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第2話  作者: 穂低えんじ
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28/45

病院編だよ

主治医の先生の強い勧めもあり、一応は詳しく検査をしておこうということで、小丸さんはそのまま一晩入院することになった。

ーーそして、翌朝の九時。

ちょうどお店の仕事が休みだった私とものかさんは、小丸さんの様子を見るために朝から再び病院へと向かった。

診察を待つ待合室は、朝から多くの患者で賑わっていた。

すると、隣のベンチに座っている年配の入院患者たちのヒソヒソ話が、私たちの耳に飛び込んできた。

「ねえ、聞いた?昨日の真夜中、この東病棟の廊下にオバケが出たんですって」

「あら嫌だ、本当?どんなオバケだったの?」「なんでも、白い服を着て、内股でガクガク震えながら、暗闇で『ナメ・・・・・・ナメ・・・・・・.」って呪いの言葉を呟いてたらしいわよ。ナースステーションは大騒ぎだったって」

聞き覚えがありすぎる特徴に、私とものかさんはピキリと体を硬直させた。


「・・・・・・ねえ、ものかさん」

「・・・うん、間違いなく小丸さんだね」私たちは冷や汗を流しながら立ち上がり、小丸さんのいる病室へと急いだ。

だが、案内された病室のドアを開けると、そこはもぬけの殻だった。ベッドのシーツはひっくり返り、点滴のスタンドごと姿を消している。

「......いないね」

「・・・・・・しでかしたね」

私とものかさんは最悪の予感を胸に、病院内を大捜索することになった。

小児病棟へと足を踏み入れた、その時だった。

「わはははは!」「ナメだって!おじいちゃんもう一回やって!」

廊下の奥にあるキッズプレイルームから、地響きのような子どもたちの歓声と笑い声が聞こえてきた。

ドアの隙間からそっと中を覗き込む。


そこには、パジャマ姿で点滴スタンドを相棒のように引き連れ、入院中の子どもたちのど真ん中で内股ステップを全力で踏んでいる小丸さんの姿があった。

「ナメ!トントンナメ!豚トントンナメ!」

小丸さんが短く叫びながらおもちゃの包丁を振り回すたびに、車椅子に乗った男の子や、点滴を打っている女の子たちが「ナメ!ナメ!トントン!」と大合唱して大喜びしている。

「・・・・ねえ、ものかさん」

「・・うん、診察の時間なのに、完全に自分のオンステージを始めちゃってるね」

私とものかさんが呆然と立ち尽くしている、その時だった。

「ーーちょっと!小丸さん!何やってんですか!!」


プレイルームのドアが勢いよく開き、鬼の形相をしたベテラン看護師さんが突入してきた。その背後からは、九時からの診察を待っていた主治医の先生も、カルテを抱えて頭を抱えながら現れる。

「アッ、ナースナメ、来たナメ!退散ナメ!」小丸さんは危険を察知し、点滴スタンドをガラガラと鳴らしながら内股で逃げようとしたが、子どもたちが一斉にそのパジャマの裾や点滴スタンドにすがりついた。

「ヤダ!おじいちゃん行かないで!」「もっとナメやって!」「おじいちゃんもっといて!」

子どもたちの必死の抵抗により、小丸さんの逃げ足がピタリと止まる。

「動けないナメ!子ども、強いナメ!」焦る小丸さんだったが、ベテラン看護師さんの動きは容赦なかった。

「はいはい、みんなごめんねー。このおじいちゃんはお医者さんの診察の時間だからねー」


看護師さんはプロの見事な手際で、すがりつく子どもたちを優しく、しかし確実にはがしていく。そして、あっと言う間に小丸さんの首根っこをガシッと掴むと、そのまま廊下へと引きずり出した。

「ナ、ナメエエエ・・・・・・!」

子どもたちの「おじいちゃんバイバーイ!」という大歓声に見送られながら、小丸さんは処置室へと強制連行されていくのだった。

処置室のベッドの上にちょこんと座らされた小丸さんを前に、私とものかさんは固唾をのんで診察を見守った。

初老の主治医の先生は、はあ、と深いため息をつきながらカルテをパタンと閉じた。

「・・・・・・あのね、小丸さんのご関係者の皆さん」先生が眼鏡の位置を直しながら、重々しい口調で口を開く。私とものかさんはゴクリと唾を飲み込み、身を乗り出した。

「先生、今朝の検査の結果はどうだったんですか!?」

「健康体ですね」


「・・・え?」

処置室の空気が一瞬で凍りついた。

「昨夜はただの重度の寝不足で、爆睡していただけです。どこも悪くありません。それどころか、夜中に目を覚まして廊下をうろつき、今朝は朝から小児病棟で大暴れです。・・・・・・というか、どうしてこの人を病院に連れて来たんですか?」

