夏の怪奇と、おおばかもの
夏が来た。
厨房の気温が急上昇するこの季節、ただでさえ鬱陶しい小丸さんの存在感は、さらにギトギトと輝きを増していた。
だが、その日の朝の小丸さんは、いつもと決定的に違っていた。
「おはようございますナメ」
ガラリと厨房のドアを開けて入ってきた小丸さんの頭部を見た瞬間、私と店長、そしてパートのドンである呑さんは、持っていたお玉や包丁を床に落としそうになった。
彼の頭が今、目が覚めるような鮮やかな新緑に覆われていた。
「・・・・・・な、何それ」
店長が引きつった声で指をさす。
小丸さんは、頭頂部から側頭部にかけて、大量の「生の大葉」をペタペタと隙間なく貼り付けていた。
「夏は頭が蒸れるナメ。だから家庭菜園で大量に出来て困ってた大葉を貼り付けたナメ。ヒンヤリして最高にトレンディナメ」
小丸さんは内股のステップを踏みながら厨房の奥へ進む。
興奮した彼の頭皮の熱によって、大葉の強烈なシソのニオイが厨房中に爆発的に広がり、背中一面の湿布のメンソレータム臭と混ざり合って、形容しがたい大自然の悪臭へと進化していた。
「ちょっと小丸さん!食材を頭にくっつけるんじゃないよ!衛生面どうなってんだ!」
吞さんが『いかりまんきんたん」の一歩手前でハサミをシャキシャキ鳴らすが、小丸さんは意に介さない。それどころか、おもむろにキャベツの前に立つと、大葉を頭にのせたまま包丁を握り直した。
「トントントントン豚トントン!ナメ!トントント
ントン豚トントン!ナメ!」
首を激しく振るたびに、頭の上の大葉が数枚、フリスビーのように宙を舞って仕込み中のスープに飛び込みそうになる。
「ひいつ!危ない!やめろ!」私が叫んだその時、ついに店長の堪忍袋の緒が完全に引きちぎれた。
「おい小丸さん!!!」
店長は小丸さんの肩を掴んで強引に振り返らせると、大葉まみれのその頭を指差し、肺にあるすべての空気を吐き出すように大音量で絶叫した。
「大葉だけに、この、おおばかものが一
一一っつっ!!!」
静まり返る厨房。
あまりにも完璧な店長のツッコミが、夏の空へとこだました。
小丸さんは、頭の大葉を数枚ポロポロと床にこぼしながら、呆然と立ち尽くす。
その後、店長の手によって頭の大葉をすべて「即没収」された小丸さんは、またお金がなくなったらしく、雑巾より汚い自前のハンカチを握りしめながら、「お店で大葉を売りつけてお金を儲けるナメ」と内股でトボトボと適当なチラシの裏にメモを取るのだった。




