キャベツと夏バテの夜
今年の夏は、容赦なく暑い。
飲食店の厨房にこもる熱気は、冷房の冷風をいとも簡単に掻き消してしまう。
「だめだ・・・・・・。もう、箸を持つ力も残ってねえ・・・・・・」
常連の男が、カウンターに突っ伏したまま蚊の鳴くような声を絞り出した。
店の従業員たちも、幽霊のように肩を落として使い物になっていない。冷たいものの摂りすぎか、あるいはこの猛暑のせいか、全員が重度の夏バテに冒されていた。
そんなお通夜のような店内で、ただ一人、いつもはみんなにバカにされている小丸さんだけが、驚くほどのハイペースで動いていた。
ーートントン、トントン、トントン。
小気味いい音が店内に響き渡る。
小丸さんは無表情のまま、ものすごい速さでキャベツを刻んでいた。
「おまえら、これ、たべるナメ」ドン、とカウンターに置かれたのは、山盛りのキャベツの千切りだった。
一同は不審そうな目を向けたが、背に腹は代えられない。渋々、箸を伸ばしてシャキシャキとした緑の山を口に運んだ。
「・・・・・・あ、あれ?」
最初に声をあげたのは常連の男だった。
「・・・・・・うめえ。なんか、胃のムヤムヤがスーッと引いていく・・・・・」
「本当ですね。さっきまであんなにダルかったのに、急に体が軽くなってきました・・・・・・!」
従業員も目を輝かせる。キャベツの水分と栄養が、干からびた胃腸にじんわりと染み渡っていくのが分かった。全員が夢中でキャベツを貪り食う。
しかし、全員が完食した瞬間、ハッと我に返った。
互いに目配せをし、激しい焦りが一同を襲う。
(あ、いけね。このままだと、小丸さんを大絶賛する流れになっちまう・・・・・・!)
いつもナメた態度をとっている小丸さんに、ドヤ顔をさせるわけにはいかない。常連の男は、慌ててそっぽを向いて言い訳を怒鳴り散らした。
「ち、違うわ!俺が元気になったのは、さっき飲んだ水がちょうどいい冷たさだったからだ!キャベツのおかげじゃねえ!」
「そうです!あと、エアコンの風向きがたまたまこっち向いたからです!小丸さんの実力じゃないですからね!」
必死すぎる言い訳合戦。そんな一同を、小丸さんはジト目でじっと見つめた。
「・・・・・・フン。みず、と、エアコン、えらいナメ」たどたどしい日本語で、一言のもとに切り捨てられる。
だが、胃腸が完全に復活した一同の暴走は止まらない。元気になったからこそ、今度は別の欲求が頭をもたげてきたのだ。
「というかさ・・・・・・正直、キャベツばっかりじゃ物足りねえんだよ!」
「わかります!胃が元気になったら、もっとこう、ガツンとした肉とか油っこいものが恋しくなってきました!」
「そうだ!唐揚げとかラーメン持ってこい!もう草は飽きたんだよ!」
現金なものだった。さっきまで死にかけていたくせに、回復した途端にこれである。
小丸さんは、深くため息をついた。
「・・・・・・肉、だめナメ。おまえら、まだ、これ、たべるナメ」
静まり返る店内に、再びあの音が鳴り響く。
ーートントン、トントン、トントン・・・・
見ると、小丸さんはすでに二玉目のキャベツをまな板にセットし、無心で包丁を動かしていた。
「ひえっ!小丸さん、もう次を刻んでる!?」「だからもうキャベツはいいって言ってるだろ!まだ刻むんかい!!」
「キャベツ、からだ、いいナメ。」トントン、トントン、店内に響き渡るトントンという音をBGMに、俺たちのツッコミはどこまでも虚しくこだまするのだった。
後書き・豆知識スペース
【作者より:今すぐ使える夏バテ豆知識】
作中で小丸さんが「からだにいいナメ」と言っていた通り、キャベツは本当に夏バテ(特にお疲れ気味の胃腸)に効果抜群の食材です!
* 弱った胃腸を優しく修復:キャベツ特有の栄養素「ビタミンU」が、冷たいものの摂りすぎでバテた胃粘膜を保護してくれます。
* だるさをリセット:豊富なビタミンCが、夏の暑さによるストレスや疲労を和らげます。
* むくみ・熱をスッキリ:カリウムが体内の余分な水分を出し、体を整えます。
物語の常連たちのように「胃は元気になったけど、草(生キャベツ)は飽きた!」という時は、豚肉と一緒に炒めて回鍋肉にすると、豚肉のビタミンB1も加わって最強のスタミナ食になります。
みなさんもぜひ、小丸さんのトントンキャベツを見習って、この猛暑を元気に乗り切ってくださいねナメ!




