思いがけない再会
「……ですが、ずっとここに籠るつもりですか?」
ミエラの問いに、彼の表情はすぐに真剣なものへと変わる。
「いや、もちろんオーデントへは向かう。」
レグラスは椅子の背にもたれ、腕を組んだ。
「だが、今オーデントに向かえば、ホイスタリンの軍勢とオーデントの戦いに巻き込まれることになる。」
その言葉に、ミエラは眉をひそめる。
まるで他人事のように、戦に"巻き込まれる"というレグラスの言い方に、彼の立場を考えれば違和感を覚えた。
「……この国の戦に、巻き込まれる、ですか?」
レグラスはその反応を楽しむように微笑んだ。
「私の弟や、屈強な騎士たちがいるオーデントが、数で劣るホイスタリンの軍勢に負けるとは思えない。」
彼の声音には確信があった。
「薄情だと思うかもしれないが、きちんとした理由がある。」
ミエラは「勝てるかどうか」の問題ではないのでは? と思いながらも、その言葉を押し殺した。
「言葉足らずだったことは認めよう。」
レグラスは落ち着いた口調で続けた。
「私はオーデントへ行くことを拒んでいるわけではない。"今"ではないと言っているだけだ。」
彼は軽く指を鳴らし、ミエラに目を向けた。
「もちろん、オーデントにはいずれ向かう。だが、今の段階では、君にはしばらくここにいてもらう必要がある。」
ミエラが何か言いかけると、レグラスはそれを制するように手を挙げる。
「竜族のことは心配しなくていい。何度も言うが、君の大陸に竜族がいないから分からないのかもしれないが——運命に導かれた者ならば大丈夫だろう。」
ミエラの胸中に、やるせない感情がこみ上げてくる。
「話は終わりだ。」
レグラスの言葉には、もはや議論の余地はなかった。
「君の選択肢は、もうない。」
冷たく、だがどこか優しさすら感じさせる口調だった。
「戦いの疲れもあるだろう。それに、今から馬を使って向かったとしても間に合わない。そうであれば、無理に焦るのではなく、神に祈るべきだ。 もし本当に友を思うならばな。」
ミエラは沈黙した。
彼の言うことは、ある意味では正しい。
確かに、もう間に合わないかもしれない。
だが、それでも——
黙って見ていることなどできない。
やるせない気持ちのまま、ミエラは立ち尽くしていた。
外に向かう足も動かせず、レグラスに言葉を返すこともできずに。
そんなミエラを見つめながら、レグラスは静かに告げた。
「……部屋を用意する。」
その言葉に、ミエラは顔を上げる。
「今日は我々がオーデントに向かうことはないが、明日から状況を確認するために近くの拠点まで向かう予定だ。」
ミエラの瞳が揺れる。
「もちろん、私自身も同行する。君にもついてきてもらう。」
レグラスは淡々と続けた。
「悩むならば、それからだ。」
彼はわずかに微笑み、ミエラを見つめる。
「私は君の意向を尊重する。だが、それが最善だと私は思うよ。」
そう言い残し、レグラスは外で待っていた兵士に何かを伝えた。
しばらくすると、一人の女性がミエラを迎えに現れた。
——服にはところどころ汚れが目立つ。
だが、その姿勢にはどこか誇りのようなものが宿っていた。
女性に案内され、ミエラは拠点にある一室へと通された。
簡素な部屋の中、ミエラは一人、静かに床に腰を下ろした。
疲れがなかったと言えば嘘になる。
それを自覚するほどに、彼女の体はベッドに沈み込むようだった。
目を閉じると、仲間たちの顔が浮かぶ。
アイリーンは、どうしているのだろうか。
ジンは、無事だろうか。
次第に、意識は深く沈み、微かな不安が夢の中へと溶け込んでいった。
——だが、その夢は記憶の隅へと消え、
朝の光と共に、静かに目覚めることとなる。起床したミエラは、昨日と同じ部屋へと案内された。そこにはレグラスを含めた数人の男たちが座っていた。
ミエラが現れると、彼らの視線が集まる。
探るような目、何かを期待する目——
どの視線も、決して敵意はない。だが、親しみとも異なる。
「おはよう。」
レグラスが穏やかに言った。
「よく休めたかい?」
ミエラは、戸惑いながらも頷いた。
