神の頭皮を持つクソジジイ
「トントントントン、豚トントンナメ。トントントントン、豚トントンナメ・・・・・」
真夏の熱気がこもるお土産兼食堂「おいしいよ」の厨房に、今日もどこか気の抜けるようなリズムが響き渡る。
リズムの主は、おなじみの小丸さん。今日もその白髪頭を揺らしながら、キャベツを刻んでいる。
真夏なのにエアコンを拒否するせいで、体中が真っ赤なあせもだらけになっていた。痒みが限界に達すると、お気に入りの孫の手で背中をゴリゴリと擦り付ける。
その姿を見かねて、魚を届けにきた地元の漁師さんが「あせもには海水がいいぞ」と声をかけたのが、すべてのきっかけだった。
【警告:これはフィクションの演出です。実際のあせもに海水を浴びせて放置すると、毛穴が詰まって症状が著しく悪化し、細菌感染を招く危険性が極めて高くなります。読者の皆様は絶対に真似をせず、冷房の効いた涼しい部屋でお薬を塗ってください】
さっそく海へ向かった小丸さんだったが、いざ海水が触れると「しみるうううナメ!」と砂浜を絶叫爆走する羽目になった。しかし、そこで奇妙な回路がつながってしまったらしい。
『海水を頭にぶっかけて天日干しすれば、自分の頭で天然の塩が作れるナメ!』
砂浜の強烈な照り返しに涙を流していたが、今やそれを逆手に取って、人一倍早く塩が作れると大喜びだった。おなじみの「ナメ」という語尾が、真夏の砂浜に響き渡る。
それからというもの、小丸さんは毎日バケツの海水を頭にぶっかけ、カンカン照りの砂浜にしなっとしやがみ込んだ。
海水のミネラルと、小丸さん独自の熟成された皮脂成分が奇跡の化学反応を起こし、その頭上には自家製の『頭上塩』が見事に完成したのだった。
この特製のオリジナル塩を使うため、内股をモジモジさせながら、いかにも大人しそうなフリをして厨房の勝手口をくぐる。
小丸さんは店長の目を盗み、厨房に並ぶ砂糖の容器とまったく同じ容器に、自分の『頭上塩』を秘密裏に仕込んでチャンスを狙っていた。
しかし、店長が急に振り返った拍子に焦った小丸さんは、本物の砂糖の容器と間違えて、その頭上塩の容器から一摘みだけ作りかけのお菓子に入れてしまった。
「これ、全然甘くないぞ!塩辛いじゃないか!」
注文したその甘いお菓子を一口食べたお客さんから、すぐにクレームが飛んできた。店長が慌ててお客さんの元へ飛んでいき、平謝りしながらその商品を厨房へと下げてくる。
厨房に戻った店長は、すぐさま調味料の棚を確認した。そこには、本来の砂糖の容器の真横に、小丸さんが秘密裏に仕込んだ「まったく同じ見た目の容器」が並んでいた。
「おい小丸さん!あんたまたやりやがったな!!」
厨房に店長の怒号が響き渡る。自分が仕込んだ神の塩が完全にバレてしまい、店長にこっぴどく怒られた小丸さんは、内股をモジモジさせながら「ナメ、ナメェ・・・・・・」と縮こまるしかなかった。
ーーだが、クソジジイがこれで大人しく引き下がるはずがなかった。
「食堂の料理がダメなら、お土産として売ればいい
ナメ・・・・・・」
店長に容器を没収される前に、小丸さんは店長の目を盗み、厨房の死角であの容器を取り出した。そして、厨房に置いてあったジップロックへその塩をせっせと詰め替えると、表面に達筆な文字で「海塩」と手書きした。
それを、お土産部門の責任者である宮元太さんすら気づかない売り場の隅っこへ、定価百円でこっそり並べたのだった。
「これ、新商品かしら.......?」
レジ係のパートのオバちゃんは、ジップロックに達筆な文字で『海塩』とだけ書かれた怪しい袋を見て、一瞬首を傾げた。宮元太さんからは何も聞いていない。しかし、お店には何百種類ものお土産が並んでおり、全ての商品を完全に把握しているわけではなかった。
