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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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逃走

 冷たい空気が肌を刺す中、ジンは駆け抜けながら、ふと背後に馴染みのある気配を感じ取った。


「アイシャ、無事だったのね。」


 アイリーンが息を整えながら振り返ると、アイシャが静かに肩をすくめた。


「乱戦の前に離れたからね。巻き込まれるのはごめんだったし。」


 軽い口調とは裏腹に、彼女の瞳には鋭い光が宿っている。その目がジンに向けられた。


「で、これからどうするつもり?」


 ジンは短く息を吐き、呆れたように肩をすくめる。


「復讐の道から外れたなら…もう自分の生き方を探したほうがいい。特に、今のこの国の状況を考えるとな。」


 アイシャは無言でジンを見つめたが、答えは返さず、ただ足を止めることなくついてくる。


「そういえば、ミエラちゃんはこんな事になってるなんて知らないだろうし、何とか合流しないと。」

 アイリーンが眉をひそめながら言う。


 ジンはしばし沈黙し、夜空を見上げた。空には黒い雲が垂れ込め、月明かりすら遮られている。まるでこの国の未来を象徴するかのようだった。


「もちろん合流するさ。ただ…話が変な方向に進んでる。エースの言葉、ジャズの言葉…この国に長く留まるのは危険だ。」


「そこはまあ、そうね。」

 アイリーンは腕を組みながら頷くが、次の瞬間、悔しげに吐き捨てる。

「でも、本当に腹立つわね。」


 アイシャはそんなアイリーンを横目に、冷静な声で問いかけた。


「それで、外に出たらどうするの?」


 ジンは視線を前に戻し、歩調を速めながら答える。


「先行隊とは別に、後方には騎士団が待機しているはずだ。アジトが崩れる心配はないと伝え、敵国の眷属がいたことを報告する。あとは向こうで何とかするだろう。」


「騎士団がそんな話を信じると思うの?」

 アイシャが訝しげに尋ねる。


 ジンはわずかに口角を上げた。


「大丈夫だろう。アイリーンもいるし、竜族が人質になってることは彼らも知ってる。そんなアイリーンがここにいるなら、話の信憑性も増す。」


 ジンたちは会話を交わしながら、やがてアジトの外へと踏み出した。


 しかし、そこで彼らは異変に気づいた。


「……何だ、これ?」


 アイリーンが立ち止まり、周囲を見渡す。


 先行隊がアジトに突入したとはいえ、外にはまだ多くの騎士が待機していたはずだった。だが、目の前にいるのは、両手で数えられるほどの騎士だけだった。


 夜気に沈む戦場の静寂を破るように、一人の騎士がジンたちの姿を見つけ、足早に駆け寄ってきた。


「先行隊か? そこにいるのは竜族か……盗賊どもはどうした?」


 鋼鉄の鎧に覆われた騎士の声は、警戒と焦燥に満ちていた。ジンは内心で舌打ちしながら、自分が兜を置いてきたことを悔やんだ。顔を隠す手段がない今、無闇に騎士団の注意を引くのは避けたかった。しかし、幸いにも騎士はジンの素性を気にする様子はない。それに安堵しつつ、簡潔に状況を伝えた。


「アジトの内部では未だ戦闘が続いています。敵の中に、ベイルガルドの眷属がいました。奴はこの国にとって危険な存在です。」


 報告を聞いた騎士は、即座に指揮官であるマーディのもとへと駆けていった。


 その間に、ジンたちの後を追ってアジトから出てきた数人の盗賊が、騎士たちに捕らえられていた。彼らの存在が、ジンたちの話の信憑性を裏付ける形となる。しかし、騎士たちは未だ突入の指示を出さない。


 焦れたアイリーンが、一人の騎士の肩を強引に掴んだ。


「ねぇ! あんたたちの仲間はまだ中で戦ってるのよ? なんで突入しないの?」


 その指摘に、騎士は一瞬ぎょっとしたように目を見開いたが、すぐに不快そうにアイリーンを睨みつけた。


「……っ! 何を! 助けてもらった分際で、竜族が偉そうに……」


 その言葉に、ジンは即座に割って入った。


「竜族の女は私が黙らせます!」


 騎士の怒りを逸らすように声を張ると、すぐに落ち着いた口調で問いかける。


「……しかし、私も中にいた身ですので、外の状況は分かりません。他の隊はどちらへ?」


 その問いに、騎士は明らかに苦々しい表情を浮かべ、声を潜めて答えた。


「……お前も知っているだろう。朝から、いくつかの砦からの合図が来ていなかったことを……」


 ジンの眉がわずかに動く。


「今ほど、ガルシア様が意識不明のまま運び戻られたのだ。報告によれば、国境の村にトロールが現れたと……」


 空気がさらに張り詰める中、アイリーンが息を詰まらせたように前に出た。


「そんな……ねぇ! 一緒にいたアタシの仲間! ミエラちゃんは!? 銀髪の子よ!」


 騎士はアイリーンの剣幕に一瞬気圧されたが、すぐに険しい顔をして答えた。


「知らん! 戻ったのはガルシア様とその部下の騎士だけだ! アーベン様と共に村に残ったようだが、それに伴って人員を再編している……」


 アイリーンの表情が青ざめていく。


「そんな……ミエラちゃん、無事よね……?」


 ジンは焦るアイリーンを軽く肩を叩いてなだめると、騎士に向き直った。


「ありがとうございます。ですが、今言われた通り、人員が不足しているなら、我々を再編された部隊に加えるということですか?」


「そうだ。内部の状況を知る者が必要だ。お前たちには再び突入作戦に加わってもらう。」


 ジンは心の中で舌打ちした。ここを離れるつもりでいたが、それが難しくなる。何度もあのアジトに戻るのは避けたかった。


 一瞬の沈黙の後、ジンは思考を巡らせ、ふとアイリーンに視線を向ける。


「しかし、この竜族は、伝えなければいけない事があるようです。"運命"に関わる重要な情報を、ガルシア殿に伝える必要があると。」


 そう言って、ジンは意味ありげにアイリーンを見つめた。アイリーンは一瞬戸惑ったものの、すぐにジンの意図を察して大げさに頷いた。


「そ、そう! この騎士はアタシと一緒にガルシア殿に会わなきゃいけないの!」


 騎士は怪訝な顔をしながらも、しばらく考え込んだ後、渋々頷いた。


「……運命に関わることだと? わかった。だが、それなら私の判断では決められん。マーディ殿に確認を取る。」


 そう言い残し、騎士は足早に去っていった。


 ジンはその背中を見送ると、低く呟く。


「……今のうちに逃げよう。」


 アイシャが訝しげに眉をひそめる。


「なんで? このまま話を進めれば、すんなりと街へ戻れるじゃない。」


 アイリーンも同意するように頷く。


「そうよ、変に逃げて怪しまれるより、そのままあの女騎士さんに会いに行った方が……」


 ジンはわずかに目を細め、周囲を見回しながら静かに言った。


「俺たちが逃げていたことも、そろそろ感づかれる頃だ。それに、状況的にアイリーンの存在を心よく迎えてくれるとは思えない。……さっさと離れるのが賢明だ。」


 アイリーンとアイシャは不満げな表情を浮かべたが、ジンの言葉に反論できなかった。


 やがて、二人はしぶしぶ頷く。


「……分かったわよ」


 ジンは短く指示を出し、周囲を慎重に確認すると、三人は闇に紛れるように静かに動き出した。

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