「顔を洗う前に呼んでしまって申し訳ないが……皆で食事ができる時間が限られているのでね。」
レグラスは軽く微笑み、空いている席を指した。
「座るといい。」
ミエラは促されるままに席に着く。
目の前には、乾燥したパン、野草のスープ、そして何の肉か分からないがしっかり焼かれた肉が置かれていた。
ちらりと視線を向けると、レグラス自身もまた、他の者たちと同じ食事をとっている。
——王子であるはずの彼が、こうした食事をする生活を送っている。彼が"ただのレグラス"を名乗る理由も、少しだけ理解できる気がした。
「食事をしながらでいい。」
レグラスは食事を続けながら、ミエラへと語りかける。
「耳だけ傾けてくれ。皆に正式に紹介しておきたい。」
その言葉に、ミエラは手を止める。
「もう知っている者もいるだろうが……彼女はミエラ。外の大陸グランタリスから来た、運命に導かれた女性だ。」
食事をとる手が止まり、周囲の者たちが一斉にミエラを見つめる。ミエラは戸惑いながらも、何とか言葉を探そうとした。
だが、レグラスは苦笑しながら手を振る。
「すまない。もうここにいる者たちは、ある程度、君のことを知っている。」
彼は気遣うように微笑んだ。
「これはただの形式的な紹介だよ。食事を続けて大丈夫だ。」
そう言われ、ミエラはようやく手を伸ばした。
次々と交わされる会話の中、ミエラも食事を進めていた。パンをちぎり、スープを口に運ぶ。
静かに話を聞いていればいいとレグラスに言われたが、それでもこの場の空気にはどこか馴染めずにいた。
そんな中、不意に隣の男が口を開いた。
「……よお、味はどうだ?」
低く響く声に、ミエラは顔を上げた。
そこにいたのは、昨夜、彼女が部屋を出ようとした際に立ちはだかった男だった。
屈強な体格に、鋭い目つき。だが、その顔にはどこか見覚えがある気がした。
「えっ? あ……はい。美味しいです」
戸惑いながらもそう答えると、男は何が可笑しいのか微かに笑い、肉を口に運びながら続けた。
「……ジンの奴とははぐれたのか?」
その言葉に、ミエラの手が止まる。ジンの名前がここで出てくるとは思わなかった。
「……ジンを、ご存知なのですか?」
驚いて尋ねると、男は少し顔をしかめる。
「ん? あぁ……まあな。大して関わりはなかったかもしれねぇが……お前ら、俺たちの船に乗ってたんだよ。」
ミエラは一瞬、理解が追いつかなかった。
「船……?」
疑問を口にした瞬間、ある名が脳裏をよぎる。
「——ローグクランク号!?」
その名前を叫んだ途端、周囲の空気が変わった。食事をしていた者たちが動きを止め、ミエラを見つめる。話をしていた者たちも、何事かと注目していた。
その視線に戸惑うミエラを見て、男——ボルボは少し慌てて手を振った。
「おいおい、そんなに慌てんなよ」
彼は肉を口に放り込みながら、気楽な口調で続ける。
「俺はボルボ。お前らを乗せていたローグクランク号の海賊だ」
ローグクランク号——セスナが率いる海賊船。
確かに、ミエラもジンも、一度あの船に乗り、アルベストへと向かった。
——では、エイランは?
他の仲間たちはどうなったのか?
彼らもここにいるのか?
次々と湧き上がる疑問を口にしようとしたミエラだったが、それよりも先に、レグラスが笑みを浮かべて言った。
「順番が変わってしまったようだな」
レグラスは周囲の食事の進み具合を確認すると、静かに言葉を続けた。
「皆、すまないが少しだけ時間をもらう。食事がまだの者は続けてくれて構わない」
ボルボは申し訳なさそうに片手を上げたが、レグラスは気にした様子もなく、ゆっくりとミエラへ向き直る。
「ミエラ」
その名を呼び、レグラスは穏やかに語る。
「君の知る人物たちとは、実はすでに会っていたのだ。」
ミエラは息を飲む。
「だからこそ、私は君の大陸にもオルフィーナ様の話が伝わっていることを知っていた」
レグラスの言葉の意味を、ミエラはすぐには理解できなかった。
だが、確かなことは一つ——
自分が思っていたよりも、この大陸とグランタリスは深く繋がっているのかもしれない。




