1.5倍速の超速チェックアウト (結末)
「いってらっしゃいませ!」というスタッフ全員の澄んだ声が青空へと響き渡り、最後のお客様の車がロータリーを滑り出ていった。
自動ドアが、静かに閉じる。
その瞬間だった。
さっきまで一・五倍速の残像とともに、完璧な笑顔で手を振っていた先輩たちの動きが、ピタッと止まった。
張り詰めていた空気が、一瞬で弛緩する。
ドサッ、ドサササッ.......!
まるで糸の切れた人形のように、フロントの先輩も、ベルマンも、厨房の板長たちも、全員が床へと崩れ落ちていった。
「せ、先輩方一一つ!?」
一倍速の私だけが、ロビーに倒れ伏す先輩たちを見渡して絶叫した。
しかし、彼らは死んだわけではない。その顔には、超高速の過酷な労働から解放されたというよりは、何かから「目覚めた」かのような、いつものトボけた日常の表情が戻っていた。
そう、すべてはこのクソジジイ(小丸支配人)が仕込んだ、例のウイルスのせいだ。
お客様全員が敷地内から出たことで、脳内の言語回路や身体機能を一・五倍速にブーストしていたウイルスの効果が、ピタリと時間切れを迎えたのだ。
魔法が解け、めでたく「ただの普通の一倍速の人間」へと戻った先輩たちは、溜まりに溜まった強烈な反動によって一斉に白目を剥いてぶ倒れたのである。
静まり返ったロビーのなか、唯一、直立不動のまま微動だにしない男がいた。
フロントの最奥、小丸支配人だ。
(まさか、あのクソジジイだけはウイルスに耐性が
ーー)
そう思った、次の瞬間だった。
支配人は、非の打ち所がない完璧なホテルマンのスマイルを浮かべたまま、丸太が倒れるかのような綺麗な直線の姿勢で、床へとバタンと正面から倒れ込んだ。
床に激突する寸前まで表情は完璧な「一流の接客
顔」のまま、彼自身のウイルスも完全に切れたようだった。
(お前も切れるんかい!!!)
ツッコミを入れる元気すら残っていない私も、バキバキになった身体の痛みを床に預け、ゆっくりと大の字に寝転がった。
ウイルスに感染させてまで、お客様を完璧におもてなしする。
この恐るべき狂気のタクティクスの余韻に包まれながら、私もまた、深い眠りへと落ちていった。




