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第2話  作者: 穂低えんじ
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26/41

厨房の小丸さん 熊鍋編


キーンコーンカーンコーン・•・・・・。

昼休みのチャイムが鳴り響く小学校は、一瞬にして「ガチの地獄」へと変貌していた。

「ひ、悲鳴!?運動場を見てみろ!」

「嘘だろ・・・・・・・なんだあのでかさはッ!」

校庭の裏山から突如として乱入してきたのは、体長3メートルはあろうかという、文字通り山のような巨大態だった。ドスドスと地響きを立てて暴れ回る巨体に、学校中は大パニック。児童たちは泣き叫びながら全員教室へと避難し、窓から恐怖に震えて外を見つめている。

「どうしょう、警察!?猟友会!?早く誰か呼んで」

先生たちが職員室で右往左往し、完全に理性を失って絶叫していた、その時だった。

ガラガラガラ・・・・・・。


緊迫した空気をぶち破り、校長室の引き戸が間の抜けた音を立てて開いた。

そこから現れたのは、お昼の給食の残りをプラスチックのパックからモグモグと口に運びながら、トボトボと歩くオッサン料理人一一小丸(こまる)さんであった。

そもそも、なぜこのオッサンが平日の小学校にいるのか。

理由は、今日の午前中に行われた「調理実習」にあった。

学校側が「地元の料理人を講師に呼ぼう」と企画し、白羽の矢が立ったのが、小丸さんが勤務する地元の「お土産屋さん兼食堂」の「おいしいよ」だった。

「小学生の相手なんて面倒くさい」と従業員全員が全力で嫌がり、押し付け合っていたその時一ーこのオッサンだけが「私が行くナメ」と、静かに挙手したのだ。

目的はただ一つ。小学校の「給食の残り」を貰い受けること。

案の定、調理実習が終わるやいなや、小丸さんは校長室のソファを占領。持参したパックに給食の残りをこれでもかと詰め込み、静かに口に運んでいたのである。


そんな状況の中、窓の外で荒れ狂う巨大熊をじっと見つめ、小丸さんは静かに呟いた。

「熊が侵入ナメ?よし、片付けるナメ」小丸さんは左手の指輪をギラリと反射させながら、給食の残りが詰まったマイパックを片手に、静かな足取りで運動場へと歩き出した。そして、牙を剥いて咆哮する巨大な熊の真ん前へと、堂々と立ちはだかったのである。

「危ない!」

先生たちの悲鳴が響き渡る。


小丸さんは荒れ狂う熊を前にしても、1ミリも動じない。それどころか、懐から先ほど手に入れた「給食の残り」が入った大盛りパックを取り出すと、蓋を開けて熊の鼻先へと差し出した。

瞬間、運動場に得も言われぬ芳醇な香りが広がった。ただの残飯のはずが、一流の料理人である小丸さんの手が触れたことで、獣の理性を一瞬で消し飛ばすほどの「極上のご馳走」へと昇華されていたのだ。

「グルル・・・・・・・!?」

熊はその肉のあまりの美味しそうな匂いに完全に圧倒され、暴れるのをやめた。それどころか、小丸さんの足元でまるで飼い犬のように丸くなり、夢中でパックの中身をり食い始めたのである


「小丸さん、危ない!食べ終わったらまた襲ってきます!」

校舎の窓から先生が悲鳴を上げるが、小丸さんはふんと鼻で笑った。

「誰も熊を分かってないナメ。腹いっぱいになれば、猛獣も動物ナメ」

その言葉の通り、パックを綺麗に空にした熊は、すっかり大人しい顔になっていた。お腹をさすりながら満足そうに山へ帰ろうと、小丸さんに背中を向けた。

ーーその瞬間だった。

小丸さんの目が、獲物を狙う冷徹なプロの料理人のそれに変わった。

油断して後ろを見せた熊の隙を、彼は絶対に見逃さなかった。老体からはおよそ想像もつかない鋭い踏み込み。マイパックから抜き放った愛用の巨大な中華包丁を、天高くまっすぐ、ギラリと掲げた。

それは、校庭の裏山の茂みに身を潜めていた、地元の凄腕猟銃師(マタギ) への「完璧な合図」だった。


小丸さんが掲げた刃が太陽の光を反射した次の瞬間、地を揺るがすような猛烈な爆音が轟いた。

「ズドーン!!」

合図と同時に放たれた、猟銃師の渾身の一発。

寸分の狂いもなく熊の急所を撃ち抜いた弾丸の衝撃とともに、小丸さんの中華包丁が美しく振り下ろされる。巨大な熊は一切の苦痛を感じる暇もなく、一撃でその場に崩れ落ちた。

全校生徒が

「えええええっ!?」

と腰を抜かす中、弾丸の煙がたなびく運動場で、小丸さんは何事もなかったかのように中華包丁をどさりと下ろし、不敵に笑った。

「はい、熊鍋ナメ」


そこからの小丸さんの動きは、まさに「本領発揮」だった。

運動場に臨時の大鍋を持ち出すと、一切の無駄がない手際で熊肉を美しくさばいていく。仕上げに、近くに生えていたツツジの葉をサッと添え、大葉を綺麗にあしらったその熊鍋は、泥だらけの運動場にあるとは思えないほど芸術的で、信じられないほど美味しそうなオーラを放っていた。

「う、美味すぎる・・・・・・!!」

恐怖から一転、出来上がった絶品の熊鍋を振る舞われた子供たちと先生、そして山から下りてきた猟銃師までもが、涙を流して完食した。

大歓声の中、小丸さんはパックに自分の分の熊鍋を詰めると

「じゃあお先ナメ」

と静かに言い残し、夕暮れの街へとトボトボと帰っていった。

・・・・はずだった。

校門を出てわずか数メートル。小丸さんはハッと足を止めた。

己のマイパックの中身を確認し、顔面をワナワナと引きつらせる。


「・・・・・・あ、校長室にキープしといた、今日の給食の『特製カレーの残り』を忘れてきたナメ」

あんなに格好よく熊を仕留め、芸術的な鍋を振る舞った男が、ただの給食の残りを忘れたことに絶望していた。小丸さんは瞬時に回れ右をすると、

「おい!俺のカレー返せナメーーーツ!!」

と、もの凄い形相と内股ステップで小学校へ全速力で逆走していった。

突然叫びながら戻ってきた小丸さんに、運動場にいた全員が「ヒイツ!?」と硬直する。小丸さんは校長室から無事にカレーのパックを回収すると、ドサクサに紛れてマイパックから『100円引きクーポン付きの怪しいチラシ」を大量に取り出し、子供や先生たちに強引に配り始めた。

「カレーは渡さないナメ!その代わり明日、私の店に来るナメ!誰も来なかったら、次はオマエらをおかずにして熊鍋にするナメ!!」


夕日に照らされながら、ただの泥棒食いと必死な店舗集客、そして不穏な脅迫を繰り出すクソジジイの姿に、担任の先生は頭を抱えて全力でツッコんだ。

「やっぱりただのクソジジイじゃねえかァァァーーーツ!?!?!?」

小学校に、今日一番の絶叫が虚しく響き渡るのだった。

(厨房の小丸さん~熊鍋編~完)


【作者より】

本作はフィクションであり、特定の思想や野生動物の駆除を推奨するものではありません。地域の安全を守る人々の営みや、ジビエ(命をいただく食文化) への敬意をベースにしたエンターテインメントとしてお楽しみいただけますと幸いです。


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