爵家独自の情報網から得たのだろう。


「レーヴェンタールならば腕が確かなら細かなことは気にしないだろうが、他から見ればそうもいかない。貴族らしさ、というものを身につけておきなさい」

「……ご教示いただきありがとうございます」


 これから貴族の一員になるのだからそれらしい振る舞いを身につけろというアドバイスだ。マティアスのそばにいたことで普通の平民よりも格段にそれらしく振る舞えているとは思っていたが、公爵の目からすればまだまだなのだろう。

「デリアちゃんにも心配なら相談に乗ると伝えておいてくださいね」

 まだ仮がつく婚約者の名前を出されてヘンリックも苦笑する。最近はまったく会えていない。

 平民育ちから伯爵令嬢へ、そしてさらに侯爵家へ嫁入りとなればデリアが苦労することは目に見えている。


「それは……もちろんですが、その、俺よりもシュタルク嬢からのほうが素直に聞き入れるかと」

「あらあら。ロマンチックな逢瀬が必要なのはあなたのほうではなくて?」

 もっと会う時間を作りなさいと暗に言われて、ヘンリックはマティアスと同じようにリーグル伯爵家に忍び込む自分の姿を想像する。おそらく侵入するのはここよりも遥かに楽だろうしできないことではないだろうが。


「リーグル伯爵にぶん殴られそうですね」

「ふふ、じゃああなたも陛下をぶん殴らないとダメかしら?」

 フリーデが普段使うはずもない言葉をヘンリックを真似して使っていることで、しまった間違えたと青ざめる。しかし口から出た言葉が戻ってくるわけではない。

「事と次第によってはそれも悪くないが」

 相手は国王陛下ですよ、という言葉をヘンリックは飲み込んだ。忍び込んだ側なのでそんなこと言えるはずもなかった。



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