第15話 小丸よねの、大いなる真理(グランドフィナーレ)
「ギャンブルもしない。高い持ち物もない。なのに、店長より高い給料をもらっている小丸さんが、なぜいつでもすっからかんなのか」
観光地のお土産屋さん兼食堂「おいしいよ』に勤めて数ヶ月、私はついにこの職場の最大にして最深のミステリーを暴く決意をした。しっかり者の娘・カイちゃんのためにも、このクソジジイの闇に光を当てなければならない。
ちょうど毎月一度の給料日の夕方。
店長から「はい、小丸さん今月分ね。いつも美味しい盛り付けありがとう」と、ずっしり分厚い給料袋が手渡された。厨房の主である小丸よねさんの給料は、確かに店長のそれを遥かに凌駕している。
私は、佐藤さんと古株の子株さんの三人で、給料袋を持ったまま内股でトボトボと帰路につく小丸さんの後ろを静かに追跡した。
たどり着いたのは、小丸さんの自宅の裏庭。
そこには、なぜか最近新築されたばかりとおぼしき、頑丈で立派な『大きめの物置倉庫』がポツンと建っていた、本人の家はボロボロなのに、その倉庫だけが異様に新しい。
小丸さんが倉庫の鍵を開けて扉を開いた瞬間、私、佐藤さん、子株さんの三人は、その光景に言葉を失った。
倉庫の中には、棚という棚、床という床に、これでもかとギッシリ詰まった『一万円札の山、山、山』が、まるで要塞のようにうず高く積み上げられていたのだ。その額、間違いなく数千万円、あるいは億の大台に乗っている。
小丸さんは、店長から貰ったばかりの給料袋を開けると、中の一万円札の束を「はい、今月分ナメ......」と呟きながら、その札束の山の上へと雑に放り投げた。
「ちょっと待ってえええええ!!!!何これ!?この大量の万札の山は一体何なのよ!?」あまりの光景に耐えきれず、私たちが物陰から叫びながら飛び出すと、小丸さんはボンド眼鏡をクイッと上げ、心底不思議そうな顔で呟いた。
「これ・・・・・・へんな男の、かお、かいてある、ただの、かみきれ、ナメ。かいしゃ、まいつき、めいわく、おしつけてくる、ナメ。いえの中、もう、はいりきらない、ナメ。だから、この、かみきれ、おくためだけに、もうひとつ、そうこ、たてた、ナメ」
「・・は?」
厨房の全員の思考が、今度こそ完全に停止した。
小丸よね(困るよね)という男は、ギャンブルですっていたわけでも、ドケチで隠し口座に貯め込んでいたわけでもなかった。
そもそも『お札』という存在を、お金だと認識していなかったのだ。彼にとってお金とは、丸くてカチカチ言う小銭(と、娘から貰える千円札)だけであり、毎月渡される給料は「なんか会社が毎月押し付けてくる、おじさんの顔がプリントされた謎の紙切れ」だと思っていたらしい。
物を捨てられない性分ゆえに保管し続けた結果、自宅が紙切れで埋まり、ついに「意味不明な紙専用の倉庫」をもう一つ建てるという、異次元の力技に出たのだ。
「億万長者が、ガチで意味不明な紙のせいで家を狭くして、娘に千円せびってただけかよオオオオオ!!!!」
私の魂の絶叫が、夕暮れ時の裏庭に、そして新築の頑丈な倉庫内に虚しくこだました。
隣では佐藤さんが白目を剥いて卒倒しかけており、古株の子株さんに至っては、あまりの衝撃に顎が外れたのか「あ、あ、あ・・・・・・」と壊れたロボットのようになっている。
目の前では、億万長者(※本人はただのゴミ屋敷の住人だと思っている)が、ボンド眼鏡の奥の目をパチクリさせていた。
「な、なに、おこってる、ナメ?カイちゃん、まいつき、やさしく、きんいろの、まるい、おかね、くれる、ナメ。でも、てんちょう、まいつき、この、おじさん、いっぱいくれる、ナメ。おじさん、いらない、ナメ」
「いらなくないわよ!!!それで世界が回ってんのよ!!!ていうか倉庫建てるお金はどこから出たのよ!?」
「これ、たてた、大工の、おにいさん、『おじさんの、かみきれ、いっぱい、くれたら、つくる』って、いった、ナメ。だから、この、おじさん、ダンボール、3つぶん、あげた、ナメ」大工オオオオオ!!!お前、完全に気づいててめちゃくちゃふっかけたな!!!
全額本物の札束で埋め尽くされた、世界一贅沢で、世界一バカバカしい謎の倉庫。
あまりの規格外の狂気に、佐藤さんはその場に崩れ落ちて白目を剥き、子株さんは「今すぐ娘さんにラインしなきゃ・・・!」と震える手でスマホを取り出し、私はあまりの脱力感にコンクリートの地面へ思いっきり突っ伏して「どっ!!」と最大級の大ズッコケをかましたのだった。
ーー翌朝。
子株さんからの連絡を受けて激怒したカイちゃんに、倉庫の札束を全額一網打尽に回収され、相変わらず財布がすっからかんになった小丸さんは、何事もなかったかのように定位置でキャベツを刻んでいた。
「トントントントン豚トントン、ナメ。・・・・・・トントントントン豚トントン、ナメ」リズミカルな包丁の音とともに、昨日まで数億円相当の「おじさんの紙切れ」を所有していた男は、いつも通りお土産屋さん兼食堂『おいしいよ』の厨房に立っていた。
「小丸さん、おはようございます・・・・・」
私がまだ昨日の大ズッコケの筋肉痛を引きずりながら声をかけると、小丸さんはボンド眼鏡をチラリと下げて、いつものように穏やかに微笑んだ。
「おはよう、ナメ。カイちゃん、きのう、おこってた、ナメ。でも、うちの中の、へんな男の、かみきれ、ぜんぶ、もっていってくれたから、お部屋、ひろくなった、ナメ。お礼に、きんいるの、まるい、おかね、3つくれた、ナメ!カイちゃん、やっぱり、やさしい、ナメ!」
3つ。たったの300円である。
数億円の要塞と引き換えに、手に入れたのは300円の小銭。
それを見ていた店長が、厨房の奥から「いやあ、小丸さんがそんなに紙切れに困ってたなんて知らなかったよぉ。これからは給料、全部50円玉100円玉の現物支給に変えるからね!」と、これまた的外れな大声で笑っている。
「いや店長、それ重すぎて小丸さんの腰が死にますから!!」
佐藤さんのツッコミが響く中、子株さんは「カイちやん、あの後一晩中寝ずに通帳への入金手続きと税理士の手配で白目剥いてたらしいですよ・・・・・・・」と、スマホの画面を見ながらガタガタ震えていた。
現実の経済概念すら自身の狂気で叩き壊し、最後はいつものリズムで日常を支配してくる。
小丸よねという、世界で一番お金に困っているようで、世界で一番お金に困っていない男の怪異に、私は今日も、心の底から戦慄するのだった。




