街道の会合
妻と娘——レグラスにとって何にも代えがたい存在を失った喪失感は、彼の心を深く蝕んでいた。
その埋めようのない穴を埋めるように、彼は信仰を許さぬオーデント王国において、神を求める者たちを救い、彼らの拠り所となることを選んだ。
かつては復讐に囚われ、兄弟すら疑った。だが、残された書物、そして、すぐに復讐へと走れなかった自身の弱さが、彼に時間を与えた。
冷静に考える時間があったからこそ、裏で蠢く者たちの影を見極めることができたのだ。
もし、家族を奪ったのが兄弟でなければ——
レグラスはその可能性を考え、姿を隠し、力を蓄えるためにオーデント各地を放浪した。
かつて王宮にいた頃には知り得なかったことを、民の間に身を置くことで学んでいった。
そして今——
七騎士デニス・マーシャルが統治するホイスタリンへと足を運び、傭兵であり、今は共に戦う同志ブランと共に、仲間を探していた。
「レグラス、あれを見ろよ。」
林の中、慎重に身を潜めながら、ブランが低く囁く。レグラスは指し示された方角へと視線を向けた。
木々の隙間から見えたのは、数十人の一団だった。
彼らの姿は遠目からでも分かるほどに疲弊していた。服はボロボロで、統一感もない。中には力なく歩く女性の姿もあった。
そして、鎧を身に纏った者の姿も見えた。
レグラスは目を細める。
「貴族の一行には見えないな……。」
ブランも視線を鋭くしながら頷いた。
「オーデントから逃げ、国外へ向かおうとしている者たちかもしれない。信仰を理由に追われた連中の可能性もあるな。」
「……それにしても、足取りが重い。」
レグラスは一団の歩みを注視する。
疲れ果て、進む足に力がない。
まるで、逃げ延びることすら諦めかけているかのような、沈んだ空気が漂っていた。
「どうする?」
ブランが問いかける。
レグラスは迷わなかった。
「接触する。」
静かに決意を固めると、レグラスは林を抜け、彼らの元へと歩みを進めた。
林を抜け、街道へと出た瞬間——。
一行の中にいた長い茶色の髪の女性が、こちらに気づいた。素早く周囲に指示を出し、仲間たちを静止させる。
レグラスは彼女の腰に携えられたサーベルを一瞥し、その刃に宿る独特の気配を感じ取った。
(……神の力が込められている。)
ただの装飾ではない。この武器を持つ者は、それに相応しい力を持っている。
(彼女が、この集団の頭か……?)
慎重に状況を見極めるレグラスの横で、ブランが低く呟いた。
「おい、レグラス。あいつら、何かあるな。」
「……ああ。」
そう返した瞬間、傷だらけの豪奢な鎧を纏った男が前へと進み出た。威厳を漂わせつつも、どこか軽妙な雰囲気を纏った男——。
彼は堂々とした声で、こちらに呼びかけた。
「止まられよ! 貴公らが少人数であり、敵意を持たぬことは分かる。しかし、我らもまた旅の者——互いの素性が分からぬまま、早計に歩み寄るのは如何なものか?」
鋭い洞察力と、洗練された言葉選び。
貴族の気配を感じさせる男だった。
レグラスは馬の手綱を引き、進む足を止めると、ブランにも合図を送る。
「そちらへの配慮が足りなかった。すまない。
我らも貴公らと同じく旅の者だ。」
そう前置きした後、レグラスは名を偽って名乗った。
「こちらはブラン。私は……ライナスだ。」
すると鎧の男はチラリと茶髪の女性を見た。その仕草にレグラスは確信する。
(やはり、彼女が主導権を握っているか……。)
やがて男は顎を上げ、誇らしげに名乗った。
「私はエイラン! 他の者たちを一人ずつ紹介するのは骨が折れるゆえ、割愛させてもらおう!」
妙に自信に満ちた態度。それを見た瞬間、レグラスは思わずオーデント王国の貴族たちを思い出す。
(……間違いない。彼は貴族だ。)
口調や振る舞い、その自信家ぶり——貴族でなければ、こうは振る舞えない。
しかし、レグラスには一つの疑念があった。
(オーデントにいた頃、貴族の顔ぶれはほぼ把握していたが……見覚えはないな。)
エイランの名に聞き覚えはない。それどころか、この場にいる人間の服装や持ち物を見ても、オーデントのどの貴族にも属していないように思えた。
(ならば、一体……?)
思考を巡らせながらも、レグラスはさらに問いを投げかける。
「貴公らは旅の者と言うが、この人数で旅とは珍しいな。しかも、服装はバラバラ、武器もそれぞれ異なる。——今やオーデントの領土となったホイスタリンの地で、一体どこへ向かっている?」
レグラスの問いに、一行の者たちはざわついた。
「……呪われた土地じゃなかったのか?」
「国があるのか!? やったぞ!」
「今だに信じられねぇ……本当に来たんだな……」
まるで、何かを確かめるような言葉が次々と飛び交う。エイランも、どこか歯切れの悪い様子で言葉を濁した。
「あー、我らはその……この土地より離れたところから来ていて……えー……」
明らかに動揺している。レグラスはブランと視線を交わし、彼が小声で呟く。
「……レグラス。こいつら、怪しいな。」
「……ああ。」
そう返し、さらに追及しようとした——その時だった。
「——私たちは、外の大陸から来た。」
茶髪の女性が、静かに口を開いた。
その一言に、レグラスとブランは思わず顔を見合わせる。
(……外の大陸だと?)
この大陸の外に、様々な国が広がっているのは知っている。時折結界の力で屍となった身体と船が漂流する事もあったが…生きた状態でアルベストに来たという者は初めて聞いた。
(まさか、本気で言っているのか……?)
疑念を抱きながらも、彼女の瞳には迷いがなかった。まるで事実をそのまま口にしているかのような、落ち着いた声。
エイランが驚いたように彼女を見つめる。彼女は軽く肩をすくめ、冷静に言葉を続けた。
「面倒な嘘で取り繕う場面でもない。知らない大陸で適当な知識を元に嘘をつくよりも、正直に話した方がいいだろう?」
その言葉に、エイランは観念したように肩を落とし、大きく息を吐いた。
「……仕方ないようだね。」
そう呟くと、エイランは改めてレグラスとブランを見据え、これまでの経緯を語り始めた——。




