【小丸さんの500円玉騒動~100%集中バージョン〜】
その日の出刻途中、小丸さんの足がピタリと止まった。
公園の隅、雑草の影に、信じられないものが眠っていたのだ。
(・・・・・・ナメッ!?)
コンクリートの隙間に挟まり、朝日に照らされてギラリと光る、丸い金属。それは「500円玉」だった。
少ないお金をやりくりして日々を楽しんでいる小丸さんにとって、それは砂漠の中でダイヤモンドを見つけたような大事件だった。
小丸さんは周囲をギロリと見回した。誰も見ていない。
内股の足をさらにすぼめ、息を殺してしゃがみ込むと、人差し指と中指で500円玉をそっと挟み込んだ。
「500円、拾ったナメ・・・・・・・」
胸の鼓動が一気に跳ね上がる。小丸さんはその500円玉を、ズボンのポケットの奥深くへと滑り込ませた。
ーーしかしこの時、ズボンの奥底にある「暗闇の穴」をすり抜けて、500円玉がすでに地面にポロリと落ちていたことに、本人は全く気づいていなかった。
厨房に入ってからも、小丸さんは分かりやすくソワソワしていた。
本人は500円玉が今も自分のポケットに深く眠っていると信じ込んでいる。内股の足をモジモジさせながら、頭の中のニヤニヤとドキドキを隠しきれずにいるのだ。
いつもなら誰も近づきたがらない、厨房の不気味な孤島のような存在の小丸さん。それが今日は、仕事中も勝手にテンションを上げてニヤついている。あまりの挙動不審さに、私を含めて周りの人間はさらに警戒し、遠巻きに距離を置いた。何かとんでもない不吉なことでも企んでいるのではないか・・・・・・。厨房にピリピリとした緊張感が走り始める。まさかその原因が、すでに無くしてしまった「500円玉」のにドギマギしているだけだとは、誰も知る由がなかった。
小丸さんは心の中で不敵に笑う。
(誰にもやるもんかナメ・・・・・・・)
底知れない不気味さを漂わせながら、誰の視線も寄せ付けないまま、その「確かな富」を指先で確認しようと、ズボンのポケットの中に初めてそっと指を滑り込ませた。
・・・・・・あれ?
指先をどれだけ奥に突っ込んでも、あるはずの硬貨の丸い感触がどこにもない。
小丸さんの顔から一気に血の気が引いた。
「ないナメ。ないナメ!?」
そこからはもう、仕事どころではなかった。小丸さんは厨房の床を這い回り、ありとあらゆるところを探し始めた。キャベツのゴミ箱をひっくり返し、新聞紙で鼻を噛みながら、狂ったように床を凝視している。料理の盛り付けなど完全に放り出されているが、誰も声をかけようとはしない。小丸さんは耳の補聴器らしきものをパチパチ叩きながら、完全に自分の世界に入り込んでいた。
そして、小丸さんは気づいてしまった。自分が履いているのが、ずいぶん昔の古いズボンだということに。
ポケットの裏地に手を突き動かすと、指がそのまま穴を通り抜けて太ももに触れた。靴下だけじゃなく、ズボンのポケットにまで、見事な「穴」が開いていたのだ。
「拾った瞬間に、もう落としてたナメ・・・・・・・!」「うわああああん! 500円が、500円がナメえええ!」
小丸さんは厨房の隅で、背中の湿布を丸出しにしながら大泣きして悔しがった。
「500円・・・・。小丸さんはたった500円のためにあんなに探していたのか」
誰も近づきはしないが、そのあまりの哀愁と器の小ささに、私はただ呆れ果てるしかなかった。
結局、500円は見つからないまま仕事は終わった。
その帰り道。一文無しになった小丸さんは、我慢できずに娘さんを電話で呼び出した。
「頼むナメ、お金をせびらせてくれナメ」といつもの甘えっぷりを発揮したのだ。
待ち合わせ場所にやってきた娘さんは、呆れた顔で小丸さんの履いている穴の開いたズボンを見て、カバンからお守りのように輝く1枚のコインを取り出して言った。
「そういえばお父さん、来る途中の道で、ちょうど
500円玉拾っちゃった。ラッキーじゃない?」小丸さんは目を見開いた。
それは間違いなく、自分が朝一番に拾い上げ、最初から落としていた、あのドキドキの500円玉だった。
お金が無事に身内に戻ってきたという奇跡に、小丸さんは言葉を失い、その顔に夕日の赤い光が綺麗に反射していた。




