小丸よねの、救命救急(レスキュー)
地域の夏祭り当日。
観光地のお土産屋さん兼食堂『おいしいよ』も、今日はお祭り目ての観光客でごった返していた。いつもより少し遅くなってしまったけれど、夜、怒涛の営業を終えて閉店作業をすべて済ませた私、佐藤さん、そして古株の子株さんの三人で、夜店がずらりと並ぶお祭り広場へと繰り出していた。
浴衣姿の人混みをかき分けながらイカ焼きを齧っていると、前方の『金魚すくい』の屋台の周辺が、何やらただならぬ騒ぎに包まれているのが見えた。
「おい、ふざけんじゃねえぞクソジジイ!営業妨害
だ、警察呼ぶぞ!」
屋台のオヤジさんの怒号が響き渡る。
人だかりの隙間から見えたのは、案の定、見慣れたボロボロの白衣とエプロン (下にはもちろん黄ばんだ体操服)を直穿きした、内股の怪異一一小丸よねさんだった。
「これ・・・・・・・おぼれてる、ナメ。いき、してない、ナメ。たすける、ナメ・・・・・・・!」
小丸さんは真剣そのものの血走った眼(片方は『男』の眼帯だが)で、金魚すくいの水槽の中に両手を突っ込んでいた。
どう間違ったのか、彼は金魚を『掬う」のではなく、ガチの『救い(救命救急)』を行っていたのだ。
見れば、小丸さんは水槽から素手で引っ張り上げた一匹の出目金を地面に横たわらせ、おぼつかない日本語で「アンピュバア、ナメ・・・・・・」と呟きながら、人差し指の先で金魚の胸(?)をトントントントンと猛烈な勢いで圧迫していた。
(一一やってることがただの圧死の刑だよ!!!)
「ちょっと小丸さん何やってるんですか!?」
私が慌てて止めに入ると、小丸さんはボンド眼鏡をクイッと上げ、悲痛な面持ちで叫んだ。
「これ、しんぞうまさーじ、ナメ!じゅうよんばん、ディフェンス、ナメ!」
(バスケの補欠の背番号がいつの間にか14番に上がってる上にディフェンス関係ねえよ!!!)さらに小丸さんは、ポケットから「お店の雑巾の方が何倍も綺麗」と噂される、茶色く干からびた例のハンカチを取り出した。
「人工呼吸、ナメ。のど、つまって、ない、ナメ.......」
あろうことか、その不潔の極みのような布で金魚の口元をゴシゴシと拭き始めたのだ。金魚を救うどころか、バイオテロでトドメを刺そうとする狂気のレスキュー隊。
「やめるおおお!俺の金魚に変な雑巾くっつけるな!!」
限界を迎えた屋台のオヤジさんが小丸さんの襟髪を掴んで引きずり回し、小丸さんは内股をモジモジさせながら「たいほ、ナメ・・・・・・」としおしおに縮こまっていた。
「・・・・・・はあ、本当にどこにでも現れるわね、あの困ったおじさん」
子株さんが呆れ果ててかき氷を啜り、佐藤さんはあまりのくだらなさにラムネの瓶を握りしめたまま、白目を剥いて固まっていた。
結局、私たちがオヤジさんに平謝りし、売れ残ったポイを全部買い取ることでどうにかその場を収めたのだった。
ちなみに支払ったお金は、子株さんが店長から預かっていた『小丸資金』から出された。お店の看板に傷がつくくらいならこれを使えと、シフトの責任者にはいつも持たされている、血と涙の詰まった隠し財産である。まさかお祭りの現場で火を吹くとは思わなかった。
一ーそして、その日の夜。
私はまたしても、あの白衣のジジイが奥歯を鳴らしながら襲いかかってくる恐怖の悪夢にうなされることになった。
翌朝、疲れ果てた顔で出勤すると、隣の佐藤さんも、子株さんも、全員が目の下にギョッとするほどのクマを作って白目を剥いていた。やっぱりみんな、夢に出たのだ。
厨房のドアを開ければ、今日もあの「こまるよね」の黄ばんだ体操服が、内股でキャベツを刻み始めている。
「トントントントン豚トントン、ナ
メ。トントントントン豚トントン、ナメ」
現実のお祭りを文字通り『困るよね』の渦に叩き込み、最後はいつものリズムで日常を支配してくる。
小丸ヨネさんの底知れぬ怪異に、私は今日も、心の底から戦慄するのだった。