「まあ、百円だしね」
オバちゃんは深く考えるのをやめ、普通に売ってしまった。こうして『頭上塩・第一号』が、ついに一般の客の手へと渡ってしまった。
「う、美味い・・・・・・いや、それより・•・・・.!」外はうだるような酷暑である。熱中症対策にと、買ったばかりのジップロックを開け、その場で『海塩』を一摘み舐めたお客さんのオヤジが、突然カッと目を見開いた。
なんと、長年の持病だったひどい痛風の激痛が、一瞬で嘘のように消え去ったのだ。それどころか、この海塩はあらゆる病気を退け、免疫力を無敵にする「人類未踏の万能薬」だったのである。
「あのお土産屋の塩、ヤバすぎる!」噂は瞬く間にネットを駆け巡り、「おいしいよ」の周辺は一瞬で大パニックに陥った。お店の前には全国から集まった観光客の長蛇の列ができ、さらには利権を狙う国際密売組織の黒塗りの高級車が連日大行列を作る。ジップロックの塩は、ネットの転売市場で一袋数万円という狂った価格で取引されるようになった。
お店のレジには連日大金が転がり込み、転売屋がボロ儲けするなか、小丸さん本人の懐には一円も入っておらず、相変わらず一文無しのままである。
それなのに、注文ばかりが殺到して頭皮の製スピードが追いつかなくなると、小丸さんはいつものクソ要素を発揮した。
「面倒くさいナメ・・・・・・」
すっかりやる気をなくした小丸さんは、近所のスーパーで買ってきた普通の塩をジップロックに詰め替え、達筆な文字で「海塩」と手書きして、悪びれもせず産地偽装を始めたのだ。だが、奇跡の効き目を求める客たちが、それを見落とすはずがなかった。
「普通の塩じゃねえか!痛風が治らねえぞ!」
「お店の雑巾より汚いあのコクが足りないんだよ!」
ネットで数万円を払って偽物を掴まされた観光客や、国際密売組織の男たちが一斉に怒声を上げた。
客たちは、小丸さんの頭のダシこそが、病気を治す主成分だったことに気づいていたのだ。
偽物だと暴かれ、暴徒と化した人々から逃れるため、小丸さんは内股で靴下の穴を3箇所見せつけながら厨房へ逃げ込んできた。
「おい小丸さん!表の騒ぎはなんだ!?」店長がすっ飛んでくる。暴徒に囲まれ、恐怖と真夏の暑さで極限に達した小丸さんの頭からは、これまでにないほど超濃厚な『本物の頭上塩の湯気』がシュウシュウと凄まじい勢いで立ち上り始めた。
その強烈な湯気をまともに吸い込んだ瞬間、店長の長年のひどい神経痛が一瞬で完治した。さらに、厨房へ雪崩れ込んできた観光客たちもその湯気を浴びた瞬間、全員の病気が治って大感動の涙を流し始めた。お土産屋の食堂「おいしいよ」は、一瞬にして聖地へと変わったのだ。
「な?効くんだナメ?」
小丸さんは木工用ボンドで固定されたズレた眼鏡を直しながら、不敵にニヤリと笑った。
だが、やっぱり不衛生なものは不衛生だった。
「ありがたいけど、汚いもんは汚いんだよ!」
店長はそう叫びながら、小丸さんの禿げ上がった頭皮に油性マジックで大きく「塩」と書き殴り、そのまま内股の小丸さんを食堂の外へと押し出した。
ーーだが店長も、探りを入れる客たちも、そして小丸さん自身も知らなかった。
頭皮に「塩」と書かれたその瞬間、神の頭皮のデリケートな狂った回路が完全に消滅し、二度と万能薬としての効果を持たない、ただのしょっぱいだけの塩しか作れなくなってしまったということを。
夕暮れ時、お店の裏。
今回の騒動でも結局1円も手に入らなかった小丸さんは、ただ静かに、ぼんやりとたたずんでいた。
その頭の上では、夜の街灯に照らされて、今夜も新しい塩の結晶がキラキラと、しかし今やただ寂しく輝いているのだった。
「トントントントン、豚トントンナメ・・・・・」
クソジジイの悪夢のリズムは、きっと今夜も、僕こと山田の夢に出る。




