足元のシンクロニシティ、三連星の靴下
背中に達筆な美文字で『昇り流』という致命的な誤字を刻み込み、首筋の男!って意味不明なタトゥークソジジイの衝撃から、また数日。
観光地のお土産屋さん兼食堂「おいしいよ』の厨房の空気は、今朝も小丸さんを中心に、なんとも言えない生暖かさに包まれていた。
「・・・・・・トントントントン豚トントン、ナ
メ」
もはや様式美すら感じるキャベツの千切り音。
だが今日、新人の私の視線をどうしても惹きつけて離さなかったのは、小丸さんの『足元』だ。
仕込みをしながらいつも以上に激しく、モジモジ、ゆらゆらと下半身を揺らしている気持ちの悪い内股の足元。ふと目を落とした時、彼の黒いコックシューズの側面に、穴が3つ開いているのが見えた。
(あ、小丸さんの厨房靴、穴開いてるな・・・・・・)
最初はそれくらいにしか思わず、スルーしかけたのだ。
だが、ふと横を見ると、注文のラーメンを仕上げていた先輩の鈴木さんもトッピングの手を止め、真顔で小丸さんの足元をじっと凝視していた。
洗い場にいる佐藤さんに至っては、お皿を拭く手を完全に止めて、遠くから小丸さんの足元をただただ無言で見つめている。二人の視線があまりにも冷ややかで、静かだった。
(・・え、何?二人とも何を見てるの?)
不穏に思った私がもう一度小丸さんの足元を凝視し、その穴の奥を覗き込んでしまった瞬間、私はすべてを察して硬直した。
コックシューズに開いた3つの穴。その奥から覗く、黒い靴下。
信じられないことに、その靴下の全く同じ位置にも、寸分の狂いなく『3つの穴』が完全にシンクロして開いていたのだ。
(靴下にも穴開けてんじゃねえよオオオオオ!!!!!!何をそこまで精密にシンクロさせてんだよ!!!!!)
脳内の私が、本日一発目の天井粉砕アンド絶叫ツッコミを炸裂させた。
ただ「老朽化して穴が開いた靴下を買い換えるお金がもったいない」という極限のドケチ精神から、シューズ側の老朽化の穴を利用し、穴と穴を重ねることでカモフラージュしようとしたという、あまりにもセコすぎるクソジジイの無言のライフハックだった。
だが、重なった大穴の奥からは、小丸さんの足の指が3本、これでもかとダイレクトに覗いていた。カモフラージュどころか完全露出である。
そのあまりのくだらなさに、鈴木さんはただフッと鼻で笑い、おたまを握り直して作業に戻った。佐藤さんも「もう、本当に人騒がせなハゲなんだから」と、無言で呆れ果てた首の振り方をして皿洗いに戻っていった。
だが、私の目は、その3つの大穴の奥に鎮座する、さらなる『色彩』を捉えて完全に釘付けになっていた。
......いや、嘘だろ。何で爪に色塗ってんだよ!!!!!)
重なった大穴から剥き出しになった、クソジジイの3本の足の爪。
そこには、左から順番に、鮮やかな『青』『黄』『赤』のマニキュアが、これ以上ないほど丁寧に塗りたくられていたのだ。
小丸さんが内股をゆらゆらと揺らすたびに、靴の穴の奥で、青、黄、赤の三色が怪しくギラリと明滅する。
(信号機じゃねえかァァァァア!!!!!足元に交通ルールを敷くな!!!何を基準に点滅させてんだよ、内股のステップ止まれよ!!!!!)
私の脳内が激しく大絶叫する。だが、私の目には、その三色に色づいた等間隔の穴が、もはや別のものにも見え始めていた。
(・・・・・待って。あの並び方、公共施設の入り口に立ってる国旗掲揚のポール立てでもあるじゃん。日本の国旗と、都道府県の旗と、市町村の旗を3本並べて立てる、あの土台の穴に完全に一致してるじゃねえか!!!!!)
私の脳内が、今日一番の突飛な、しかしあまりにも的確すぎる幻視に頭を抱えた。あの三連星の穴から覗くカラフルな爪は、信号機であると同時に、世界各国の国旗をはためかせるための『国旗ポール』の土台の穴としても完璧にシンクロしていたのだ。つまりこのクソジジイは、足元に信号機と国旗ポールをダブルで完成させていやがったのだ。
「エコ、ナメ・・・・・」
自分の足元に輝く究極のエコ(ただの生足信号機)
にうっとりと酔いしれたクソジジイは、私のあ然とした表情を見透かすように不敵に笑った。
(....よし、決めた。いつかあの青、黄、赤に点滅する3つの大穴に、お子様ランチの国旗の爪楊枝を3本、公共施設みたいにガチで並べてぶっ刺してやろう。信号機と国旗がパタパタとはためく奇跡のハイブリッドな足元にして、おでこの日本列島アザと合わせて、全身で国際交流させてやるからなクソジジイ!!)
(.....いや、なんで新人の私が一番この奇行に毒されて、斜め上の復讐計画を練り上げてんだよオオオオオ!!!!!!)
恐怖と脱力を通り越した結果、私の脳内は完全にバグっていた。
コックシューズと靴下の穴を完全にシンクロさせ、足元の信号機ポールをパカパカと点滅させながら通気性抜群の作業を続けるクソジジイと、それをただ静かに見流す厨房の大人たち。
その姿を見つめながら、新人の私(山田)の脳内だけが、今夜の悪夢に出てくるモノクロパンダカラーの達筆な豚が、足元の三色信号機ポールに国旗をなびかせながら追いかけてくる恐怖を確信して、静かに白目を剥いていた。