どてっ。

処置室の中に、私とものかさんが同時にズッコケる鈍い音が綺麗に響き渡った。


これでようやく帰れる、と会計を済ませてロビーに向かったその時だった。

「・・・・・・あれ?小丸さんは?」


ものかさんが周囲を見回して声を上げた。さっきまで私の隣で内股をガタガタさせていたクソジジイの姿が、一瞬の隙に消えている。

「嘘でしょ、また雲隠れしたの!?」私とものかさんは、天を仰いで再び病院内を走った。

その頃、小丸さんは総合病院の地下へと続く薄暗い階段を、足音を殺して下りていた。

実は小丸さん、昨夜の徘徊中に、リネン室から医者用の白衣をちゃっかり強奪していたのだ。この前「怪盗ごっこ」をした時は完全に失敗して大目玉を食らったが、今回のミッションは見事に大成功である。

いつもお店で白い割烹着を着ているせいか、白衣の着心地には妙にしっくりときており、完全に医者になりきった気分でいた。

「私は名医ナメ・・・・・・」

小丸さんは白衣 のポケットに手を突っ込み、何食わぬ顔で『関係者以外立入禁止』の扉を押し開けて職員専用の食堂へと侵入した。


だが、パジャマのズボンの上からブカブカの白衣を織り、内股をガクガクと震わせながらニヤニヤと厨房を覗き込むその姿は、どこからどう見ても100%の不審者だった。

入室してからわずか十秒。食堂の全職員の視線が、その怪しい白い影に釘付けになる。

「ちょっと!そこに入っちゃダメ!誰か、警備員さん呼んで!!」

食堂のおばちゃんの悲鳴が響き渡り、すぐに無線をパチパチ鳴らしたガタイの良い驚備員たちがすっ飛んできた。

「ナメ!?包囲されたナメ!」

抵抗を試みる間もなく、小丸さんは両脇を備員にガッチリと固められ、足をもたつかせながら引きずられていく。ちょうど地下へ探しに降りてきた私とものかさんの目の前を、「不審者確保!」の声と共に、白衣を着た小丸さんが本日二度目の強制退去処分を下されてドナドナと運ばれていく。


「・・・・・・ねえ、ものかさん」

「・・・うん、一日に二回も捕まる患者、初めて見たよ」

私たちが頭を抱えた、その時だった。

「待って!おじさんをいじめないで!」「悪いおじさんじゃないの!ナメのおじちゃんなの!」

廊下の向こうから、小丸さんを心配して追ってきた小児病棟の子どもたちが、車椅子を走らせ、点滴スタンドをガラガラと響かせながら一斉に突撃してきた。子どもたちは警備員の足元にすがりつき、必死の顔でクソジジイを庇う。

「ナメ!? マイファン、来たナメ!」

予期せぬ小さな救世主たちの登場に、警備員たちも「えっ、あ、いや・・・・・・」と完全に戦意を喪失してオロオロし始めた。そこへ、事態を聞きつけた主治医の先生とベテラン看護師さんも血相を変えて駆けつけてくる。


子どもたちの涙ながらの懇願と、あまりの熱狂ぶりに、病院側もついに折れるしかなかった。主治医の先生がカルテの角でトントンと小丸さんの頭を小突き、冷徹な条件を突きつける。

「分かりました。子どもたちの手前に免じて、今回だけは警察沙汰にはしません。・・・・・・ただし!その代わり、あなたがお店の休みの日は、毎回この病院にボランティアに来て、子どもたちのためにピエロをやりなさい。これが解放の条件です」

「ナメ、ピエロ・・・・・・・?私はピエロシェフ、やるナメ!」

自分がただの無料の労働力として生涯契約を結ばされたことにも気づかず、小丸さんは白衣の袖をパタパタさせながら調子よく頷いた。


それからというもの、小丸さんは約束通り、お店の休みの日になると律儀に病院へとやってくるようになった。小児病棟のプレイルームには、おもちゃの包丁を片手に内股ステップを踏む小丸さんと、それを見て大爆笑する子どもたちの平和な空間が広がっていた。

「おじちゃん、これ持って!」

子どもたちに囲まれ、健気に遊んであげているその姿は、一見するとすっかり改心した心優しいピエロそのものだった。

ーーしかし、私とものかさんは知っていた。

このクソジジイが、そんなボランティア精神だけで動くような殊勝な人間ではないということを。

「ナメ・・・・・・そろそろ、時間ナメ・・・・・・・」子どもたちが次のおもちゃを取りに背を向けた、ほんの一瞬の隙だった。小丸さんの目が、怪しくギラリと光る。

彼の本当の目的は、子どもたちとの触れ合いなどでは断じてなかった。狙いは、もうすぐ各病室から回収されていく、子どもたちが残した「お昼ご飯の残飯」である。


「今日のサバの骨、大きいナメ!凱旋門、リベンジ

ナメ!」

隙を見計らって配膳車へと忍び寄り、回収された皿の上でさっそく「超芸術的な残飯アート」の仕込みを始めようとする白い影。

「ちょっと小丸さん!何やってるんですか!!」

通路の奥から、私とものかさんの怒号が本日も病院中に響き渡る。

結局のところ、場所がどこになろうと、小丸さんのやることは何一つ変わらない。私たちの騒がしい夏は、どこまでも終わらないループを続けていくのだった。

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