第18話 真夏のカラスと体内ゲリラ豪雨
前も見えない。
真夏の夕方ーーではなく、まだお昼前の午前11時。
観光地のお土産屋さん兼食堂『おいしいよ』の周辺は、突如として発生した凄まじいゲリラ豪雨に見舞われていた。バケツをひっくり返したような大雨のせいで客足は完全に途絶え、私(山田)、佐藤さん、古株の子株さんの三人は、厨房から外の濁流を眺めて「これ、今日帰れるのかな・・・・・・」と途方に暮れている。
先日の割り箸竹馬の騒動が片付いたと思ったら、今度は天候のバグだ。
しかし、そんな異常気象による緊迫した空気の中、ただ一人、別の意味で限界を迎えているクソジジイがいた。
「といれ、ナメ・・・・・・」
内股をモジモジさせながら、小丸ヨネさんが本日10回目となるトイレへと消えていく。
時刻はまだ11時。お昼前の仕込みの段階だというのに、実に30分に1回という驚異的なハイペースで、彼は厨房とトイレを往復していた。
「ねえ山田君。あのクソジジイ、外の雨に影響されて頻尿にでもなってんの?」
佐藤さんが呆れ果ててキャベツを切る手を止める。
しかし、私は知っていた。ジジイが駆け込んでいる理由は、そんな可愛いものではないということを。
「佐藤さん、違います。あれは頻尿なんて生易しいものじゃないんです。小丸さんの胃腸の中で、外と同じ規模の『体内ゲリラ豪雨』が絶賛開催中なんです」
私が遠い目をしながら告げると、子株さんが「あらやだ」とフランクフルトをひっくり返した。私の脳裏に、昨日の裏口での衝撃的な光景が蘇る。
昨日の昼下がり、ゴミ箱の横で、客の食べ残しのお弁当をめぐり、野生のカラスとガチの縄張り争いを繰り広げていた小丸さんの姿を。
小丸さんは白衣のボタンを上からみっつ豪快にぶち外し、例のモジャモジャの胸毛を見せつけて「これ、わたしの、ナメ!」とボンド眼鏡の奥の目を血走らせて威嚇していた。
だが、野生の生存本能を舐めてはいけなかった。
カラスの猛烈なウイング・アタックと鋭いくちばし攻撃の前に、小丸さんは「逃げる、ナメ・・・・・・」としおしおに縮こまり、カラス側に完膚なきまでに圧勝されてしまったのだ。
あのクソジジイが命からがら死守できた戦利品は、たった一個の、干からびた唐揚げだけだった。
「・・・・・・佐藤さん。あのジジイ、昨日カラスから奪い取ったあの唐揚げ、本当に食ったみたいです」
「えっ、嘘でしょ!?私たちの目の前でゴミ箱の横に放置されてたカラスの食べ残しだよ!?」佐藤さんが大声を上げる。そう、その真夏のバイオテロ確定の唐揚げのせいで、小丸さんは今、ガチでお腹を壊していたのだ。
ジジイの体内では今、外のゲリラ豪雨をも遥かに凌駕する、最悪の大嵐が決壊の時を迎えようとしていた。
「うう・・ナメ、ナメ」
本日15回目。ついにトイレの奥から、不穏な奥歯の音「カチ・・・・・・カチ・・・・・・」と共に、小丸さんの悲痛な絶叫が響き渡った。
「ちょっと小丸さん、大丈夫ですか!?」
私が慌ててトイレのドアを開けると、そこには、お腹を抱えて便器の前に崩れ落ち、はだけた胸のあの薄茶色のホクロ(地球)をツンツンと突き刺している小丸さんの姿があった。
ジジイはボンド眼鏡を涙で濡らし、消え入りそうな声で呟いた。
「これ、ちちきゅう、崩壊、ナメ・・・・・・。お腹、大嵐、ナメ・・・・・・」
あまりの汚さとくだらなさに、私の脳内で、これまで溜めに溜めてきた怒りの全エネルギーが限界突破した。
「ーーたった一個の唐揚げで自分の腹の中に独自の体内ゲリラ豪雨引き起こしてんじゃねえよおおおお!!!!」
私の魂のツッコミがトイレの中に虚しく響き渡る。
すると、クソジジイは決壊寸前のお腹をさすり、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、外の豪雨の音に負けない大声でこう締めくくった。
「そと、げりらごうう、ナメ・・・・・・。わたし
げりだごうきゅう(下痢だ号泣)、ナメ・・・・・・・」
そんな面白くもないギャグが言えるくらいならまだ大丈夫だなと、私は完全に呆れ果て、そのままクソジジイをほったらかして厨房へと引き返すのだった。




